変える 試みる 小金井の人たち          file30-1

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「文明フォーラム@北多摩」設立発起人 大賀英二さん (前編)


 科学・技術がもたらす経済的な豊かさを追求し、享受する社会で良いのか。それとも違う社会を実現すべきなのか――。


 3・11による原発事故が私たちに突き付けた問いかけをめぐり、私たちが暮す地域の場で語り合おうという新しい試みが始まろうとしている。


 それが「文明フォーラム@北多摩」。4人の設立発起人のうち、小金井市民の大賀英二さんに、どのような経緯で生まれ、何をめざそうとしているのかを聞く。

――《文明フォーラム@北多摩》は10月12日に、府中市にある東京農工大学・農学部キャンパスで設立記念講演会を開き、上智大学の島薗進教授が「原発災害と現代の科学技術の倫理問題」をテーマにお話しされます。これがフォーラムのキックオフイベントとなるわけですが、どのような経緯でフォーラムを立ち上げることになったのですか。


設立発起人は私のほか3人います。教育問題などの市民活動に長年取り組んでこられた井筒雅子さん、元毎日新聞論説委員で教育ジャーナリストの矢倉久泰さん、人間と自然の共生や環境問題について哲学的、人間学的、社会思想的な研究に取り組んでおられる東京農工大教員の澤佳成さん。


去年(2013年)の夏ごろからこの4人が集まり、3・11からの状況について意見交換をするうちに「地域でそういうことを話し合える場をつくりたいですね。4人だけでいつまでも話してもしようがないよね」という話になったんですよ。


それで、どうやるかについて月に1度か2か月に1度くらいのペースで話し合ってきました。本当は今年の3月ぐらいに立ち上げようとしたんですね。今年1月ぐらいまでは「北多摩フォーラム」という名称にしようということで進めていたんだけど、集まるたびに少しずつ考えが変わってね。5月に設立趣意書をつくった時には「文明フォーラム@北多摩」に落ち着いたわけです。


――なぜ「文明フォーラム」に?


「北多摩フォーラム」だと、何を話し合う場なのか全然わからない。やっぱり3・11の原発事故をきっかけに科学技術の問題が大きくクローズアップされてきたわけですよね。気候変動も原発事故も、人間が築いてきた文明の中で起きています。そうであるなら文明論、社会構造の問題を中心にすえて進める方が良い――。そういう考えに基づいています。そこでこのような設立趣意書をつくったわけです。


 (*以下は設立趣意書からの抜粋)

《このたび私たち有志は、地域の市民が集まって社会や文明のあり方、科学・技術の問題などを気軽に議論できる場をつくりたいとかんがえ、「文明フォーラム@北多摩」を設立し、これへの参加を広く呼びかけることにしました。》


《高度成長の結果、あらゆる娯楽が享受でき、わずらわしい家事労働からも解放され、IT技術の発展によってコミュニケーションの速度も上がり、生活の質が向上して「豊かさ」を享受できるようになったのは事実です。》


 《しかし今回の原発事故は、物質的な豊かさを求めるあまり、広範な議論と倫理的判断を怠って導入した原子力発電技術が、人間そのものの[いのち]に、そして人間を育む土台として重要な、自然環境のなかのすべての[いのち]にとって、たいへん危険な存在であるという事実を、白日のもとにさらしました。》


 《3・11原発事故は、自然環境の維持可能性を低減させてまで既存の「大量生産―大量消費」型文明を継続するのか、それとも、自然環境の保全に配慮する形での循環型の文明を創造してゆくのかという選択を、私たちに迫っているといっても過言ではありません。》


《こうした現状認識から、わたしたちは、よりよい社会のあり方を模索し選択してゆくための、多様な意見を交わしあう「場」つくりが急務なのではないかと思うに至りました。高度成長という国策遂行の時代以来、地域の声や生活者の声が軽視され続けているからこそ、未曽有の原発公害を経てもなお、国の基本方針が今なお変わらないとするなら、民主主義の基盤であるはずの、地域的な語らいの場をつくってゆくことこそが、いま必要とされているのではないかと思うからです。また、そうした場が全国に広まってこそ、この国の今後のよりよいあり方を見据えた広範な議論が、人びとのあいだに広がってゆくと期待されるからです。》

――今回の講演会の位置づけは?


