変える 試みる 小金井の人たち file15-1

世界を舞台に活動するパフォーマンス・アーティスト  イトー・ターリさん

(前編)


日本だけでなくヨーロッパ、アジア、北米を舞台に、私たちの日常という「皮膜」の下に潜んでいる問題を、告発するかのようにパフォーマンス・アートとして鋭く提示してきた。

 

3・11の後、彼女はあるきっかけから原発事故をテーマにした作品をつくり、発表している。この世界で起きた最も恐ろしいと思える事象に正面から切りむすび、「見えない」ものを「見える」ように転化させようとする試み――。それは彼女の言葉を借りれば、「本当のことをいつもいつも隠すことへの抵抗」である。

 

 

(上の写真は2012年4月、ギャラリー・ブロッケンでの『放射能に色がついていないからいいのかもしれない・・・と深い溜息・・・をつく』から。撮影・角張康治氏)

《「パフォーマンス・アート」とは、広辞苑(第5版)によれば「既成芸術の枠からはずれた、身体的動作(演技・舞踏)・音響などによって行う芸術表現。一回的・偶然的手法で、視覚・聴覚・運動感覚などに多面的に働きかけることが多い。ハプニングなども含み、70年代末から一般化」と定義されている。》

――3・11の後、福島原子力発電事故をテーマにした『放射能に色がついてないからいいのかもしれない・・・と深い溜息・・・をつく』という作品を作られ、上演されています。3・11から制作にいたるまではどのように?

 
私は生まれは東京ですが、父の転勤で2歳の時から小学校の5年生まで仙台で暮らしていました。3・11の時、津波で流されていく海水浴場とかは子どものころに親しんだところでした。様々なものが壊れて行く映像を見てかなりショックでした。

 

だから、本当はもっと早く現地へ行きたかったのですが、その年の4月に沖縄、5月に大阪、6月に東京での公演を予定していて、結局、現地に入ったのは7月のなかばでした。

 

 

(40年に及ぶ自身のパフォーマンス・アートの歩みをまとめた同書は女性の芸術運動の貴重な記録ともなっている)
(40年に及ぶ自身のパフォーマンス・アートの歩みをまとめた同書は女性の芸術運動の貴重な記録ともなっている)

*ターリさんはその時の様子を昨年12月に出版した『ムーヴ あるパフォーマンスアーティストの場合』(インパクト出版会)という本に、このように記している。


《7月になってやっと、被災した友人の居る亘理、そして、仙台、松島、石巻へいくことが出来、最後に伊達を訪ねた。輝く緑の里山の美しさはまったく変わらない。けれど、恵さんから「庭先で1.7、裏山は3マイクロシーベルトあるんだよ」「放射能に色がついていたらいいのにね」という言葉を聞いて、里山の美しさとのギャップにドキッとした。

 

 そして2カ月が過ぎたころ、恵さんは「放射能に色がついていないからいいのかもしれない」と電話口で言った。それは、時が経るにつれ、そう思わなくては居続けられない、生きていけない悲痛な声に思えた。》

 

――被災地に入った時には、パフォーマンスのことは?

 

 パフォーマンスをつくるとか、その当時は一切考えていませんでした。

 

――それが、ご友人で陶芸家の会田恵さんの言葉で変わったのでしょうか?

 

9月に電話をした時、「陶芸をやらないの」と聞いたら、(会田さんが)「やる」と言うので、「東京で展覧会をやってみない」と誘ったのですね。それで、小金井のギャラリー・ブロッケンで展覧会をやることが決まりました。だったら(自分もそこで)パフォーマンスをして1人でも多くの人に来てもらおうと考え、作品をつくることにしたのです。

 

(パフォーマンスを終えて、会田恵さん=右=とのトーク)
(パフォーマンスを終えて、会田恵さん=右=とのトーク)

――パフォーマンス・アートの場合、作品はどのようにつくりあげていくのでしょう?

 
私の場合はいつも「うろうろ」します。例えば体育館の剣道場を借りて、クマのようにうろうろと歩きまわり、何をしたいのかを考えるのです。

 

――そこが集中できる?

