第16回 野川の源流から北坂場ぐるぐる

小金井 坂下・坂上探検隊

(c)illust_Ueki
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1号 koganeist(K)市内坂下に住む元5歳男子の母の夫。

2号 folkway(F)市内坂上に住むムジナ。

3号 hayamapapa1966(H)市内坂上に住む3児の母の夫。8回目。

11号  Lee(L)市内坂上に住む元3歳の早熟な坂児。5回目。

12号  matryochica(M)市内坂上に住む3歳の坂児の母。4回目。

13号  kengo_tank(T)市内坂上に住む元3歳の坂児の母の夫。5回目。

21号  yoshiki0913(Y)市内坂上に住む坂中の料理番。初参加。

 

F「きたーの坂場通りにはー♪ っと」

K「新年早々、なんか調子いいっすねぇ」

F「もうなんかね、歌でもうたわなければやってらんないっすよ。小金井の坂上の坂の平坦なこと。ドラマ性に欠けるというか起伏に乏しいというか、通り過ぎたあとで、え? 今の坂でしたか? みたいなのばっか」

K「まあまあ。ところで昨年11月には国分寺の日立中央研究所の庭園公開日に行きましたよね」

F「あ、忘れてた。野川の源流が見られるという日立の中央研、行った行った。まずはそこからレポートせねばね」

 

編集長「あのう、前回は12月中旬に日立の記事を掲載と予告してましたが……」

F (…はっ)

K (…はっ)

 

●日立中央研究所に行ってきた

↑午前10時の開門前から長い行列
↑午前10時の開門前から長い行列

K「日立中央研究所は1942年(昭和17)に設立されたんだけど、創業社長がよい木立は切らずに、よけて建てよ と言ったとかで、広大な敷地のなかに武蔵野の自然が残されているんですよね」

F「周りは宅地になったりビルが建ったりとどんどん変わっていったのに、企業が研究所を作ったことで自然が守られたというわけなのさ。で、これが野川の源流のひとつ。研究所構内に湧くハケの湧水」

↑湧水をみんな写真撮る撮る。豊水期の水量は毎分500リットル
↑湧水をみんな写真撮る撮る。豊水期の水量は毎分500リットル

F「はい、おしまい」

K「えぇぇぇぇぇぇ! 日立もうおしまいですか!」

F「じゃあ、もうひとつ。これが湧水がたまってできた大池

↑池の周囲は約800メートル
↑池の周囲は約800メートル

F「大きな池だから大池ね。はい、おしまい」

K「えぇぇぇぇぇぇ!

F「しょうがないな。じゃ、あとこれね」

↑大池の湧水はこの水門を通って野川に流れ込む
↑大池の湧水はこの水門を通って野川に流れ込む
↑ザーザー
↑ザーザー

K「ザーザーって写真の説明になってないよ!」

F「日立行ったら、だいたいこのあたりを押さえておけばよいでしょう」

K「じつに投げやりな態度ですね」

F「珠玉のセレクトと呼んでください」

↑構内には売店も出ていて、探検隊一行(の一部)は晩秋ののどかな1日を過ごしたのでした。ゴザはあらかじめ敷いてあったよ
↑構内には売店も出ていて、探検隊一行(の一部)は晩秋ののどかな1日を過ごしたのでした。ゴザはあらかじめ敷いてあったよ

 

●ドラマチックな北坂場

そのひと月後、小金井 坂上・坂下探検隊は北の坂を訪れた。北坂場もこれで3度目の探訪となる。

 

F「もうなんも期待していません、北の坂には

K「ハケの坂ほどの傾斜もないし、景色の劇的な変化にも乏しいですからね」

F「おっ! なんだこれは?」

↑北大通り沿いのリサイクルショップで録音済みのカセットテープが1本30円!手書きのレーベル付き
↑北大通り沿いのリサイクルショップで録音済みのカセットテープが1本30円!手書きのレーベル付き

北の坂は、市内を東西に流れる(といっても水が流れているのを見たことはないが)仙川を窪みとして、その周辺に形成される。北大通りから仙川を渡り北に向かうと、そこに「台の坂」が現れる。坂の頂上が「台」と呼ばれていたことからこの名が付いたという(『新小金井風土記』より)。

 

K「今回初参加のYさんいかがですか、この坂」

Y「うーむ、確かに坂ですね」

K「微妙ですが坂です。あのブロック塀の下のラインをよーく見ればわかりますが、一番下のライン幅が左から右へ狭くなっているのが分かるかと」

↑台の坂。ゆるやかな坂の始まり。右(南)から左(北)に向かう上り坂
↑台の坂。ゆるやかな坂の始まり。右(南)から左(北)に向かう上り坂
↑さらに北へ進むとだんだん坂らしくなってきた
↑さらに北へ進むとだんだん坂らしくなってきた

F「歩いてみるとこの界隈は、ほとんど平坦な土地がないね。東西南北に波打つように微妙な坂が連続している」

K「北坂場は波型と」

T「この先にけっこういい坂があるんですよ」

 

生まれも育ちも小金井というTに先導されて、住宅街を分け入りずんずん進めばそこに忽然と墓場道の坂が現れた。

 
↑墓場道の坂
↑墓場道の坂

L (墓場道の坂ってなんだか不気味だね。ここを上りきったところに鴨下一族の墓があったからこの名がついたらしいよ)

K「その声は坂児のLeeくん。イヤホンガイド型テレパシーをいつもありがとう!」

↑こっちこっち。今回も坂児のLeeくんの先導のもとに坂を巡る
↑こっちこっち。今回も坂児のLeeくんの先導のもとに坂を巡る

 

●北坂場の悪口言ってすみませんでした!

