第4回 3・11 あの日から私の人生が変わった

                  飯田しのぶ

 結婚と同時に小金井市へ転居するまでの33年間、生まれ育った福島県の郡山市で暮らしていました。独身の頃の仕事は、障がい者支援でした。結婚してからは高齢者福祉の現場で働いています。


 私の家族・親族は、ほとんどが今も郡山市に住んでいます。妹には小学生、中学生の子どもがいて、震災当時は妊娠5か月でした。

 

 私は、あの日から必死に福島の妹とその子供たちを守るために活動しています。何ができるわけでもなく、でも、何もしないでこの一年半過ごしていたら、私の心身は壊れていたでしょう。話すと馬鹿にされてしまいそうでが、命を懸けて真剣にいろんなことをしてきました。


 昨年3月には大量の初期被ばくを浴びながら、妊婦の妹と高齢の母のために水や食料の調達を行ってきました。被ばくについて学ぶための講演会活動や、チェルノブイリ原発事故で何があったのか知る人からの勉強会を友人、知人たちと開いてきました。

 

 今、東京の人はほとんどが福島県で起きた東京電力福島第一原発の事故のことを忘れているのではないかと感じています。(もちろんこの記事を読んでくださっている方ではなく、テレビの報道しか見ない大多数の普通の人々についてです。)

 

  何事もなかったかのように、私の周囲の人々も振る舞います。私が時々福島のことを話すと、まだそんなことを言っているのか、というような顔や態度をされるのです。


 そんな中、妹は昨年9月11日に赤ちゃんを出産しました。

 

 この子が生まれたときから、郡山市にほんとうに安全に遊べるところはないという現実があります。法律で定められている放射線管理区域は0.6マイクロシーベルト/時と、原発事故後に教えてもらいました。

 しかし、郡山市では至るところが1~2マイクシーベルト/時あり、中にはお庭が16マイクロシーベルト/時あったという声も現地で聞きます。

 

 外で遊んではいけないと、どんなに親が子どもに言って聞かせても、小学生、中学生は今まで通り外で遊んでは被ばくしているという現実があります。

 

 妹の子どもは昨年の5月ころマスクをして学校に行ったところ『マスクをしているのはお前だけだぞ』と抑圧的に先生に言われた、とこぼしていました。

 

 この話を聞いて、私の仕事場の高齢福祉の現場でよくお年寄りが話していた戦前、戦中の話を思い出してしまうのは、私だけでしょうか・・・。


 今年の1月から「見切り発車」で地域のためのボランティア活動を始めました。

 

 『こころと心をつなぐカフェ』という名で、コミュニティカフェのように誰でも参加できるサロン活動を始めたのです。

 

 地域の子育てしているお母さん方が安心して話せる場所を作るのが目的で始めました。放射能という言葉は使わずに『西の野菜販売』をキーワードに、内部被ばくを気にしている地域の方に参加していただき、安心して本音を話せる場づくりを目指しました。

 

 毎月1回開催し、8月25日で8回目となります。回を重ねる度に少しずつ参加者が増え、子育て中のお母さんお父さんだけではなく、お祖母さん世代や、障がい当事者の方も参加してくださっています。


 福島県内では放射能のことや被ばくの話が安心してできない現実があります。放射能のことを話すと『新興宗教にでも入ったの?』『まだそんなこといってんの?もうとっくに終わったことだよ』と言われてしまうと、あるお母さんが教えてくれました。

 

 中には『郡山市には30万人以上人がいるけど、被ばくとか放射能とか気にしているのは私だけだと思っていました』と、心細い声で教えてくれた赤ちゃん連れのお母さんもいました。

 

 間違いなく大量の放射性物質がばらまかれた中で暮らしていかなくてはならない地域なのに、声にだせない、本当のことが言えない辛さは、まさに戦前戦中のようです。

 

 67年前と日本人は変わっていなかったのか・・・。

 私は愕然としています。

 

