その1 剣菱の効用とは

 

 日本酒、つまり日本特有の製法でつくられる清酒を初めて美味いと思ったのは、今から30数年前、大学剣道部の春合宿打ち上げでのことだった。

 

 春合宿は毎年3月上旬、宮本武蔵生誕の地である岡山県美作市(旧・大原町)に設けられた合宿施設「武蔵道場」で行われる。

 

 合宿中には、地元の剣道家も何度か稽古に参加された。合宿終了の打ち上げ会にお誘いしたところ、手土産に「うちで取れたものです」と言って生しいたけをたくさん持参して頂いたのを、昨日のことのように思い出す。

 

 少し炙ったしいたけにレモンを絞り、醤油を少しかけて口へ。その途端、旨味が広がる。そして、日本酒。合宿中の禁酒と厳しい稽古の後に待っていた解放の味わいが、身体中を満たした。

 

 日本酒は、必ず「武蔵の里」と「剣菱」だった。

 昨今の吟醸・大吟醸のような薫り高い美酒とは一線を画す。

 

 「武蔵の里」は明治18年(1885年)に当地で創業された田中酒造場による名酒である。その時の特級酒レベルと思われる特別本醸造酒は、硬派の芯のある味わいで、コクと飲み応えと良い意味での雑味がうまく絡み合ったお酒である。(現在は、吟醸・大吟醸も造られている)

 

 一方、「剣菱」の創業は、さらに古く、室町期にさかのぼる。剣菱は、一本筋のとおった骨太の力強い味わいである。

 

 口当たりが甘く濃醇で、その後しっかりした酸味とほろ苦さも感じられることから「辛口」と言われていたのであろう。手間を惜しまずこの味を守り続けている剣菱に敬意を払って飲みたいと思う。

 

 

 剣道部の打ち上げで「剣菱」が重用された理由はよく分からない。おそらくは美味しさに加えて「剣」という文字への愛着ではなかろうか。

 

 私は長らく剣菱の酒瓶に貼ってあるロゴマーク(右の写真)を剣のシンボルだろうと勝手に思っていた。

 

 ある時、剣菱酒造会社のホームページを見て驚いた。そこにはこう書かれている。

 

 「剣菱のロゴマークの上部は男性、下部は女性の象徴とされ、飲むことでめでたい兆しを感じ、さらにロゴマークの霊気と酒魂によって衰えた勢いを盛り返し、奮起して家運繁昌をなすと言い伝えられている。」

 

 ・・・なるほど。

 昨今の「衰えた勢い」が、剣菱を飲んでいる間はほんの一時とはいえ、「盛り返し」を覚えるのはそのせいか。

 

 ところでこのホームページによれば、16世紀の初めに現在の兵庫県伊丹市で誕生したとされる剣菱は、江戸期に名だたる人物に愛され、様々な場面に登場してきたという。

 

 剣菱酒造の戦前の冊子には、赤穂浪士が吉良邸討ち入り前に剣菱の酒樽を開け、酒をくみかわす絵が描かれている。

 

 討ち入り事件を題材にした歌舞伎『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』では、大石内蔵助をモデルとした大星由良之助の「酒を持て」というセリフは、かつては「剣菱を持て」というセリフだったという説もあることから、そのような絵を酒造側が宣伝のために書いたのだろう。

 

 赤穂浪士の討ち入りは1702年(元禄15年)の12月。一方、仮名手本忠臣蔵の初演は1748年。40数年もあとのことである。恐らくは、討ち入り前の剣菱エピソードは、史実に基づくというよりも当時の江戸市中における剣菱の人気の高さを反映したものではなかろうか。(いや、そんなことはないよという方はぜひご連絡ください。)

 

 ちなみに、元文5年(1740年)、伊丹「剣菱」は将軍の御膳酒に指定されている。

 

 さて、史実がはっきりしているのは江戸後期のエピソードである。

(高知県立歴史民俗資料館蔵)
(高知県立歴史民俗資料館蔵)

 例えば、土佐藩15代藩主であり四賢侯の一人に数えられる山内容堂(写真)もまた、剣菱の愛飲者だった。

 

 彼は『剣菱賦』の中で「剣菱にあらずんば即ち飲むべからず」「(剣菱)は何物にも代えがたい宝」などと、剣菱を絶賛している。

 

 山内容堂と言えば、伊豆下田での勝海舟との会談で坂本龍馬の脱藩を許したエピソードが知られている。

 

 海舟の直談判に対し、容堂は海舟が酒を飲めないことを知りながら「ならば、この酒を飲み干してみよ!」と応酬。海舟がためらうことなく朱の大杯を飲み干すのを見た容堂は、龍馬を許す証として白扇に瓢箪を描き、「歳酔(にふ)三百六十回(1年中酔っている)鯨海酔侯(容堂)」と記して海舟に手渡したと言われている。

剣菱を飲む頼山陽(剣菱のホームページから)
剣菱を飲む頼山陽(剣菱のホームページから)

 

 また、もう一人の愛好者は、幕末の尊王攘夷運動に多大な影響を与えたベストセラー『日本外史』を著した頼山陽。

 

 頼山陽と言っても、高校の日本史の教科書にその名前があったのをうっすらと記憶しているにすぎないので、日本歴史大辞典(小学館)を引いてみる。

 

 「山陽は1800年広島藩脱藩後の幽閉中に執筆を始め、19編の論賛を加えて26年脱稿し、翌年松平定信に献呈された。写本で流布したが、著者没後の36年、37年頃出版され、幕末維新時に非常に流行した。簡潔・平易かつ情熱的な名文で記述され、儒教的な名文論に基づく尊王思想に特色があり、尊攘派の志士に大きな影響を与えたといわれる。」

 

 漢詩人としても著名な山陽は、「兵用ふべし 酒飲むべし」で始まる「摂州歌」という漢詩の中で、「伊丹剣菱美如何」(伊丹の剣菱は何とおいしいじゃないか)」と歌っている。よほど好きだったようだ。

 

 「頼山陽」研究者の市島春城(謙吉)によれば、「頼山陽は『日本外史』執筆中、常にかたわらに剣菱を備え、その執筆内容が幕府の忌避に触れることを怖れて筆の動きが鈍ったときには、剣菱をチビチビと飲んでいた」という。

 

 あの頼山陽さんも、剣菱によって「衰えた勢い」を盛り返したのであろうか――。

 などと考えながら、今宵も杯を傾けているのである。

 

こがねいコンパス第44号(2014年1月18日更新)

筆者 上村紳一郎(かみむら・しんいちろう)のプロフィール

1957年、山口県に生まれる。小学生から剣道を始め、旧大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)では剣道部主将。五段。某大手電機メーカーに勤めながら、地元の朝霞市剣道連盟で子どもたちを指導。そのかたわら、独自に日本酒探訪を続け、酒と歴史とをつなぐ物語を紡ぎつつある。時折、小金井市に出没。

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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