変える 試みる 小金井の人たち file 9-2

NPO「地域の寄り合い所 また明日」を運営する森田和道・眞希夫妻

 認知症のお年寄り専門のデイホーム、認可外保育園「虹のおうち」、誰もが立ち寄ることができる「寄り合い所」の三つの事業を、一つ屋根の下で運営するNPO法人「地域の寄り合い所 また明日」。

 

 「また明日」を立ち上げ、中心となって運営している森田和道・眞希夫妻は「3・11」の直後から、ケアの専門家として被災地に入った。「被災したからといって人間の尊厳が半分になるのではない」と静かに憤る和道さん。被災弱者を受け入れる福祉避難所で彼らが見たものは。二人はなぜ「心のうるおいプロジェクト」を始めたのか――。

(2回連続インタビューの後編です)

 

(和道さんをイニシャルのKで、眞希さんをMで表記しています)

 

――3・11のすぐ後、被災地支援のため宮城県に行かれましたが、どのようないきさつだったのですか?

 K「高齢者、障がい者、子どもたちが『誰でも地域で普通に』暮らし続けることができる社会づくりを目指して、提言や研修、フォーラムの開催などをしている『全国コミュニティライフサポートセンター(CLC)』というNPO法人の本拠地が仙台にあります。

 

 CLCとは『鳩の翼』の頃から、すごく良くして頂いている間柄でした。3・11の時にまず頭に浮かんだのは『CLCのみんなは大丈夫かな』でした。

 

 震災直後、いろいろと連絡してもつながらない。メールを打っても帰って来ない。非常に心配していました。

 

 1週間後の3月18日に、CLCからメールマガジンという形で、私たちも含めた、つながりのある全国の団体に連絡が届きました。

 

 CLCが無事であるということと、CLCが中心となって『東北関東・共同支援ネットワーク』を立ち上げたという報告とともに、ケアの専門職を中心としたボランティアを派遣することにしたので、第一陣として人員を割いてくれないかという内容でした。私たちの被災地支援は、『CLCの役に立ちたい』というところから始まっています」

 

《注》「東北関東大震災・共同支援ネットワーク」は、CLCが中心となり3・11の直後、被災した人たちが過ごす(福祉)避難所や、要援護者の暮らす介護施設、さらには自宅で暮らす要援護者の支援のために立ち上げた。

 ネットワークのホームページによれば、①介護職や看護職などの専門職ボランティアを、(福祉)避難所や施設などへの派遣②(福祉)避難所や施設、在宅要援護者に必要な物資を届けることが目的。

 立ち上げから2011年8月22日までに、宮城県(11市町の28か所)の(福祉)避難所や救護所、特別養護老人ホームなどの介護施設、病院などに、介護職と看護職などの専門職ボランティアを、延べ10,131人日(実員数920人)派遣した。

 

パソコンに向かい事務作業をしている和道さん
パソコンに向かい事務作業をしている和道さん

――それで参加されたのが石巻市の福祉避難所ですか?

 K「CLCの要請に応えるために、人を探したのですが、なかなか確保できませんでした。しかし、なんとかして人は送りたい。私が行くと、ここ(「また明日」)の管理業務が回らなくなりますから、私が行くわけにはいかない。それではNPO法人の代表理事である森田眞希を『また明日』を代表して送り出そう、ということを決めました。もちろん彼女がいなくて、ここが大丈夫というわけではないのですが」

 

M「最初は向こう(CLC)から『屈強な男性を送って』と言われたので、『私でいいですか』と聞くと、『ぜひ来て来て』と(笑)。それで、アウトドアの用具を持って行きました」

 

K「彼女を送り出すことを3月20日に決めて、21日午後には私が車を運転し、東北自動車道を通って仙台へ入りました」

 

M「まず仙台のCLCの事務所に行き、そこで『明日、石巻の福祉避難所に行きます』と伝えられた。それまではどこに行くのかさっぱり分からなかったのです。全国から集まった11人のメンバーと一緒に3月22日に石巻市の福祉避難所に入りました。被災地以外の場所から避難所の支援に入ったのは私たちが第一陣でした。そこで4月1日まで活動をしていました。

 

 福祉避難所に入った時には混沌としつつも、170人もの人がいっぱいいるのにしーんと静まりかえっていました。和道さんは昔の特別養護老人ホームのようなイメージと言っていましたが。

 

――どんな手伝いを?

 M「まずは現地でケアしていた方とやりとりをしながら、トイレ介助などの直接的な介護です。一人ひとりがどのような状況だったのか声をかけて、耳を傾けるようにしていました。目の前の人から『誰か・・・』と言われ、そこにしゃがんで、ケアをする。それが精いっぱいでした。ケアをしていた側も被災をしていますから、もう疲れ果てて、という状況でした。

 

 福祉避難所では、医療、施設管理、行政という三者に分かれていて、それをコーディネートする人がいませんでしたので、外から入ってきた私たちが三者の間を取り持つよう努力しました。『どうせ外から入ったきた人にはわからない』『どうせあんたたちはいなくなるのだから』と言われながらも、最後はみんなでテーブルを囲むところまでは行きました」

 

 

 

K「言葉は厳しいかもしれませんが、阪神大震災の教訓が東北ではまったく生かされていなかったように感じています。介護の考え方をとっても遅れています。


 例えばお年寄りは寝かせぱなし。人目を避けるものがないにもかかわらず、おむつを替えてしまう。それは被災をしているから許されることではありません。被災したから人間の尊厳が半分になるわけではないのです」

 

――阪神大震災の時に被災地支援に行かれたのですか?

