その2 獺祭と子規

(旭酒造のHPから)
(旭酒造のHPから)

 「獺祭」(だっさい)という言葉を聞いて、すぐに日本を代表する純米大吟醸酒を思い浮かべる人は、日本酒愛好家であり、たぶん幸せな人だと思う。私もその一人。

 

 「獺祭」という言葉を聞いて、夏目漱石の親友にして近代日本を代表する文学者・正岡子規を思い浮かべる人は、子規ファンか、かなりの日本文学通に違いない。子規の号に「獺祭書屋主人」があり、その命日である「糸瓜忌」は「獺祭忌」とも呼ばれているからだ。

 

 「獺祭」という言葉を聞いて、何も思い浮かばない人は・・・。別に気にせず、この拙文をお読みいただければ幸いである。

 

 

 私が純米大吟醸酒「獺祭」に出会ったのは、4年間のインドネシア駐在を終えて日本に戻った1997年だった。

 

 山口県出身である私にとって、「こんな酒が山口にあったのか!」と少なからぬ感動を覚えた。口当たりが優しく、甘味、ほどよい酸味とわずかな苦味。そして、香りの余韻――。

 

 獺祭の「獺」とはカワウソのことである。ニホンカワウソは日本に広く生息していたが、1970年代に最後に目撃されて以来、姿を見たものがおらず、一昨年(2012年)環境省によって「絶滅種」に指定されてしまった。

 

 獺祭という言葉の誕生は古く、中国の古典「礼記(らいき)」にある「獺祭魚」から来ている。冬が終わり、川の氷が融けてようやく漁ができるようになり、嬉々として魚を捕らえたカワウソが、祭りで供物を並べるように恭しく川岸に並べる姿を目にする頃という意味で、季節を表す七十二候に取上げられたものである。

 

 後に唐代の詩人・李商隠が、尊敬する詩人の作品をカワウソのように自分の周りに並べて詩想を練り、自らを「獺祭魚庵」と号したことから、「獺祭」には「書物が散らかる様子」という意味も生まれた。

 

 さて、獺祭の蔵元である旭酒造(山口県岩国市周東町獺越)のホームページによれば、所在地の獺越(おそごえ)という地名は、「川上村に古いカワウソがいて、子供を化かして村まで追い越してきた」という言い伝えから来ているという。

 

 そこでお酒の名前に、地名から一字を取ったわけだが、ただそれだけではない。「明治の日本文学に革命を起こしたといわれる正岡子規が自らを獺祭書屋主人と号した」ことを思い起こし、この酒で日本酒の新時代を拓こうとの思いを込めたのだという。

 

 旭酒造の獺祭は1990年ごろに誕生した。正岡子規は、自分の没後(1902年)から90年近くたってから、まさか自分の号が日本を代表する清酒のブランドになるとは思いもよらなかっただろう。

    正岡子規
    正岡子規

 子規は自他ともに認める「下戸」だった。

 しかし、「下戸」の割にはお酒が好きだった。「酒」と題する学生時代の思い出を描いた短いエッセイもある。こんな能天気な内容だ。

 

 ――翌日は三角関数の試験があるので勉強していたが、ちっともわからない。友だちが酒を飲みに行こうと誘ったので、すぐに飛び出し、神保町の店でラッキョウを肴にして「正宗」を飲んだ。いつもは五勺(約90cc)しか飲まないが、この日は一合(約180cc)飲んでしまった。「自分の室に帰って来た時は最早酔いがまわって苦しくてたまらぬ」。ということでまったく勉強せずに寝てしまい、翌日の試験の結果は14点だった・・・。

エッセイはこう締めくくられている。

「14点とは余り例のないことだ。酒も悪いが先生もひどいや」

 

