変える 試みる 小金井の人たち   file28

変える 試みる 小金井の人たち file28

NGOピースボートの専従スタッフ 越智信一朗さん

 

 世界一周やアジア周辺の船旅を企画しているNGO「ピースボート」。

 

 大学で理学部の宇宙コースを専攻し、大学院では平和学を学んだ青年はアフリカからの帰国後、自分の情熱を注ぐ先として、このNGOを選んだ。今は、「脱原発をめざす首長会議」や「フクシマ・アクション・プロジェクト」などの事務方として、脱原発や原発被災者支援に取り組む。

 

 不思議な道のりをたどるなかで、青年の目に映って来たものとは――。

 

――まず「ピースボート」について、分かりやすく説明していただけますか?

 

「ピースボートってなあに?」というパンフレットでは、「国際交流の船旅をコーディネートするNGO」と説明しています。

 

ピースボートが生まれたのは、1982年の第1次教科書問題がきっかけでした。「教科書で本当の歴史は学べるのだろうか?」とか「日本人はいったいアジアで何をしてきたのか?」という疑問を持った若者たちが、実際に現地へ行って自分たちの眼で事実を確かめようと考えたのが出発点となり、NGOピースボートが誕生したのです。

 

第1回クルーズが出港したのが1983年。そこから30年あまり、これまでに訪れた港は200を超えています。

 

例えば、今募集しているのが「第88回ピースボート・地球一周の船旅」です。来年2015年8月21日から12月6日までの108日間で、セブ島(フィリピン)、シンガポール、ムンバイ(インド)などを経てスエズ運河を経由して地中海をめぐった後、大西洋を渡り、中南米を経てパナマ運河を通って太平洋へというルートです。

 

こうした地球一周の船旅のほか、2012年には韓国の「環境財団」と共同でコーディネートし、脱原発をテーマにした「ピース&グリーンボート」を企画しました。

 

放射能が国境を越えて被害をもたらすという現実を踏まえ、24基の原発を抱える韓国の人たちとも一緒になって、東アジア全体の脱原発と再生可能エネルギーの推進を考えよう、という内容です。

 

この時は、9日間で博多、釜山、那覇、敦賀を回りました。

 

今年(2014年)は、10月30日から11月8日までの10日間で済州島、台湾、沖縄を、長崎を回る「韓国の人々とめぐる日韓クルーズ」を企画しています。寄港地では各地の歴史や社会問題を学び、人々の声を聴く「検証コース」を設けています。

 

こうしたパンフレット的な説明とは別に、私の視点から見た個人的な捉え方をお話ししたいと思います。

 

というのも、ピースボートを詳しく知るまでは、「世界一周旅行を船でやっているところ」ぐらいの認識しかなかったのです。私は旅行好きですが、船旅までは・・・と実は思っていたのです。

 

アフリカでNGOのインターンを半年間経験した後は、「ピースボートというのは世界一周(の船旅のコーディネート)というよりは、平和構築の仕事の一環をしている」というように認識が変わりました。

 

他の国の平和の問題などにさほど関心がない日本の中流・上流層が、他の国の――観光も含めてですが――現実を見ることによって少し変わって行くのですね。心境が変化したり、街角で行われている募金活動に関心を持ったり、と。日本以外の国や地域に興味をもつこと自体が、平和構築につながっていくのではないかと思っています。

――パンフレットを見ますと、旅行の企画・実施はジャパン・グレイスという株式会社ですね。ピースボートの関わりは?

 

ピースボートは、オプショナル・ツワーを現地の市民団体と企画したりして、普通の観光旅行とは違う、独自なものを提供するという役割を担っています。例えば、今までの交流の積み重ねの結果として現地の大統領に歓迎してもらうとかも。

 

あとは、いろいろプロジェクトがありますが、支援物資を現地に届けるプロジェクトでは、ピースボートがボランティアと一緒に物資を集め、船に乗せて現地で手渡すということをしています。

 

最初にお話をしたように、ピースボートの出発点が「実際に自分たちの眼で見る」という目的で始まったので、そこが基本です。30年以上を経て、日本社会でも海外でも定着してきたと思います。

 

――スタッフになる前にピースボートの船旅に参加したことはあったのですか?

