その6 京の夏、玉乃光と小林秀雄

(玉乃光酒造のホームページから)
(玉乃光酒造のホームページから)

 京都のお酒は、《その3》でご紹介したが、もう一度。

 

 京都の夏はともかく暑い。この時期になると鴨川の床で盃を傾けながら、鱧のおとしを梅肉でいただきたくなる。川面を渡る風に吹かれながら玉乃光を飲んだのは、もう4年前のことだ。

 

 「玉乃光 純米大吟醸備前雄町」は、酒米の元祖といわれる「雄町米」だけで醸した純米大吟醸である。フルーティーな吟醸香と深い味わい。それでいて、すっきりしていて、すいすいと入ってしまう。

 

 京都の7月は、祇園祭一色となる。最近読み返している池波正太郎の『食卓の情景』を見ると、足繁く京都に通ったようである。このエッセーの祇園祭の項を引用してみたい。

 

『山鉾巡行が祇園祭のクライマックスなら、その前夜の宵山はハイライトであろう。

風も絶えた暑熱が消えぬ夕暮れに各町内の山鉾が立ちならび、それぞれの定紋をつけた駒形提灯に灯が入り四条の大通りは車馬の通行が止まる。

 祇園囃子がながれる鉾町のとおりを、うだるような熱気と群集にもまれつつ、汗をふきふき宵山を楽しむうれしさは、筆舌につくしがたい。

 (中略)

どこが「楽しいのか?」ときかれても、こればかりはいいようがない。

 (中略)

私にとっては、何と言っても〔宵山の夜〕だ。これこそ、祇園祭だというおもいがひしひしと胸に迫ってくるのである』

 

 この文章を読むと、まさにあの暑かった京都を思い出す。あれほど暑い夏を他に知らないが、また行きたくなる。

祇園祭(京都市観光協会のHPから)
祇園祭(京都市観光協会のHPから)

 さて、玉乃光酒造(本社・京都市伏見区)について。

 同社のホームページによれば、「玉乃光」の創業は、江戸時代初期の延宝元年(1673年)という。もともとは紀州(和歌山県)の酒蔵である。

 

 「玉乃光」の酒銘は、代々の主が「紀州・熊野の速玉(はやたま)神社に帰依しており、主神たる『イザナギノミコト、イザナミノミコトの御魂が映える』との意味を込めて命名されたと伝えられている」という。京都・伏見へは、戦時中の和歌山大空襲で酒蔵が灰燼に帰したため、戦後になり現会長の時に移転した。

 

 玉乃光が全国の清酒愛好家から注目され始めたのは、東京オリンピックで世の中が沸き立つ1964年のことだった。この年、玉乃光酒造は、どの酒蔵よりも早く、アルコール無添加の「純米酒」を復興させ、発売したからだ。

 

1969年には大衆割烹「玉乃光酒蔵」を東京に出店しており、筆者も八重洲や大手町のお店にたまに行く。

 

 同社のホームページを見ていたところ、面白いものを見つけた。「鎌倉文士と玉乃光」というタイトルで、玉乃光の会長・宇治田さんと葉山の蕎麦処「如雪庵一色」のご主人・浅野さんとの対談が掲載されており、戦後日本を代表する作家・批評家の小林秀雄が登場する。

 

浅野 ある時小林秀雄さんがお見えになって『この玉乃光はどこの玉乃光だ』っておっしゃったんです。こんな葉山の田舎に、自分が人から勧められている玉乃光があるとは思わなかったようなんですよ。あの方も、昔、水道橋の駅のホームから一升瓶を抱えて落ちたという有名な話があるくらい飲まれますから」

 

宇治田「玉乃光を認めていただいたのは、東京文化圏の中の知識層の方々、わけても鎌倉文士の方々なんですね。皆さん亡くなられて、知っている人も少なくなって、そういう方々のお話をご主人からうけたまわりたいですね」

小林秀雄
小林秀雄

     ■

 

 小林秀雄が水道橋駅のホームから転落したのは、玉乃光が復興させた純米酒を飲みすぎた――からではない。

 

