変える 試みる 小金井の人たち file 10-1

file10-1 「青のあいのてさん」の倍音音楽家、尾引浩志さん


 レジ袋、ペットボトル、風船、石ころ、ストロー・・・。 楽器ではないものも、素敵な音を出し、心を躍らせる音楽になる。

 それを実証してみせているのが、音楽ユニット「あいのてさん」。NHKの幼児向け音楽番組「あいのて」から飛び出した3人組だ。

  「あいのてさん」は昨年(2011年)からの10年間、小金井市を重点活動地域と決め、「あいのてさん祭り」を始めた。新しい祭りが、新しい交流を生みだし、このまちを楽しく変えようとしている。

 「倍音音楽家」にして「青のあいのてさん」の尾引浩志さんは、小金井生まれの小金井育ち。まずは、「あいのてさん」誕生の秘話から――。

 

 

 《「あいのてさん」は、「鍵盤の達人」=赤のあいのてさんの野村誠さん、「打楽器の達人」=黄色のあいのてさんの片岡祐介さん、「声の達人」=青のあいのてさんの尾引浩志さんからなる。

 NHK教育テレビの幼児向け音楽番組「あいのて」(2006年4月から翌年3月まで放映)に「音の精=あいのてさん」としてレギュラー出演し、番組終了後は日本各地やイギリス、インドネシアなど海外で、コンサートやワークショップの活動を続けてきた。》

――「あいのてさん」の3人はどのような経緯で集まったのでしょう? NHKのオーディションですか?

   いいえ、オーディションではありません。もともと僕ら3人は、「あいのてさん」になる前からの知り合いでした。

 

 「赤のあいのてさん」の野村誠という人は作曲家でもあって、「共同作曲」というのをやっているんです。一人で曲を書くのではなく、何人もでつくるという手法です。その中に「しょうぎ作曲」(注参照)というのがありまして・・・。

 

――「しょうぎ作曲」? 

 名前だけ聞くと、一体何をするのか分かりませんよね。

 僕も最初は分からなくて、みんなで集まってやると聞いたから「みんなで将棋を盤にぺちっ、ぺちっと打ち合いながら、その音を使って作るのかな」なんて想像していたんです。

 

 でも、そうではなくて何人かでグループになって、楽器でもなんでもいいのですが、一人が将棋の一手目を差すかのように何か音を出す。そうするとその次の人が「そう来たか。じゃあ、おれはこうだ」という感じで音をつないでいく。

 メロディーであったり、リズムであったり、言葉であったり、言葉でなかったりといろいろです。

 ただ、作曲なので再現できるように、全部書いておくのです。おたまじゃくしの音符でも良いし、言葉で書いても良いのです。

 

 そういう「しょうぎ作曲」のお祭りのようなものが、岐阜県の山のなかで合宿のような感じでありまして、そこに20何人が集まりました。

 

 そこで初めて、「黄色のあいのてさん」の片岡くんと会ったのです。野村くんとはその前からの知り合いでした。

 

――それは野村さんが呼びかけたイベントだったのですか? 

 そうです。野村くんが知っていた面白そうな音楽家によびかけたのです。

 野村くんと片岡くん、野村くんと僕はそれまで知り合っていましたが、そこで初めて3人が会いました。

 でも、その時にはその3人でバンドをやるなんて思ってもいませんでしたが。

 

――NHKの幼児向け音楽番組「あいのて」では、NHK側はこういうものをつくりたいのでそれの適任者を探していたということですか?

 NHKで放送していた幼児向け音楽番組が前年度で終わるものが一つあって、それに代わる新しいものをNHK側で考えていたようです。

 野村くんは共同作曲とか、子どもを対象にしたワークショップをいろいろとやっている人なので、その番組を監修してもらおうということで(NHK側から)連絡があったそうです。

 

 NHKの人と野村くんが打ち合わせしているうちに、番組に野村本人が出ることになりました。番組のコンセプトを話し進めていると、ミュージシャンがほかにも必要だなということで、野村くんが「鍵盤の達人」とすると、あと「打楽器の達人」と「声の達人」が欲しいということに。

 

 そこで野村くんが「僕が打楽器の達人も声の達人も知っていますよ」と言い、片岡くんと尾引に声をかけて頂いた。そこから始まりましたね。番組が始まる前年の年末ぐらいに野村くんから電話がかかってきました。「こういう番組をやるんだけど出てくれない?」と。

 

――「あいのて」への出演はどうでした?

  楽しかったですよ。

 

――どんなところが?

  自由にできたということですね。

 こうやりなさい、ああやりなさいというのは最初からありませんでした。すべて自分たちで今回はどういう題材で、どんな音楽をやろうかというのを考えることができました。

 

――番組のコンセプトは?

  楽器として生まれたのではないものの音・・・。音というのは全部面白いもので、その音で生活に「あいのて」を入れて、生活が楽しくなっていって、その音が音楽になっていく。そんなコンセプトです。

 

――野村さんの「作曲日記」というブログを読むと「第2回の『テーブル』の放送がとりやめになり」とか「ものさしの回が苦情が来たらしく、明日と来週水曜日はペットボトルの回と差し替えるというメールが来ました」などという記述があります。そうした苦難の局面もあったのでしょうか?