 

ピースボートでインターンをしているときに参加しました。

 

――インターンになったのはどういうきっかけで?

 

ケニアで半年間、働いた後、新しい仕事場を探していたんですね。その時にピースボートが興味深い取り組みをしているなと思ったのがきっかけですね。

 

――学生時代はピースボートの存在を知っていました?

 

一切知らなかったです。ただ、大学院時代にNGOでの仕事を探していたとき、大学院の恩師からピースボートのスタッフを紹介され、一度話を聞きに行ったことはありました。そのお話を聞いた日の夜に、「ちょっと来てみる?」と誘われて行ったのが、国会議事堂を人間の鎖で囲むというアクション・・・(笑い)。衝撃的でした。

(ピースボートの事務所で)
(ピースボートの事務所で)

――インターンはどれくらいの期間?

 

最初は半年という話だったのですが、面白いので1年間ぐらいやっていて、その後、一般乗客としてピースボートの船に乗りました。

 

そうすると、乗っている間に「3・11」が起きました。クルーズが終わり、インターンも終わったのですが、緊急支援に関心があったのでそのままピースボートの災害ボランティアセンターにインターンとして働くことにしたのです。

 

――災害ボランティアセンターのインターンの後は?

 

ピースボートの事務所にいると、「脱原発世界会議がどうとか」という話が聞こえてきたんですね。それを話していた人と外でラーメンを食べていたら「越智くん、災害ボランティアセンターが終わったら、こっちに来ないか」と誘われ、脱原発世界会議の仕事をするようになったのです。

 

――インターンというのは給料は出ないんですよね?

 

出ませんね。長くやっていたので交通費ぐらいは出たのですが。

 

――じゃあ・・・生活はしんどいですね。

 

そうですね。ただ、実家ぐらしなのでご飯は食べられますから、まあ何とかなります。

 

脱原発世界会議のあと、「脱原発をめざす首長会議」が2012年4月に発足します。その頃に有給のスタッフとなりました。特に「辞令」をもらうわけでもないので、あまり明確に覚えていないんですね(笑い)。

――ピースボートの専従スタッフとしての現在のお仕事は?

 

脱原発関係の仕事が多いですね。「脱原発をめざす首長会議」だったり、2012年12月に開催した「脱原発世界会議2」で、福島での取り組みを担当したりしました。さらにIAEAの福島での動きを福島の人たちと一緒に監視する「フクシマ・アクション・プロジェクト」をやっています。

 

――「脱原発世界会議2」ではどんなことを?

 

「Nuclear Free Now」という名前のプロジェクトで、2012年12月に東京では「脱原発世界会議2」を開催し、福島県郡山市では日本政府と国際原子力機関(IAEA)共催の「原子力安全に関する福島閣僚会議」に福島の生の声を届ける「フクシマ・アクション・プロジェクト」や「脱原発をめざす首長会議」の勉強会を開き、私は福島の担当者として、海外からのゲスト視察も含め、多くのスタッフとともに働いていました。

 

――「フクシマ・アクション・プロジェクト」というのは何をやっているのですか?

 

国際原子力機関(IAEA)が、「3・11」の後、アジア地域の原子力災害に備えて、原発事故時の汚染監視や測定などを強化するため、IAEA緊急時対応能力研修センターを福島市に開設しました。

 

このセンターは、福島県庁近くの自治会館1階にあって、IAEAの職員1人が常駐しています。福島第一原発周辺での汚染測定など実地研修のほか、放射線測定器や防護服を備蓄し、実際に事故が起きたときにIAEAが現場で使用することになっています。

 

原子力の民事利用を進めようとしているIAEAが、本当に原発被災者のための活動をしているのかどうかをチェックするとともに、被災者の声をIAEAに届ける活動をしています。

――ピースボートで、脱原発分野に関わるようになったのは越智さんの希望ですか?