 K「私は兵庫県伊丹市に入りました。あの時から避難所での間仕切りの問題とか、高齢者ら被災弱者をめぐる議論が始まり、2004年の新潟県中越地震で形として見え始めたと思っていたんです。しかし、東日本大震災での避難所ではそれが生かされていないと痛感しました。

 

 さらに指揮命令系統を預かる市、行政機能自体が津波の被害を受けているので、避難所、福祉避難所は孤立したなかで手探りでやっていたという印象です。

 

M「普段から『福祉』についてあまり考えたことがない人たちが福祉避難所で仕事をする一方、ケアや福祉について日頃から考え、やっとの思いで現地にたどりついた私たち専門職との意識のギャップは相当大きかった。

 

 私たちがお年寄りを『こんな寝かせきりではまずい』と考えて起こそうとすると、地元の医療の人たちは『勝手なことをやって。ばあさんを静かにさせておけ』と言われるし・・・。 私も体力的にきつい中で、自分自身が『試されている』と感じていました

 

――石巻の福祉避難所に10日ほど入られた後は、どのような関わり方をしていたのですか?

 M「4月に小金井に戻ってきたわけですが、被災地支援に入った医療団体の医師が『これからは心のケアが重要になる。避難所を訪ねて催しをするとか、それが大事になってくる。コンサートするとかというと、まだ早いと言われるかもしれないが、自分は医者としてすぐにでも必要になってくると思う』という話をされていたということを聞き、それを帰った後、森田(和道さん)に話しました。

 

 そして『心のうるおいプロジェクト』と名付け、そうした活動をするために避難所を訪れようということにしたのです」

 

――『心のうるおいプロジェクト』とは?

 K「私たち二人が起案して、共同支援ネットワークのボランティアOBとか、東京でつながりのある人たちに呼び掛けました。月に2回から3回、被災地の避難所に物資を運ぶとともに、月に1回のペースで芝居、ジャズピアノコンサート、大道芸といった催しをやりました。

 

 石巻市内の4つの避難所、南相馬市内の2つの避難所で、閉鎖される直前の9月初旬までやりました。週末を利用して被災地に車で向かうのですが、ほぼ毎週行っていた時期もありました。

 

――体力的にきつくありませんでしたか?

 K「気合いが入っていたので大丈夫でしたね。それと、そうした活動をやることでボランティアとして被っていた二次被災や、ストレスを回避できたように思います。最近になって疲れが出ているのかもしれませんが」

 

「また明日」の前で
「また明日」の前で

――ところで森田さんと小金井との関わりは?

 K「専門学校を卒業し、桜町聖ヨハネホーム(特別養護老人ホーム、小金井市桜町1丁目)で働き始めてからですね。

 

 私と眞希は、科は違うのですが、上智社会福祉専門学校の同級生です。私は社会福祉主事科、森田眞希は保育士科です。就職の際に、私はクリスチャンなので(カトリック系の社会福祉法人が運営する)桜町聖ヨハネホームに面接に行きました。そこで就職が決まり、ホームの近くのアパートで暮らし始めました。

 

 就職が決まった時には(眞希さんとの)結婚も決めていたので、彼女の卒業を待って結婚しました。住んでいたアパートがそのまま新居です。桜町聖ヨハネホームに就職した後は、一歩も小金井から出ていません。

 

――ここ「また明日」は、目の前に「けやき広場」という公園もあり、良い環境にありますね。

 K「ここは本当に最高の場所です。地域としても貫井神社の氏子さんが多く住み、横のつながりがすごく強いのですが、プラスに働いていると思います。新しく引っ越した若い世帯とも上手にお付き合いされている。だから私たちもこんなにのほほんとやっていられるのです。

 

 何が福祉施設にとって一番大変かというと、その地域社会に受け入れられているかどうかです。私たちはその意味ですごく恵まれています。運よく、この場所をご紹介頂いたこともそうですが、(借りているアパートの)大家さんがこの地域で昔から素晴らしい絆を作られていて、私たちがその絆にのっからせて頂いている。

 

 私たちは最初、大家さんに連れられて、ご近所にあいさつ回りに行ったのですが、『ああ、よろしく。がんばれよ』と温かい声をかけて頂きました。すごく運が良かったと思います」

(終わり)

 

「こがねいコンパス」2012年10月6日号

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森田和道(もりた・かずみち)さんのプロフィール

 1968年2月生まれ。大阪府枚方市の出身。クリスチャンとして育ち、様々なボランティアを経験した。小さいころは毎日のように教会に通っていた『教会っ子』だったという。趣味は音楽鑑賞とドライブ。好きな言葉は「自分のためでなく人のために」。

 

森田眞希(もりた・まき)さんのプロフィール

 1969年4月生まれ。東京都練馬区の出身。お母さんは近所の子どもの親に代わって授業参観に行くという世話好きで、「その血を受け継いでいるかも」。趣味は「夫と車でドライブ旅行」。好きな言葉は「冷えた頭と熱いハート」。

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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