 

そういう場に持っていかないと。私の場合は体を動かす作品ですから、動ける服に着替えて、体をほぐし、本当にうろうろしながら、自分は今何に一番関心をもっているのかを考え続けるのです。そうすると、いつも少しずつ見えてくる。本も読んだり、勉強はしなければなりません。同時並行にやっていきます。

 

「放射能に色がついていればいいのに」という彼女の7月の言葉が、9月には「色がついてないからいいのかもしれない」と変わっていった。その変わり方とは何だろうかと考えました。

 

私自身も今回の放射能の事故に、すごく怒りを覚えた。なぜ、いつもいつも同じ構造なのだろうかと。怒りが湧いてきたし、それと同時に私も東京に住んでいて、(原発から生まれた電力を)享受してきたわけです。


東電は化け物だと思ったし、政府も化け物だと思ったし、わたしもきっとそうじゃないかと。私自身も化け物だ。だから化け物を作品のなかに入れたいと思いました。

 

――「私自身も化け物」とはどういうことですか?

 
つまり、(原発による電力を)享受してきた人として、何かしら麻痺したところがあった。自分自身もそうではないのか。そう思ったのです。

 

それをどういう風に表わしたらよいのか。放射能は「見えない」ものですから、それを「見える」ものしたらよいのではないかと考えました。

 

――作品の冒頭に、ガイガーカウンターの不気味な音が出てきます。

 

(2011年)10月に現地の撮影に行った時かな。たまたま福島で会合があると誘われて行ってみると、大学の先生が講座のなかでガイガーカウンターの音の違いを聞かせてくれたのです。いろんな種類の音があるというので家に帰って調べると4種類ある。これは使えそうだなと思った。

 

責められるような音です。あまり楽器のようにはしたくないので、淡々とキーを叩き、スクリーンには放射能で汚染された牧場の光景を映し出しました。

 

――玉ねぎに刷毛で何かを塗っている場面が出てきます。

 

あれは蓄光塗料です。光を蓄えるもの。

 

――食べ物の汚染の恐怖を示したものでしょうか?

 

そうです。


――玉ねぎはターリさんの作品ではよく登場しますよね。

 

私の場合、作品がつながっているんです。この作品はこれでおしまい、とはならないのです。キャベツでもよかったわけですが、玉ねぎを選んだのは私のなかでつながっているからです。

 

――どのような「つながり」なのでしょう。

 

玉ねぎはもともと、2002年8月に(旧日本軍「慰安婦」の女性たちが暮らす)「ナヌムの家」でパフォーマンスをやった後、金順徳(キム・スンドク)さんという方が「玉ねぎの皮をむくように自分の殻を剝こうとしているようだ」と感想を言われました。それで彼女が亡くなった時にオマージュとしてつくった『あなたを忘れない』で玉ねぎを使ったのです。

 

――玉ねぎが登場した後に、LEDの多色光を発するゴーグルをつけた

「化け物」が登場します。今年2月の公演では、ものすごい叫び声を発していました。1年前のパフォーマンスとは全然違ったので驚いたのですが、あれはなぜ?

 

去年の9月から少し声が出てきました。この2月の公演では、あんな絶叫のような声が出るとは思いませんでした。なぜでしょう? うーん、落胆ですかね。なぜ、こんなになってしまったのかという。現実への嘆き・・・だと思いますね。

 

――やっているうちに、あんな声が出るものですか?

 

はい。稽古はしませんから。

 

――稽古がないと言っても、1回ぐらいはリハーサルをやるのでは?

 

リハーサルも、プロジェクターとか照明を扱う技術者との、タイミングを確認する段取りだけですね。初めてやる人がみたら、これでパフォーマンスをやるんですかと驚くのじゃないかしら。

 

――通しのリハーサルというのはないんですか?

 

まったくやりません。

 

――しない方がいいんですか?

 

やっぱり、どうしても(リハーサルを本番で)リピートしちゃう。(リハーサルをやると)新鮮ではなくなります。しかも本番のすぐ前だとかなり影響されるし、切り替えがつかないとあまり面白くないんですね。パフォーマンスアートだから、一回性を重要視するのです。即興性というか。

 

――パフォーマンスアートは、その場でのインスピレーションを大切にする。自分の中で予期せぬものが生まれるのを大切にする、ということなのでしょうか。身体表現だから動いている中で、作用してくるものに応じるというか。

 

そう。お客さんから、空間から。自分の体調からということもあります。演劇とかパフォーミングアーツの方は、「一番いいところを見せましょう」という気構えですが、私たちの場合は「目撃させちゃう」という感じです。予定調和を排するのです。

 

――LEDの多色光をゴーグルに付けた「眼」は、どこからヒントを?

