その12 「小金井平和の日」を考える

 

 5月のある夜、小金井市内での会合で、憲法9条による平和主義の大切さを訴える運動をしている市民グループの方たちと同席する機会があった。

 

 私は、彼女たち――メンバーのほとんどが女性だった――に尋ねてみた。

 「小金井市は今、『小金井平和の日』の制定を含めた平和施策の再検討を進めていますが、ご存じですか」

 

 彼女たちは全員、かぶりを振った。

 一人は、戸惑いを隠すような笑みを浮かべながら問い返した。

 「なんですか、それ?」

 

 なんですか、と聞かれれば、こう答えるしかない。

 市の予算説明資料によれば、「小金井平和の日」制定を含む平和事業全般の再構築は、戦後70年を来年に控え、「戦争の記憶を風化させないためにも、改めて平和の大切さや命の尊さを語り合い、考える機会をつくるため」に実施するものだ。

 

 2014年度当初予算で60万円が計上されている。うち16万4000円が新たに設置される「平和施策検討委員会」委員への謝礼。残りの43万6000円が「記念講演会開催事業」に充てられる。

 

 「平和施策検討委員会」は4月に設置され、すでに3回の話し合いが持たれた。委員会のメンバーは市のホームページなどでは明らかにされていないが、傍聴した人によれば、60代の学者と、80代の市民3人の計4人で構成されているらしい。

 

 平和問題に関心が深い市民グループの人たちでさえ、「小金井平和の日」制定の動きを知らないのは無理はない。平和施策検討委員会のメンバーの選定にあたっては、市民公募がなかったからだ。市のホームページで開催の案内が出たのは2回目の会議からだった。

 

 すでに述べたようにホームページでは4人の委員がどなたかは分からず(傍聴に行けば分かる)、会議録はこの稿を書いている本日に至るも掲載されていない。このため実際に傍聴した人しか、会議の模様は一切分からない。

 

 市当局の市議会での答弁によれば、6月30日に最後の4回目の会議がもたれ、そこで最終的な意見が取りまとめられるという。それをもとに「小金井平和の日条例」の原案がつくられ、8月中旬にパブリックコメントを求め、12月議会に上程されるという運びになっている。

 

 「小金井平和の日」は、戦争の記憶を風化させないために設けられるものだから、戦時に生きていた多くの人にとって、共通する「戦争の記憶」につながる出来事が起きた日を選ぶ――そのような前提で、選定作業は進められている。

 

 つまり、例えば小金井市(当時は小金井町)が激しい空襲――現代の言葉で言えば「空爆」だが――を受けた日、などがそれにあたる。隣の西東京市、武蔵野市の「平和の日」もそうした観点で選ばれている。

 

 緑豊かな小金井の地も、空襲をまぬがれることはなかった。6月12日の市議会総務企画委員会で答弁に立った担当課長はこう説明している。

 

 「体験談ではいくつか爆弾が近くに落ちたという話はありますが、日付が特定できるものではありません。正式な記録が残っているのは2つほどありまして、1つは『昭和19年11月24日、五日市街道、小金井町ゴルフ場前に爆弾が落ちた』。もう1件は『昭和20年1月27日、中央線武蔵小金井駅付近に爆弾が落ちた』という記録が残っています」

 

 ただ、多くの人の「戦争の記憶」を形作るほどの衝撃を与えたかというとそうではなかったようだ。

 

 担当課長はこう説明を続けている。

 

 「(小金井平和の日)の日を決めるにあたっての考え方ですが、現時点での候補としては3月10日が挙げられています。さきほどの二つの被害は死者等の報告がなく、あまり大きな被害はないという事情があります。

 

 当時の日記をみても、『近隣では被害を受けているが小金井では比較的少ない』という記載があります。3月10日は東京大空襲ですが、小金井市からでも『東の空が赤く染まっているように見えた』などの意見もあり、戦争の悲惨さを伝える意味ではこの日が一番強烈な印象として残っている、というのが体験者からのご意見だったので、この日が候補になっております」

 

 爆弾は落ちたが、死傷者などの被害は出なかったというのは小金井で暮らす人々にとって幸いだった。

 

