その9 くじらやまで「風の森」

(油長酒造のホームページから)
(油長酒造のホームページから)


 

 武蔵小金井駅を南口に降りる。野川に沿って、川の流れと同じ方へ歩いていく。しばらくすると音楽が聞こえ始める。東京には珍しい広い原っぱが突然開ける。そこが「武蔵野はらっぱ祭り」だよ――。


 灰色の空から冷たい秋の雨が落ちてくる中、友人の言葉通りの道筋をたどると、果たして音楽が聞こえ、急ごしらえの店やステージが見えてきた。


 埼玉からわざわざここまで来たのには理由がある。祭りで、奈良のお酒「風の森」を一杯たったの300円で売っていると聞いたからだ。カップを持参すれば、大盛りにしてもらえるというので、インドネシアで買った愛用のピューター(錫の合金)製カップを持ってくるのを忘れなかった。


 私を祭りに誘ったのは、この《こがねいコンパス》の編集長である。彼は、一番西の端のブースでスペアリブのシチューとワインを仲間と一緒に売っていた。いや、正しく言えば、売るよりも先に、激しさを増した雨を防ぐためにブルーシートで店の屋根を広げようと悪戦苦闘していた。


 一段落した後、彼は私を連れて、「南小おやじの会」というグループの店へと連れて行った。そこで「風の森」を売っているのだという。


 300円を払い、マイカップになみなみに注いでもらう。口に含む。途端に、果実の香りとフレッシュな流れが口の中に広がる。濃い味わいとぐっとくる。酸味がしゅわしゅわとした微泡に包み込まれながら、喉の奥へと流れ込んでいく。


 カップを持って、ステージの近くに移った。懐かしい『オール・ライト・ナウ』という曲をやっている。イギリスのロック・バンド、フリーが1970年に発表したナンバーだ。私も学生時代、バンドでこの曲をやっていた。


 ステージの向いが、「くじらやま」と呼ばれる、小さな丘だ。木々に囲まれた、その丘の斜面に腰を下ろし、「風の森」を飲む。ロックを聴く。思い出が微泡のようによみがえり、消えていく。

 

  

               □

 

 「風の森」というちょっと変わった名前のお酒と出会ったのは、7、8年前だったと思う。蔵元は、奈良県御所(ごせ)市にある油長(ゆうちょう)酒造だ。奈良県酒造組合ホームページの蔵元紹介には、次のように書かれている。

 

 『慶長(1596年~1615年)年間より大和平野に産するところの菜種をもって製油業を営み、油屋長兵衛を代々名乗りました。屋号は油長。享保4年(1719年)に至りまして酒造業に転じ、以来三百年近く酒造りひとすじに生きて参りました。金剛、葛城山系山裾に位置し、清冽なる湧水、透き通るような寒気に恵まれ、伝統の中で真心を込めて造り上げております』

 

 主要銘柄は、「鷹長(たかちょう)」だったが、平成10年(1998年)より「風の森」ブランドを立ち上げている。

 

 奈良の地酒屋・登酒店のサイトを見ると「風の森」の特徴としては、

・全量純米酒系(純米酒・純米吟醸酒・純米大吟醸酒のみ)

・全量生酒(全てのお酒を火入れせず)

・全量原酒(一切の割り水をせず)

・全量無濾過(濾過機やフィルターを一切通さず)

・搾り方へのこだわり

しぼり華:圧を加えず搾り機より自然に垂れてきた部分だけを使用

いかき採り:いかき状のスクリーンを沈めてモロミと清酒を分離する独自技法

を挙げている。

 

 お米は主に奈良県産の飯米(秋津穂、キヌヒカリ)・酒米(露葉風)を使用。地元でつくられた米で造った酒を、地元の人が飲む。まさに地酒である。


 2010年7月5日付けの朝日新聞デジタルに、「風の森」についての記事が掲載されていた。


 「『風の森』。まるで、宮崎アニメに登場する地名みたいじゃないですか?そんなふしぎな名前の日本酒がいま、人気を集めています。(中略)

蔵を訪ねると、ここがまた、ふしぎな場所でした。江戸時代の古い町家と道が、そっくり街ごと残っているんです。『結納屋さん』とか『紙屋さん』とか、今の時代では見かけなくなった古いお店がちゃんと営業しています。

さらに驚いたのは、『風の森』というのは実在の地名だというのです。蔵から車で20分ほど走ると、ゆるやかな丘に広がる田んぼの中に、石の柱がぽつんとありました。『風の森』。ほんとだ。(後略)」


 油長酒造のホームページに石柱の写真が掲載されている=下の写真。緑の中を気持ちの良い風に吹かれながら散歩できそうな風景だ。


 この「風の森」の石柱辺りから御所駅に続く「葛城古道」は、司馬遼太郎の『街道をゆく』にも登場する古代の道である。


 御所市のホームページなどでは、金剛山・葛城山麓を南北に走る山裾に、最も古いと言われる竹ノ内街道から鴨神に続く古道があり、この道に沿って多くの名神大社や由緒ある寺院を紹介している。この辺りは、大和朝廷よりも以前に栄えていた葛城王朝と古代豪族の故地であったらしい。


 再び奈良県酒造組合のホームページを見てみる。奈良市郊外にある正暦寺に「日本清酒発祥之地」の碑があり、いろいろな寺院における酒造りが「僧坊酒」として発展したと伝えられている。


 また、奈良県桜井市の大神(おおみわ)神社には「酒の神」である大物主大神が祀られ全国の酒造家の信仰を集めているという。


 武蔵野はらっぱ祭りの別なお店で、葛城酒造の「百楽門」というお酒に出逢った。これも御所(ごせ)のお酒だ。フルーティーで美味しい。驚いたことに五百年前の製法で神社に奉納している唯一の酒蔵という。



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 座右の『日本酒入門』」(君嶋哲至・著/野崎洋光・監修)を開くと、「風の森」とイタリア料理について書かれていた。


 「イタリアンには、酸味がある無濾過生タイプの酒が良い。特にラムチョップと合わせたいのが、奈良県『油長酒造』の『風の森 秋津穂 純米しぼり華』。ボディのある酒の味が羊ならではの肉の香りと合い、しっかりした酸味で食も進む。」


 なるほど、あのぐっとくる濃さと酸味だから、肉でも受け止められるのか。


 食べ物と言えば、奈良名物の一つに「柿の葉寿司」がある。

 私は学生時代の前半――大阪外語大学だったので――近鉄奈良線沿線に住んでいた。時折、友人が奈良に行った帰りに「柿の葉寿司」を持って訪ねてくれた。あれは美味しかった。油長酒造のある御所市でも、6月のお祭りの日には家々で「柿の葉寿司」をつくるらしい。


 いつの日か、古代の世界に思いを馳せながら「葛城古道」を歩いてみたい。もちろん「柿の葉寿司」と「風の森」を携えて。


(続く)


こがねいコンパス第62号(2014年11月15日更新)


筆者・上村紳一郎(かみむら・しんいちろう)のプロフィール

1957年、山口県に生まれる。小学生から剣道を始め、旧大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)では剣道部主将。五段。某大手電機メーカーに勤めながら、地元の朝霞市剣道連盟で子どもたちの指導と剣道家達との交剣知愛を楽しむ。そのかたわら、独自に日本酒探訪を続け、酒と歴史とのつながりの物語を紡ぎつつある。時折、小金井市に遊びに来るのはなぜ?


 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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