ジャーナリスト・山本俊明の「眼」 第7回

フクシマの現場から

現代政治に求められる「想像力」

 今春、福島の農業を取材する機会があった。昨年12月、有機農法を推奨している友人から、福島で農民の自殺が相次ぎ、農がつぶれしまうかもしれないという「SOS」に似たメールを受け取ったのがきっかけだ。言われてみれば3.11以降、放射能の食物汚染によるわが子への内部被曝のリスクを避けようと産地選びに神経を使ってきた自分には、福島の農家が実際にどうなっているのかは、内容の乏しい報道や知人との会話で知るしか術がなかった。

◇フクシマのおっかさん

 東京圏では消費者、特に子育て世代は、食物選びに日々頭を悩ませ、小中学校なら年間の食事の6分の1に相当する学校給食の食材にも不安の目を向けている。お金に余裕があったり、親戚縁者がいたりする人は「西日本の食材」を取り寄せるなどの消費行動を取っている。表面上は消費者と、福島や北関東の農業生産者が、「対立」するかのような構図も生じている。

 

 取材すべきか決めかねていた自分の背中を押したのは、福島出身で子育て世代のA子さんの言葉だった。

 

 「この対立は元々あったものではないですよ。原子力発電によって作り出されたものであって、本来、福島の農業者と東京の消費者は(化学農薬や遺伝子組み換え作物を作らないことなどで)助け合ってきた関係でしょ。共に被害者なのです。悪いのは、国と東京電力でしょ。対立というのはおかしいよ」

 目からうろこである。本当に消費者と、農業生産者の関係が取り戻せる内容が自分に書けるのか。一部メディアのように最初からストーリーを決めて材料を嵌め込んでいく、似非ジャーナリズムの手法は当然のことながら通じない。一人の人間として、全くの手探りで取材を敢行した。

 

 

 

『世界』2012年7月号から
『世界』2012年7月号から

◇消費者も色々   

 

 具体的な取材の成果は月刊誌「世界」7月号に書いたので、時間があれば読んで頂きたい。ここでは小金井市民にとって考えるヒントになりそうな話を述べたい。

 

  東京圏で福島支援の販売イベントに参加した福島の農業生産者から見れば、3.11以降の関東圏の消費者の反応と言っても大きく分けて3つのグループがあるという。この区別ができないと、消費者との「対話」といっても話がまるでかみ合わないそうだ。

 

  一つは子育て世代の若いお母さん達。二番目は、放射能が怖いからとりあえず福島県産は避けておこうという人々で、データなどを示して説明すれば耳は貸してくれる。最後は、福島出身か東北出身者、または高齢者を中心にした層で、福島県産品の「支援買い」に積極的に応じてくれる人々。

 

  最初のグループは全体の約20~30%で、一番精密とされるゲルマニウム測定機で不検出だったというデータを示しても聞いてくれない。駄目なものは駄目と厳しい反応だ。

 

  二番目は、子育てが終わった世代や、子供のいない人たちのグループ。テレビや週刊誌でなんとなく得た情報を基に、根拠は良く分からないが、とりあえず危なそうだから産地を選ぶ。ただ検査機関のデータなどを示せば、「なんだ全然低いじゃないか」、逆に「まだこれだけ高いのか」など一応農家の話を聞いてくれる。感触では全体の50~60%と一番多いという。

 

  3番目は、首都圏での支援販売などに積極的に「安くておいしい」「自分はもう年寄りだから支援したい」という人たちが中心。約20~30%という。

 

 ◇子育て世代は悪くない  

 

 第1のグループに属すると思われる、子育て世代の層は、小金井市でも、放射能の学習活動や、学校給食の食材で市議会への陳情などをしている。筆者も、子育て世代なのでこの反応は「合理的」だと考える。ただフクシマを「切っている」という若干の後ろめたさを感じている人も正直いると思う。

 

  ところが、福島で農家を取材するとほぼすべてが、

「嫁は子供には福島県産は与えていない。スーパーで他県産を買っている」

「御爺さんの作ったものは食べてくれない」

「炊飯器は孫達と別々だったが、測定器で測ってようやく一緒の米が食えた」

「県外にいる大学生の息子達には当分福島に帰るなと言ってある」

「息子夫婦と孫を県外の嫁の実家に逃がしている」

「高松の知人から米や野菜を送ってもらっている」

 などと、ほとんど東京圏と変わらない反応だった。 

 

 福島の農家ではこうした事情を踏まえているのだろうか、東京の子育て世代の消費者の行動を非難する言葉はまったく聞かれなかった。子育て世代はどこも同じで、孫のことを思う祖父母の気持ちも当然ながら同じだ。心苦しさを感じていた筆者も正直ほっとした。


◇お弁当への冷たい視線  

 