 この事件を世に広く知らせたのは、『堕落論』で有名な作家・坂口安吾の『教祖の文学――小林秀雄論』だった。冒頭にこう書かれている。

 

 「去年、小林秀雄が水道橋のプラットホームから墜落して不思議な命を助かったという話を聞いた。泥酔して一升ビンをぶらさげて酒ビンと一緒に墜落した由で、この話を聞いた時は、私の方が心細くなったものだ。」

 

 この作品が発表されたのが1946年6月の『新潮』である。『去年』とあるので、小林秀雄のホーム転落は、その前年の1945年。純米酒発売の19年前のことだ。

 

 話が玉乃光から小林秀雄のホーム転落事件にそれているのが少し気になるが、《こがねいコンパス》の読者には小林秀雄ファンがひょっとしていらっしゃるかもしれないから、今しばらく続けてみたい。

 

 この事件については、後に小林秀雄が自らあちこちでしゃべっていたようである。今日出海との対談ではこう語っている。

 

 「あのころ一升瓶は大変なものだった。半分飲んで、大事に持って、水道橋のプラットホームで居眠りしたんです。勿論、鉄柵など爆撃で吹っ飛んでいたから、それで一升瓶を持ってストーンと落っこちちゃった。下まで。一週間ほどまえには反対に二人落ちているんです。反対側のコンクリートに落ちたら即死だね。(中略)もうちょっと、五寸ぐらい横に落ちていたら死んでいた。」

 

 永井龍男氏は『人間の進歩について 小林秀雄対談集Ⅱ』(文春文庫)に付けた解説で「何十メートルある高さか、見下ろしただけでゾッとするが、さしたる傷も負わずに、ある病院で翌朝目をさましたという話は、余りに有名だ」と書いている。

 

 ともかく、誰でもいつの時代でも飲みすぎて、ホームの上に寝るようではいけません。他山の石としよう。

 
有名な中原中也の写真
有名な中原中也の写真

 

 さて、小林秀雄について書いていると、山口出身の筆者の頭には郷里の詩人・中原中也の顔が自然に浮かんでくる。

 

 二人の関係をどう表現したものか。

 

 中原が亡くなった後、小林は『中原中也の思い出』という一文を書いた。そこにはこう書いてある。

 

 「中原と会って間もなく、私は彼の情人に惚れ、三人の協力の下に(人間は憎み合う事によっても協力する)、奇怪な三角関係ができあがり、やがて彼女と私は同棲した。この忌まわしい出来事が、私と中原との間を滅茶苦茶にした。」

 

 「私は辛かった。詩人を理解するという事は、詩ではなく、生まれ乍らの詩人の肉体を理解するという事は、何と辛い想いだろう。」

 

 二人の関係は、愛憎の交錯が特別な深みをもたらし、同時に互いを高く評価する眼差しは純粋で、清冽な感じさえする。それはどこか、私の求める清酒にも似ている。

 

 京の夜の川風。玉乃光の透明な輝き――。

 

 ざわめきの中で、私は自分と対話しながら杯を重ねてみる。今宵は飲みすぎても構わない。私には、朝の光の下、頭の中で呟く詩編がすでに用意されているのだ。

 

 

                ■

 朝、鈍い日が照つてて

   風がある。

 千の天使が

   バスケットボールする。

 

私は目をつむる、

  かなしい酔ひだ。

もう不用になったストーヴが

  白っぽく錆びてゐる。

 

 朝、鈍い日が照つてて

   風がある。

 千の天使が

   バスケットボールする。

(中原中也『宿酔』(『山羊の歌』から)

上村紳一郎(かみむら・しんいちろう)のプロフィール

1957年、山口県に生まれる。小学から剣道を始め、旧大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)では剣道部主将。五段。某大手電機メーカーに勤めながら、地元の朝霞市剣道連盟で子供達の指導と剣道家達との交剣知愛を楽しむ。そのかたわら、独自に日本酒探訪を続け、酒と歴史とのつながりの物語を紡ぎつつある。時折、小金井市に遊びに来るのはなぜ?

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
PDFファイル 5.3 MB

こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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