  そうですね。テーブルの回とものさしの回には苦情があったということで放送ができなくなりました。

 

――この野村さんのブログには「視聴者の価値観がひっくり返るような番組を作る覚悟で、この仕事に取り組んでいます」と、並々ならぬ決意で臨まれていたのがうかがわれます。尾引さんも同じような気持ちだったのですか?

  一緒にやるんだから、そういう気持ちでやらないとできなかったですね。NHKの人と打ち合わせをしている時も「賛否両論あって当然だと思うし、批判を恐れずにやりましょう」という感じでやっていました。

 

――小金井市でのコンサートでは両手にもった小さな石をかちかち打ち鳴らしあうという曲もありました。ずいぶん良い音がするもんですね。

  僕らは音楽家だし、前々から身の回りの音に対して敏感だったとは思いますが、あの番組をやったら「あ、これはこんな良い音がしていたんだ」と、もっと気付くようになりました。あの石は本当に良い音がしますね。『石テクノ』という曲です。

 

――番組への苦情もあった一方で、すごく高く評価していた視聴者からは、1年間で番組が終わったことを惜しむ声が多くありました。

  自分たちも残念でした。残念だったけど、僕らはやっていることに価値があると思っていたので、止めたくないと考えていました。

 

 だから、NHKとは関係なく続けて行こうということで「あいのてさん」というバンドを作ったのです。

 

  あの番組の設定は、女の子二人の姉妹が住んでいるお部屋に、あいのてさんが突然やってきて音を出して遊ぶというものです。あいのてさんは「音の精」ですね。

 

 最終回に女の子が引っ越すことになり、あいのてさんはそれにショックを受けます。女の子はあいのてさんに挨拶しようとして音を出すのですが、返事がありません。

 「あっ、いなくなっちゃった」「きっと、別のおうちにいったんじゃない」という形で終わったのです。僕らはその部屋から出てきて、みんなのところへ行くようになったというエンディングです。


――全国各地でコンサートしているのは、番組から外の世界へと抜けだしてきたというわけですね。

  そう。だから嘘はついていないのです(笑)

 

――あいのてさんは2011年から10年間、小金井市を活動の重点強化地域に指定し、昨年から「ワールドミュージックフェスティバルin小金井」(別名「あいのてさん祭り」)をやっているわけですが、小金井市で10年間やるぞ!というのはどのような理由といきさつからなのでしょう?

  テレビから飛び出し、あちこちに呼んでもらいコンサートをしたり、ワークショップをしたりという活動を続けてきたわけですが、1度呼ばれてコンサートをやって終わりというパターンが結構多いわけです。

 

 もちろん2度、3度と呼ばれるところもありますが、なかなかつながっていく感じがしない。なんだか「受け身すぎるなあ」という思いがあって、「あいのてさん」側からみんなにアクションを起こしたいと考えたわけです。

 

 その一つが「帰ってきたあいのてさん」というビデオ番組を作り始めたことです。さらに、どっかに拠点を決めて、自分たちで企画をしてお祭りのようなことをやろう、と。

 

 では、その拠点はどこが良いのだろうと話した時に、野村くんと片岡くんは今は京都に住んでいるのですが、二人とも割とあちこちに行って、あまり定住しないタイプなんです。

 

 僕はこの小金井に生まれ、育ち、途中で都内の別の場所に住んだことはありますが、また小金井に戻りました。

 

 自分の家もあるので、恐らくよほどのことがない限り、小金井から離れることはないだろう。だったら、僕の住んでいる小金井を拠点にして、小金井市民と一緒に「あいのてさん祭り」を盛り上げていこう。そう考えました。自分の住んでいる場所をヒイキしたわけです。

 

左から尾引さん、野村さん、大澤さん
左から尾引さん、野村さん、大澤さん

――「あいのてさん祭り」の2回目となった今年、貫井囃子保存会との共演を企画されましたね。

  昨年の「あいのてさん祭り」でやったイベントの一つ、様々な方をお招きしてざっくばらんにかつ真剣に話すトークイベント「あいのてさんと立ち話」に、東京学芸大学の石井壽郎先生に参加して頂きました。

 

 小金井の人たちと一緒に面白いことをやっていきたいという話になった時に、石井先生が「小金井だったら貫井囃子が面白いんじゃないか。お囃子の世界では全国的にも有名らしいよ」と教えて頂いたのです。

 

 僕は貫井囃子について存在は知っていたし、小金井公園でのお祭りで見かけたりして「すごいなあ」とは思っていたのですが、石井先生からそのヒントをもらわなかったら、貫井囃子さんに頼みに行こうとは思わなかったでしょうね。

 

 そういうアイデアをもらって、なるほどと思い、今年の春ごろに貫井囃子保存会が練習しているところへ「見学させてください」と行ったわけです。その場で、会長の大澤国栄さんに「小金井で僕らのお祭りをやりたいと思っているのですが、それに出てほしい」とお願いしました。

 

――大澤さんの反応はどうでしたか? 大澤さんは「あいのてさん」を知っていました?