F「さっき北坂場の悪口を言ってすみません。立派な坂が現れました」

K「このあたり細い路地が入り組んで、ハケのサボテン坂(第8回参照)のような風情をかもしています」

L (ドラマがないとか起伏に乏しいとか、行く前からいってちゃダメだよ)

F「………」

K「………」

 

↑こっちこっち
↑こっちこっち

墓場道の坂から路地を東に抜けると、聖ヨハネ会桜町病院に突き当たる。病院の脇の道は「大尽の坂」と呼ばれている。

 

H「案内板がありますねぇ。えーと、昔、この坂の西側、仙川の北に鴨下荘左衛門という人が、醤油醸造業を営んでいて、大変な富豪であった。近隣の人が醤油を求めるため通った道で、人々は、大尽の坂とか、玉荘(たましょう/醤油の銘柄)の坂と呼んでいた

F K「本日も読み上げご苦労さまです!」

↑大尽の坂から南を望む。資産家にちなんで大尽という名が付いた
↑大尽の坂から南を望む。資産家にちなんで大尽という名が付いた

大尽の坂を横切って桜町病院の敷地を東に抜けると、「陣屋道の坂」に出る。『新小金井風土記』には、<享保(1716-1736)の開発のころ、小金井村名主、関勘左衛門が陣屋に通った道>とある。

 

K「おや、ここも坂感にあふれてますね」

F「このあたりすり鉢状の地形なんだよね。自転車で通ると、下りで楽だと思ったらすぐに苦しい上りが待っている。なんか理不尽とというか納得いかない。どっちかにしてほしいよ、まったく」

K「なにいってるんですか。下ったら上るのは坂の基本ではないですか」

 

↑人生の上り坂と下り坂を同時に味わえる、陣屋道の坂
↑人生の上り坂と下り坂を同時に味わえる、陣屋道の坂

一行は陣屋道の坂を下って上って、坂児に導かれながら仙川を渡り「ごぜの坂」を目指す。

↑こっちこっち
↑こっちこっち

L (昔ね、この道で瞽女(ごぜ)が息絶えていたという言い伝えがあるんだって。瞽女というのは、盲目の旅芸人で三味線を弾きながら家々を門付けして歩いていた女の人のことだよ)

↑ごぜの坂(東西)。この坂はL字になっていて東西と南北に分けられている
↑ごぜの坂(東西)。この坂はL字になっていて東西と南北に分けられている

M「このあたりは袋坂(行き止まりの坂)もあったりして、けっこうバラエティに富んでますよ」

K「蛇行する仙川をボトムにして、加えて路地が入り組んでいるので、そこここに坂が現れます」

F「短時間でたくさんの坂を巡ることができるのが、北坂場の魅力かな」

K「やっぱ数こなさないとですね」

F「坂は数だよ。ノルマだよ。でなきゃいつまでたっても(連載が)終わらないよ」

Y (この人たちは………)

↑行き止まりの袋坂。このまま転がっていくと突きあたりの家にぶつかって止まる
↑行き止まりの袋坂。このまま転がっていくと突きあたりの家にぶつかって止まる

 

●坂は数だ!

「坂は数」と言い切るFが、この日6本目の坂を訪ねた。そこは、URの住宅を突っ切って小金井公園方面に伸びる「墓場山の坂」である。明治中期まで仙川北側に渋谷一族の墓地があったことからこの名が付いたという(『新小金井風土記』より)。

↑墓場山の坂。UR住宅を左右に見ながら緩やかな坂が南北に伸びる
↑墓場山の坂。UR住宅を左右に見ながら緩やかな坂が南北に伸びる

F「今日は充実してたな。野川の水源から北坂場までガンガン回ったね」

K (……野川の水源は先月でしたけどね)「でも、今回の北坂場は意外に面白かったですね。坂の顔がそれぞれ際立っているというか」

F「路地坂や袋坂があると、ぐっと生活感が出てさか~ という感じがするね」

K (さか~?)「最後に隊員の感想を聞いてみましょう」

 

Y「初めて参加しましたが面白かったです」

H「今回も面白かったです」

K「今回も面白かったです」

M「今回も面白かったです」

 

F 「君らかったるい中学生か!!」

 

L (はやくかえりたいです)

 

F K (………)

 

ということで、3回目の北坂場はこれにて終了。

●次号(2月更新) ディープな北坂場で路頭に迷う! に続く。

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(c)illust_Ueki
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※今回の坂の採点は、6坂もあってややこしいのでありません。


より大きな地図で 北坂場再び を表示

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

写真をクリックすると大きくなります
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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
PDFファイル 5.3 MB

こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

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 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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