当初は広く賛同人を集めるつもりで色んな方の名前をリストアップしていたんですね。でも、そこも少し考えが変わり、まず立ち上げイベントの講演会をやって、そこに集まった方で賛同してくださる人たちに賛同者、呼びかけ人、会員になってもらって発足という方式にしたんです。


会員になっていただける方が10人なのか50人なのか分かりませんが、今度の農工大の本館講堂は200人くらい収容できるので、それくらい集めたいね、という話はしています。そのうち1割でも2割でも会員になっていただき、会員のみなさんの意見を踏まえて、このフォーラムを今後どう進めるかを決めていこう、と考えています。


このフォーラムは《地域で話す場》ということを重視しています。発起人の4人がいずれも北多摩地域に住んでいたり、活動したりしてきましたので、「@北多摩」がくっついたわけです。


――そもそも4人の方たちはどのようにして出会われたのですか?


私は1970年代の半ばに小金井に引っ越してきて、1980年代から小金井の市民運動に関わるようになってきました。自分が暮す小金井にこだわって市民運動をやってきたわけです。井筒雅子さんは――かつては小金井に住んでいらっしゃったんですが――どちらかと言えば小金井よりも広く三多摩レベルで活動を続けてこられました。そうしたなかで90年ころから知り合うようになったんです。


3・11の少し前あたりから、井筒さんは福島のご出身なので「松川事件」(*注)についてのお話をしばしば僕にされていてね。「冤罪事件なんだから、あなたも関心あるでしょ」という感じでね。


松川事件の資料を集めている「松川資料室」が福島大学にあるのですが、井筒さんが「どうも財政的な事情で松川資料室がなくなりそうなので、東京に住んでいて、事件に関心のある人たちで、資料室の存続を求める会をつくりたいね」という話を僕にもってこられたんですね。僕は「そういう運動も必要かなあ」と思い、「松川資料室の存続を求める会」を一緒に立ち上げたわけです。


(福島大学「松川資料室」のHPから)
(福島大学「松川資料室」のHPから)


《松川事件とは:1949年8月17日の未明に、国鉄東北本線の金谷川~松川間(現在の福島市南部)で発生した。線路のレールが取り外されたことによって、旅客列車が脱線転覆し、機関車乗務員3人が死亡した。その犯人として国鉄と東芝の労働者20人が逮捕・起訴され、1審では死刑5人、2審でも4人が死刑判決を下された。被告の救援と公正な裁判を求める運動が始まり、5審・14年の長期裁判の末に、被告全員が無罪となった。松川事件については、その後の国家賠償裁判において、捜査・逮捕・起訴・裁判の継続のすべてが国家機関による違法行為であったことが認定された。権力による冤罪事件である。真犯人はいまだに分かっていない。》


松川資料室の問題とは別に、井筒さんは「総合人間学会」という研究組織に入っているんですね。そこで、総合人間学会の理事であり、事務局次長でもある澤佳成さんと知り合われた。


矢倉さんとは、1965年ごろからやっている市民文化フォーラムのなかで井筒さんがお知り合いになり、僕にも「東久留米にこういう人(矢倉さん)がいるから、会ってみない?」と言われてお会いしました。松川資料室存続へのご協力を求めるなかで、知り合いになったということです。


――「小金井にこだわって市民運動をしてきた」と言われました。例えば、どんな活動を?


色々やってきましたが、今は「小金井平和ネット」という市民団体の共同代表をやっています。


――「小金井平和ネット」? いつ、どのような目的で発足したのですか?


2002年7月7日に発足しました。僕はその時からのメンバーなのですが、当時は一会員でした。2001年にアメリカで起きた「9・11事件」をきっかけに、アフガン戦争や各地でのテロなど、世界で暴力と殺戮が絶えないようになりました。それに強い危機感を抱いた人たちが集まったのです。「自分たちが日々の暮らしを営む小金井から、誰にとっても平和な世界の実現をめざそう」というのが目的です。


――これまでどんな活動を?


発足の集いでは、イスラエル・パレスチナ連帯市民訪問団に参加した3人から「私たちがみたパレスチナ」を報告してもらいました。実は私はその3人のうちの1人です。


――イスラエル・パレスチナ連帯市民訪問団?