 

原子力は私にとってなじみのある分野です。というのも私は、鹿児島大学理学部の物理科学科・宇宙コースを卒業しました。理学部では原発やエネルギー問題を専門にしている先生もいましたから、原発に関する情報はそれなりに何となく身についていたのです。

 

自分が知っている分野だと、アイデアを思いつき、提案をすることが出来ます。これからは基礎自治体の首長や地方議員の役割が重要になると考え、2012年1月に横浜で開催されることになっていた「脱原発世界会議」の準備段階で、しつこく(ピースボートの)スタッフに首長たちが集まるセッションの必要性を言っていたのです。

 

ほとんど毎日のように言っていたので、根負けしたような形で認めてもらい、原発について発言している首長や地方議員をリストアップして、レターを送りました。

 

――ところで物理科学科・宇宙コースを選択した人が、今はピースボートのスタッフ、というのが少し気になります。まずは宇宙コースを選んだ理由から聞きたいのですが。

 

地球外生命体を探したいと思っていたので(笑い)。

 

――そりゃまたなぜ(笑い)

 

アメリカで制作されたSFテレビドラマの『Xファイル』のなかで、地球外生命体を探すために宇宙空間に向けて電波を発信し続ける装置を描いたシーンがありました。それがすごく印象的だったんですね。それと「未知のものへの強い憧れ」でしょうか。

 

――大学院での専攻は?

 

平和学です。

 

――宇宙の研究から平和学へ?

 

ええ、自分の将来の仕事を考えた時、自分が関心を持っている分野だけではなくて、他の人たちに良い影響を与えることができるような、社会的に脆弱な環境にある人たちのために役に立つような仕事に取り組みたいと考えたのです。

(ピースボートのホームページから)
(ピースボートのホームページから)

――ソマリアの写真展もやっていますね。ソマリアにはいつ?

 

大学院時代にソマリランドへ行きました。修士論文を書く際にアフリカを色々と調べた中で、ソマリアに一番興味をひかれたからです。外務省はソマリア一帯は退避勧告を出していますが、ソマリランドは治安が良かったですね。現地の人たちはすごく頭が良いのに仕事に就けないでいる。それが印象的でした。

 

さらに昨年1月にソマリランドと南部のモガディシオに行きました。論文を書かないかという話があったので、現地を再訪したわけです。ただ、英語での最新情報を調べるのが(英語が苦手なため)かなり難しく、論文執筆は半年間いろいろとやってみましたが、結局はボツになりました。

 

―それで写真展を?

 

自分で撮影した写真をたまたま引き伸ばしてみたんですね。青空が広がる光景が目に飛び込んできて、自分に何かを訴えたのです。自分に訴えるものがあるのだったら、人にも何かしら響くものがあるだろう。そう考えたのです。

 

ソマリアは基本的にほとんど日本では知られていません。一方でメディアでは紛争地というイメージ一色ですので、それを何とか打破したいという気持ちがありました。

 

――どんな写真なのですか?

 

シビアな写真は入れていません。動物だとか・・・ヤギが車の上に乗って、木の芽を食べているとか、日本の中古車が輸入され、日本の塗装のままで走っているとか、ユーモラスなものですね。

 

――これからの目標は?

 

ピースボートのスタッフとしては、「脱原発をめざす首長会議」が持つ力を、もっと発揮できるようにしたいですね。私的なことだと、今習っている舞楽(ぶがく)ですね。

 

――舞楽?

 

雅楽に合わせて舞うものです。1300年前、平安時代に貴族がやっていたのものですね。学生時代には能も少しやっていましたが、舞楽を習うことによって、心と体の使い方、日本で続いてきた文化を身につけたいと思っています。

(終わり)

 

こがねいコンパス第52号(2014年5月17日更新)

◆越智信一朗(おち・しんいちろう)さんのプロフィール

 

1981年2月、高知生まれ。2歳ぐらいの時に小金井市へ。中町4丁目在住。3歳半からバイオリンを習うが、さほど上達せず。現在の趣味は、舞楽や太極拳。

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

写真をクリックすると大きくなります
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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
PDFファイル 5.3 MB

こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

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 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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