 とはいえ、それだから3月10日を「小金井平和の日」にする、というのは今一つ釈然としない。その日はすでに「東京都平和の日」と定められているからだ。

 

 東京都のホームページによれば、東京都平和の日とは「昭和20(1945)年、3月10日未明の大空襲により東京では一夜にして多くの尊い命が失われ、いたるところ焼け野原と化しました。東京都は、平成2年7月、平和国家日本の首都として、戦争の惨禍を再び繰り返さないことを誓い、『東京都平和の日条例』を制定しました」と説明されている。

 

 東京都民である小金井市民は、あえてその日を「小金井平和の日」として選び、東京都の行事とは別に、何か特別の行事をやるのだろうか。やっていけない、という理由も言い難いが、奇妙な感じはぬぐえない。

 

 3月10日は、東京都民の一員として、あるいは人類の一人として、その日に何が起きたか――つまり非人道的な無差別爆撃――を再認識し、再び許さないという思いを新たにすればよいのではないだろうか、と思う。

 

                  ◇

 

 日本が独立を回復して5年後にこの世界にデビューした私は、戦時の体験も記憶もない。ただ、家には防空壕が残っていたし、空襲を避けるために土蔵の白壁を黒く塗った部分も目に焼き付いている。何よりも戦時を生きた祖父母と父母が身近にいて、彼らがふと漏らす言葉は、私に死と戦争の匂いを感じさせた。それはたまに土蔵の中に入った時に感じる、あの少しカビくさく、ひんやりとした空気のようなものだった。

 

 祖父母と父がすでにこの世から退場したように、あの戦争での戦場や生活を語る人は年ごとに少なくなっていく。

 

 日清、日露、第一次世界大戦などの「戦争の記憶」を語る人が皆無であるように、やがてはアジア・太平洋戦争の記憶も、間接的な内容にならざるをえない。

 

 それだけに「小金井平和の日」の制定を含め、今の平和施策事業を再検討し、再構築しようという取り組みは、重要だと思う。

 

 私はここで3つのことを提言したい。

 

 1つは、平和施策事業の再検討にあたっては、先ほどの市民グル―プのように地道に平和に関わる運動を続けている人たちに、ぜひヒアリングをしてほしい、ということだ。

 

 彼らの中には、市が実施してきている平和施策事業に関わってきた人も多いだろう。その人たちが、これまでどのような課題を感じてきたか、何が必要と思ってきたかを聞き取って、それを新しい事業に生かしてほしい、と思う。

 

 平和施策事業の多くは市だけがやるものではない。市民が参加して初めて成り立つものが多い。それゆえに、そうした政策形成過程での「市民参加」が欠かせないのではないだろうか。

 

「市民の意見はパブリックコメントで聞きます」という回答が直ちに返ってきそうだが、パブコメを実施するのはほぼ全容が固まった段階であることがほとんどである。その前の段階でのヒアリングや意見交換、あるいはシンポジウムという手段によって、市民の思いをくみ取り、政策づくりに生かしてほしい。

 

 2つめは、「戦争の記憶」とは「被害」だけだろうか、ということである。私たちが記憶すべきなのは、私たちの被害だけなのだろうか。

 

 戦争は、人々に被害者と加害者の二つの顔をもたせる。私は新聞社の仕事として、東アジアの近現代史をテーマにした『歴史は生きている』というシリーズを1年間通してやった時に、加害の記憶を継承する難しさを身にしみて感じた。

 

 個人にとって加害体験を語ることは、被害体験を語るよりもはるかに難しい。国家としても、被害体験の共有は国民の統合に寄与するが、加害体験にそうした作用は期待できず、世代を超えての伝承には消極的になっている。

 

 しかし、だからこそ、である。戦後70年になろうとするのに、近隣国との歴史認識をめぐるあつれきは深刻さを増し、日本の安全保障環境を左右するほどになっている。

 

 加害の問題を口にすると、すぐに「自虐史観」というレッテルを貼りたがる人がいる。はたしてそうなのだろうか。入江昭・ハーバード大名誉教授は「歴史を直視することを自虐史観と批判する人たちもいますが、本当に日本に誇りを持つなら、当然、過去の事実を認めることができるはずです」(*)と語っている。 (*2014年6月19日付朝日新聞朝刊)