  いえ、ご存じではありませんでした。大澤さんは会長としてみんなを束ねている責任がありますから、まったく警戒がないという感じではなかったのですが、いろいろと喋っているうちに「実は考えていることは僕も同じだ」と言って頂きました。

 

 「アートのお祭りをやりたくて、10年間かけて少しずつ大きくしたいんだ」と話すと、「そんな10年先と言わず、今、やりましょうよ」という言葉が返ってきました。あっこれは実現できるなという感触を得たのです。

 

 今回一緒にやらせて頂いて本当に大成功だと感じています。大澤さんがどこまで共感してくれたかは分かりませんが、多分、大澤さんたちも楽しんでくれたと思います。

 

――どんなところで大成功と感じたのですか?

  まず自分たちがやっていてとても楽しかった。お客さんのリアクションもすごく良かったですね。

 

 貫井囃子さんは、練習や実際の演奏を聞くと分かるのですが、クオリティがすごく高い。それまではお祭りでじっくり聴くということはなかったのでが、今回、例祭にも行って聴いてびっくりしました。こんなにカッコ良いんだ、と。ぶっとばされましたね。

 

 そうした素敵な人と一緒にやることができたというのも成功だと思います。

 

 僕があまり貫井囃子について知らなかったように、あいのてさんのお客さんとして市民交流センターに来ていた、小金井にずっと住んでいるお母さんでも「貫井囃子は知りませんでした。でも、すごくカッコ良かった」という人がかなりいました。

 

 そういう意味でも貫井囃子を知らなかった人に、微々たる人数かもしれませんが、貫井囃子のファンができたというのは、それも成功の一つだと思います。

 

――さて、これからは?

  小金井での10年間の「あいのてさん祭り」」で何をやりたいんだと問われると、ちょっと困る部分もあります。具体的にやりたいこともあるけども、どうなるか分からないという方が多い。でも、そこが面白いんですよね。

(終わり)

 *後編は第16号(11月3日発刊予定)に掲載します。

「こがねいコンパス」第15号(2012年10月20日更新)

 

尾引浩志(おびき・ひろし)さんのプロフィール

  1965年2月生まれ。尾引家は祖父の代に栃木から小金井へ。祖父が始めた「尾引石材店」は叔父が引き継いでいたが2012年に惜しまれつつ閉店。

 

 小金井市生まれ育ちで、一時期、吉祥寺で暮らしていたこともあるが現在は小金井市本町に在住。妻、小学生の男の子との3人家族。

 

 ホーメイ、口琴、イギル演奏家。1999年に倍音楽団「倍音S」を結成。音楽劇「コーカサスの白墨の輪」(2005年)、「コクーン歌舞伎」(2006年)など舞台の演奏でも活動。2006年度にはNHK教育テレビで異色の幼児向け音楽番組「あいのて」に、音の精=あいのてさんとしてレギュラー出演した。番組終了後も音楽ユニット「あいのてさん」として全国各地や海外で活動を続けるほか、ソロのライブ・ワークショップや、様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションも数多くこなしている。

(注1)野村誠さん自身の「しょうぎ作曲」による説明は以下の通り。(社団法人日本音楽著作権協会のHPから)

――野村さんが考案したという「しょうぎ作曲」について教えてください。

 将棋のように2人以上が順番に行う作曲法のことです。前の人が考えた楽譜に合うように、次の人が(その演奏を聴きながら)自分のパートの楽譜を書いて、それを演奏していくんです。楽譜はちゃんとした形である必要はなくて、「気分が乗った時に足を叩く」や「ドの音に合わせてお辞儀をする」など音がなくてもOK。その作業を順番に続けて、さらに2巡、3巡と繰り返して、最終的には全員で作曲した一つの作品が出来上がるという方法です。お互いのやりとりの中でかけひきが生まれたり、常識をくつがえすような発想豊かなパートがいくつも出てきて。一つひとつは単純でも、重ね合わせると複雑で立派な作品になるんです。僕自身、すごく作曲の勉強になりましたね。


――「しょうぎ作曲」を始めたきっかけを教えてください。

 実を言うと偶然なんです(笑)。ある時、「作曲はどうやってするのですか?」ときかれて、例えば~ということで鍵盤ハーモニカを使って2人でやってみたのが始まりです。作曲なのに、相手を待つ時間があるのがまさに将棋みたいでおもしろくて。ただ、戦いではないのでひらがなにしようかなと。しょうぎの「ぎ」は「技」や「戯」でもあるんですよ。

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

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 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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 『こがねいコンパス』は、小金井市政や小金井の人たちが関心をもつテーマを分かりやすくお伝えするインターネット新聞です。市民団体「こがねいコンパス編集部」が発刊しています。

 

 『コンパス』は、羅針盤を意味します。辞書によれば原義は「ともに歩くこと」です。市民が市政をより深く理解するための一助となり、よりよい小金井市政のあり方を考えるときの羅針盤でありたい。市民のみなさんと一緒に歩んでいきたい。そんな思いを込めています。

 

 

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