 それでもサロンに参加してくださるお母さんたちのほとんどが、内部被ばくを気にしたり、少しでも子どもを県外の線量の低い地域へ保養させようと頑張っていたりしています。

 

 一番心配なのは、まったく気にせずに原発事故前と同じように暮らそうと、現実に目も心も閉ざしているように見える住民です。

 

 無関心な住民もたくさんいます。土壌を測定すると8万ベクレル/kgある公園で、3才の子どもを普通に遊ばせてしまったお母さんもいると従妹から聞きました。胸が痛みます。

 

 今は思いっきりこんなことを書いていますが、私自身もなかなか言えないでいました。

 

 私の福島の親友たちのなかには、果物農家やお米農家がたくさんいます。いずれも、体のことを考えて農薬をできるだけ使わず、頑張ってきた人ばかりです。その心優しい農家の友人たちを今回の原発事故は大きく痛めつけました。友人の仲間には、事故後数か月して自死を選んでしまった人もいます。


 『私が被ばくを避ける発言をすることで、誰かがまた死んでしまうのではないか』――そんなことが頭をよぎり、心が引き裂かれそうになった時もあります。


 誰も悪くないのに、傷つけあってしまう県民同志。

 心の中では被ばくを気にしていても、声に出せない理由がこんなところにもあります。

 

 中には『子どもに何かあっても大丈夫な心を作る』と話した農家が実家の友人もいました。とても辛い言葉です。

 

 何かせずにいられずに、一人で衆議院の議員会館へ行き、「福島の子どもたちを守ってください。農家を救ってください」と訴えたこともありました。私の声は届いているのでしょうか。

 

 この1年半、何を犠牲にしても、子どもたちの未来を、未来に生まれてくる子どもの命を守りたい一心で動いてきました。

 

 今振り返れば、普通はなかなか会えない学者さんや医療従事者の方、ベラルーシ在日大使などから、貴重なお話を聞く機会をいただきました。

 

 そんな中、鎌仲ひとみ監督のドキュメンタリー『内部被ばくを生き抜く』にも登場しているベラルーシの医師、スモルニコア先生と出会い、東京を一日ご案内したことがあります。

 

 小さなお孫さんへのささやかなお土産を買いながら、スモルニコア先生が「私がベラルーシに帰国したら、孫の検査結果がわかるのよ」と顔を曇らせました。お孫さんのうち、何人かが障がいを持って生まれて来たとのことです。


 一番最近生まれたお孫さんには、甲状腺に腫瘍が見つかり、その検査結果がわかるとのことでした。チェルノブイリ原発事故から26年経ち、障がいを持って生まれてくるお子さんが、ますます増えている現実があると教えられました。

 

 私は結婚前まで障がい者支援の現場にいましたので、障がいを持って生まれてくることを悪いことだと思っているわけではありません。でも、人為的に子どもの健康が害されることは、やはり許されることではないと強く憤ります。この1年半、福島を通した活動の中で見聞きしたことは、とてもここでは言い尽くせません。

 

 自主避難という形で親子が離れ離れに暮らしている方もたくさんいます。子どもの命が何かあっても福島県に残らなくてはならないと歯を食いしばっているお母さんたちもいます。

 

 自分に何ができるか、これからも人生をかけて考えていきたいと思います。

 (2012年9月1日号)

飯田しのぶ(いいだ・しのぶ)さんのプロフィール 

  被災者の心に寄り添い、支援をするために「こころと心をつなぐカフェ」を出身地の福島県郡山市で開催している。

 7月21日には「こころと心をつなぐ福島支援 in 武蔵小金井」を小金井市内で開き、3・11からの障がい者支援の現状や福島のお母さんたちの心情を伝えた。

 小学生の男児を子育て中。貫井南町在住。

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

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小金井市のイベント情報は、小金井市地域情報サイトのさきナビでも見ることができます。バナーをクリックしてください。

 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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