 脊椎カリエスを病み、寝たきりの状態が続いた子規は、新聞に連載していた『病牀六尺』の中で日本酒が世界に受け入れられるかどうかを考察した一文を著した。病床にありながらも保ち続けている旺盛な好奇心、探究心が滲んでいる。亡くなる1か月ほど前のことだ。

 

 「日本酒がこの後西洋にたくさん輸出せられるやうになるかどうかは一疑問である」との書き出しで始まり、西洋酒はシャンパンでも葡萄酒でもビールでもブランデーでも「いくらか飲みやすい所があって、日本酒のやうに変テコな味がしない」という。日本酒を飲んで悪酔いした経験からか、ずいぶんと日本酒への評価が低い。

 

 そのうえで、「日本酒の清酒が何百万円というほど輸出せられて、それがために酒の値と米の値とが非常に騰貴して、細民が困るといふような事は先づ近い将来においてはないといふてよかろう」と結ぶ。

 それから110年――。日本酒の国内消費量が低迷する中、世界的なブームとなっている日本食がユネスコの無形文化遺産に登録されたことも追い風となり、清酒の輸出額はじわじわと伸びている。

 

 国税庁や財務省によると、国内清酒消費量のピークは1975年に167万キロリットルであったが、2012年度は約59万キロリットルにまで減少し、35年間でほぼ3分の1に激減した。その一方で、清酒の輸出額は2001年では約32億円であったが、2012年には約89億円となり、2013年には初めて日本酒の輸出額が100億円を超え4年連続で過去最高を更新した。

 

 幸いなことに、子規が心配したように米も酒も価格高騰に及ばないまま、日本酒は着実に世界へと広がりつつある。

 

 その一翼を担っているのが、獺祭である。進出先は台湾・米国・中東のドバイや香港・英国・フランスなどを含め現在18カ国。今年中に初めての海外販売拠点をパリとニューヨークに設立し、レストランを併設した店舗を開く計画だ。現在の海外販売比率は約1割だが、直営拠点の開設により大幅な上積みを狙うという。

 

 (2013年秋、安倍晋三首相がプーチン・ロシア大統領に誕生日プレゼントとして渡したのが、獺祭と萩焼のぐい飲みだったが、これは多分に自分の地元を意識してのことなのだろう)

 

 近年、旭酒造のプロモーション戦略には、注目に値するものがある。この戦略の中心となるのは、異業種とのコラボレーションによるプロモーションである。同じ山口県の企業であり、今や日本を代表するグローバル企業であるユニクロの海外旗艦店のオープンの際に「獺祭」で鏡開きしていることは有名だ。これまでにも、ニューヨーク・パリ・台湾店のオープンの際に利用されている。

パリでの獺祭(旭酒造のHPから)
パリでの獺祭(旭酒造のHPから)

 日本政策投資銀行によると、2013年6月に閣議決定された成長戦略では、国酒(清酒、焼酎、泡盛等の伝統民族酒)は「世界を惹きつける地域資源」の一つとして、輸出戦略の一翼を担うとされている。さらにはクールジャパンのコンテンツとして、日本文化の魅力を発信するものと位置づけられている。

 

 「獺祭パリ店」で多くのフランス人が、精魂傾けてつくられた純米吟醸酒をワインの代わりに楽しむ。

 

 そのニュースを知った泉下の子規は、おそらくこう書くに違いない。

 「下戸ではあるが、この目でしかと見てみたいものだ」

 

(終わり)

こがねいコンパス第48号(2014年3月15日)

上村紳一郎(かみむら・しんいちろう)のプロフィール

1957年、山口県に生まれる。小学から剣道を始め、旧大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)では剣道部主将。五段。某大手電機メーカーに勤めながら、地元の朝霞市剣道連盟で子供達の指導と剣道家達との交剣知愛を楽しむ。そのかたわら、独自に日本酒探訪を続け、酒と歴史とのつながりの物語を紡ぎつつある。時折、小金井に姿を見せるのはなぜ?

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

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イラクから問い続けてきたもの

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