 

ふふふ。秋葉原に行くのです。秋葉原のごちゃごちゃとしたところに行ってパーツ群を探します。

 

(ギャラリー・ブロッケンでの『放射能に色がついていないからいいのかもしれない・・・と深い溜息・・・をつく』から。撮影・角張康治氏)
(ギャラリー・ブロッケンでの『放射能に色がついていないからいいのかもしれない・・・と深い溜息・・・をつく』から。撮影・角張康治氏)

 

 

 

 

 

 

――ラテックスゴムの液体塗料を塗って出来た皮膜を壁からはがそうとするシーンが出てきます。

 
壁にラテックスゴムを塗ったり、ゴムの洋服を着たりしてきたのは「皮膚」としての使い方でしたが、今回の使い方は違っています。


かつては自分と何かの間の「皮膚」だったのですが、今回は剥がそうとしてもそんなに簡単に剥がれるわけではない。そんなことを思いつつも、はがそうとする――。そんな意識があります。

 

――最後の段階で、沖縄の嘉手納基地の映像が壁に投影されます。

 

(現在の自分のパフォーマンスは)沖縄から始まっていると感じています。沖縄で見たり、聞いたりしたものを通して、沖縄はどういうことかを考えているということと、今回福島で起きたことが重なってくるのです。同じ構造があって、見えないものにしようとか隠そうとする体質が、全然変わらない。人を大切にせず、棄民と言わせてしまう構造です。


沖縄も福島も慰安婦の問題も切り離してはいけない。日本がやってきたことをずっと考える旅をしているという感じがしています。

 

*ターリさんは、『ムーヴ』の中で、そうした思いを次のように書いている。

 

《本当のことをいつもいつも隠すことへの抵抗。隠蔽しつくすことによる不幸をどれほど、味わわなくてはならないのか。「慰安婦」のおばあさんたちの存在を認めず、沖縄の人々へのうらぎりを重ね、原発の危なさをひた隠す。それらへの闘い。》

 

(前編終わり)

 

こがねいコンパス24号(2013年3月2日更新)

 

イトー・ターリさんのプロフィール

 
1951年、東京生まれ。和光大学人文学部芸術学科卒業。東京マイム研究所1期生。1982年、オランダのヘットクライン・ムーヴメントシアターに1年契約で所属し、『白い天使』『秋の野』に出演するなど、80年代の4年間をオランダで活動。1990年にはカナダ横断9都市ツアー、1991年にはアジアフェミニストアートafaの企画によるインドネシア、タイツアーなど、日本と世界の各地で問題意識に富んだパフォーマンスアートをしている。1994年には「ウィメンズアートネットワーク」(WAN)を始める(2002年まで)。

 

2011年、「日本を含む世界の女性たちが置かれている状況に光を当て、性差別や不平等をなくすための活動を、ジェンダーの視点に立って生き生きと発信する女性ジャーナリスト、アーティスト」に贈られる「女性人権活動奨励賞=やよりジャーナリスト賞」を受賞。

 

1993年秋、カナダからの帰国後、小金井市に住む。

アーティスト名の「ターリ」は、コクトーの詩集に出てくる女神の名前からつけたという。

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

写真をクリックすると大きくなります
写真をクリックすると大きくなります
全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
Adobe Acrobat ドキュメント 5.3 MB

こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから

小金井市のイベント情報は、小金井市地域情報サイトのさきナビでも見ることができます。バナーをクリックしてください。

 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

こちらから

メルマガ登録をどうぞ!

「こがねいコンパス」からのメルマガをご希望の方は以下にメールアドレスをご入力ください。新しい「市政フラッシュ」の掲載や、次号の主な内容などについてご連絡します。

コンパスは「羅針盤」です!

 

 『こがねいコンパス』は、小金井市政や小金井の人たちが関心をもつテーマを分かりやすくお伝えするインターネット新聞です。市民団体「こがねいコンパス編集部」が発刊しています。

 

 『コンパス』は、羅針盤を意味します。辞書によれば原義は「ともに歩くこと」です。市民が市政をより深く理解するための一助となり、よりよい小金井市政のあり方を考えるときの羅針盤でありたい。市民のみなさんと一緒に歩んでいきたい。そんな思いを込めています。

 

 

 ご連絡は koganeicompass@gmail.com まで。