 

 再構築される平和施策事業では、難しいかもしれないが衆智を集め、ぜひそうした要素も取り込んでほしいと思う。

 

 3つめは、「戦争の記憶」につながる小金井固有の日が見出しにくいのであれば、未来に向けられた「小金井平和の日」にしてはどうか、という提案である。

 

 これまでの小金井市の平和事業と非核平和事業は、1960年10月3日制定の「世界連邦平和都市宣言」と、1982年4月1日に制定した「非核平和都市宣言」に基づき実施されている。

 

 後者の非核都市宣言は全国の自治体の9割近くがすでに採択している。一方、前者の世界連邦平和都市宣言は全国で81の自治体しか宣言していない。多摩26市では小金井、武蔵野、三鷹など7自治体にとどまっている。

 

 世界連邦平和都市宣言の内容は(注)をご覧いただきたい。宣言では、未来に向けて「永遠の平和」を誓ち、「永久の平和都市たることを宣言」している。例えば、この日(10月3日)を「平和の日」として選んでもいいように思う。

 

 それによって小金井市の人々は、自分たちの暮らすまちが「永久の平和都市」であることに誇りを持ち、それに伴う使命を感じるようになれば、すばらしいことだと考えるからだ。

 

 しかし、これもただの一案に過ぎない。

 

 大事なことは、小金井市民にとって「平和の日」を制定するならばどの日が望ましいのかを広く議論することではないだろうか。

 

 戦争を知る世代、戦争を知る家族を持つ世代、戦争について何も知らない世代――。様々な世代が話し合い、平和の尊さを考え、感じ取ることができる日を選んでほしいと思う。その丁寧なプロセスこそが、「小金井平和の日」の重みを一段と増すことにつながるだろう。

 

                 ◇

 

 日本は戦後70年近く平和を享受してきた。「平和」は今や、空気のように当然なものとして(私も含め)日本で生きる人々には受け止められている。しかし、地球上で今この瞬間も世界のどこかで――例えばイラクの北部で――戦闘は起き、何の罪もない市民が犠牲になっていることは間違いない。

 

 11年前のイラク北部――。私の学生時代の友人である外交官・奥克彦は、同僚とともに銃弾を受け、無残に殺害された。その夜、新聞社のデスク席には、外国通信社から奥の遺体の写真が配信されてきた。遺体安置所か病院のベッドに置かれた、死後硬直した奥克彦の姿を、今も忘れることはない。

 

 忘れないことだけが、私が、奥克彦にできるせめてもの「何か」だからだ。しかし、ほとんどの日、私はそれを思い出すことなく、生きている。

 

(終わり)

こがねいコンパス第54号(2014年6月21日発刊)

 

(注) 世界連邦平和都市宣言 昭和35年10月3日

 

 戦争放棄を憲法に明記した日本は,武力国家の対立を解消して平和の礎を築き人類の福祉に貢献すべきであるとの認識にたつて,わが小金井市は国際社会を一つの法のもとに力の支配から法の秩序に切り替えて地上に永遠の平和を招来せんとする世界連邦の趣旨に賛同し永久の平和都市たることを宣言し,志を同じくする他の宣言都市と相携え盛りあがる国民の総意により日本国宣言に到達せしめ世界連邦の実現を希求する。

 

 右宣言する。     東京都小金井市議会

 

編集長 佐藤和雄(さとう・かずお)のプロフィール 

 

1957年8月生まれ。獅子座。血液型はAB型。 

 

朝日新聞社で政治部記者時代には、首相官邸、自民党、外務省、防衛庁、旧自治省などを担当。国連本部担当のニューヨーク特派員、政治部次長、大阪社会部次長、紙面委員などを務める。米ワシントンのシンクタンク、ブルッキングス研究所の客員研究員だったことも。著作に『検証 日露首脳交渉』(岩波書店、駒木明義氏との共著)など。 

 

2011年4月27日から同年11月11日まで小金井市長。現在は「こがねい・市民のチカラ」共同代表、首都圏にある某大学の非常勤講師。小金井に住んで20数年。 趣味は安ワインと料理研究、そして映画。 

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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