そう。その年の6月にパレスチナとイスラエルに行ったんですよ。全国から集まった市民40人が10日間ぐらい行ってきました。帰国してから、訪問団に参加した有志たちで「きちんとパレスチナが直面している課題を勉強しよう」ということで国際法研究会というのも立ち上げました。


――なぜパレスチナへ行こうと?


僕は1970年代の半ばから「三多摩・パレスチナ連帯する会」・・・あれっ、正式な名前を忘れっちゃったな(笑)。まあ、通称「さんぱれ」って呼んでいたと思うけど、その市民運動に関わっていたんですね。

 

パレスチナ問題に関心があったんだけど、その当時はイスラエル占領下のパレスチナ、そう簡単にはいけませんでした。1978年の夏に、パレスチナ難民のキャンプの人たちを訪問しようという企画を立てて、レバノン、シリアに行ったことはありますね。でも、92年のオスロ合意があって、「さんぱれ」は自然消滅してしまった。


――パレスチナ問題への関心はどこから生まれたのですか?


1973年の第1次オイルショック(*注)ですね。オイルショックによって中東問題に目が開かれたのです。その頃は横浜に住んでいたのですが、1974年に川崎市が主催する市民向けの講座で、イスラム研究者の板垣雄三さんが連続して10回ぐらい話す中東講座というのがあり、それを聞いたり、そこで紹介されたパレスチナ関連の本を読んだりしていたわけです。


《第1次オイルショックとは:1973年の第4次中東戦争を機にアラブ産油国が原油の減産と大幅な値上げを行い,石油輸入国に失業・インフレ・貿易収支の悪化という深刻な打撃を与えた。》


――小金井平和ネットに話が戻りますが、2002年の発足後はどんな活動を?


その当時は住民基本台帳法改正にともなう条例の制定問題が小金井市でもちあがっていました。住民基本台帳ネットワークシステムは――略して「住基ネット」と呼んでいましたが――個人情報漏えいの恐れがあるし、運用次第では自由にものがいえる平和な社会を崩壊させる危険さえあるのではないかと考え、「住基ネット不参加の請願」や異議申し立てなどを行いました。


その後、イラク戦争反対や自衛隊のイラク派兵中止を求める運動に参加したり、2006年には「パレスチナカフェ(*注) in 小金井」の第1回を開催し、その後も毎年続けています。


《パレスチナカフェとは:2005年6月、フランス・パリと郊外都市で始まった。パレスチナについて知り、語れる場をできる範囲で作っていく試み。》

――カフェ方式で気軽に話し合う場が必要、ということでしょうか。


そうですね。今年からは市内のあるレンタルスペースをお借りして、毎月1回、「月いち・憲法カフェ」というのもやっています。これは昨年秋の「武蔵野はらっぱ祭り」でブースを設け、「憲法談議」というのをやったんですね。ブースの壁に憲法の前文や重要な条文を展示し、そのなかで自由に憲法について話し合ってもらおうという試みでした。いまの「月いち・憲法カフェ」はその延長線です。


今、原発再稼働や集団的自衛権行使の容認をはじめ秘密保護法など、立法・行政レベルでは立憲主義を冒涜するような出来事が次々に起きていて、一人で考えていても気が滅入る。だからこそ「ゆるゆるとお茶しながら、憲法にまつわるあれこれをおしゃべりしようよ!」というわけです。


実際に、「家の中でも外でもなかなか憲法について話すことができなかった。ここでようやく自分の思いが話すことができる」という女性もいらっしゃいました。


10月12日に始めようとしている文明フォーラム@北多摩でもそうですが、《地域で語る場》というものがこれからの市民運動や民主主義にとって、とても大切だと感じています。


(後編に続く)

こがねいコンパス第58号(2014年9月20日更新)

大賀英二(おおが・えいじ)さんのプロフィール

1948年、目黒区で生まれる。1971年早稲田大理工学部卒。特許事務所や衆院議員秘書などの仕事を経験。1974年9月から小金井市へ。現在は前原町在住。趣味は読書、山登り、オートバイ、自転車。


 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
PDFファイル 5.3 MB

こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

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小金井市のイベント情報は、小金井市地域情報サイトのさきナビでも見ることができます。バナーをクリックしてください。

 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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