 ただ違うのは、福島の学校給食だ。「地産地消」のスローガンで、食材は福島県産が中心なのだ。郡山市で小学生の母親のB子さんは「お弁当では子供がいじめられるので、仕方なく給食になってしまった」「牛乳は持たせているのですが、それもイジメで嫌がるようになって」と悩みを打ち明けてくれた。東京圏と比べてもかなり深刻な状況だと感じた。

 

  小金井市でも「不安ならお弁当にすれば良いのだよ」と真顔で言う保守政治家がいる。親切心で言っているようなのだが、実は子供の世界の「掟」を知らない無神経な発言ではないか。

 

  学校は画一的なルールの中で教育を受ける場であり、子供にとっては仲間の中で、自分だけが違う存在であることを強いられるのは、特殊な精神状況に置かれることを意味する。

 

  要するに他の生徒や、場合によっては教師からも「白い目で見られる」のだ。しかも福島では空中にもまだ強い放射線が飛び交う状況で、子供達は追い込まれている。そこで自分だけお弁当にしろというのはある意味でイジメの世界に追い込まれる「死刑宣告にも等しい」意味を持つことを想像すべきだ。お弁当をなぜ嫌がるのか、子どもの気持ちを想像して欲しいものだ。

 

  この母親によると、放射能について学習し、学校に意見を言うと、PTAや親の中でも浮き上がってしまうそうだ。一時、ご主人の会社の配慮で、仙台市への転勤・引っ越しも検討したというが、マンションのローン支払いなどもあり断念した。精神的にもボロボロの状態で1周年を迎えたという。

 

  本宮市の幹部から聞いた話では、給食の食材はすべて不検出のものを使っている。「一部の母親たちからは、産地を変えるように要求されることもある。これだけ色々な情報が流れて、意見を言う自由があるのだから母親たちを責められない」。給食を出す方も、出される方も不安と悩みが尽きない状況のようだ。

 

◇「支援買い」を超えて 

 

 3.11から1年以上経過すると、福島県産品の支援買いもだんだん先細りしだしているのが実情だ。

 

  そこで問題となるのが、第2グループの「とりあえず避けとこ派」と第3グループだ。福島の農家では今、セシウム低減策を必死になって追究している。ベラルーシの畑管理手法に似た対策を既に導入した稲作農家や、大学の研究者と一緒になって水田でのセシウムの汚染計測などが始まっている。都会の消費者が想像する以上に、福島の農家では先進的なセシウム対策の取り組みを行おうとしている。政府の決めた新規制値が100ベクレルだから、「それ以下なら消費者が買うのは当然」などと極端なことを主張する人は皆無だった。

 

  日本の農業経営者は高品質な農産品作りでは「世界一優秀」だ。消費者のゼロベクレルを求めるニーズに応えようと懸命に取り組んでいる(セシウム以外のストロンチウムやプルトニウムなどの核種については、政府が公表するしかない)。

 

 セシウム低減対策については、水田の徹底的な計測と、データ開示で、限りなくゼロに近づける努力が払われている。福島県農業総合センターではゲルマニウム検査機を10台設置しフル稼働で測定。コメは来春から、全袋検査が実施される予定で、状況はかなり改善されてくるはずだ。

 

  問題は、畑作中心のベラルーシ以上に、水田でのセシウム対策が難しいとされることだ。その要因の一つは、里山からでる水だ。里山は除染が困難なので、ここから流れてくる水をどうコントロールするのかは未解決なのだ。だからこそ毎年、水田一枚一枚の汚染状況を把握し、データを蓄積する必要が叫ばれているのだ。実質的に導入している例も紹介されている。


 第2、第3グループで、子育てが終わった50歳以上の世代は、「4ベクレル」(ドイツ放射線防護委員会の子どもの基準)を下回っているような農産品が福島から出てくれば、拒否するのではなく、とりあえずデータなどの話を聞いて、納得すれば自分で食べても良いのではないかというのが筆者の考えだ。

 

  ちなみに反原発の旗手である京都大学の小出裕章助教は、50歳以上の世代は放射線の感受性が低くなるので、低ベクレルの物なら食べても心配ない、むしろ50歳以上が食べようという主張をしていることは、知っておいて欲しい(「図解 原発のうそ」参照)。

 

 「それでも納得できない」という人に対しては、そっと見守る精神的なゆとりが欲しいものだ。

 

  ◇子どもが最優先のはず

 

  先日の小金井市議会厚生文教委員会で気になるやり取りがあった。市民団体「子どもと未来を守る小金井会議」(注)が中心となった『給食食材の安全・安心の確保を求める陳情』に関する質疑だ。

 

  自民党と公明党の与党議員から、陳情の第3項の「暫定的措置として、『摂取(量・頻度)の多い食材』は、できるかぎり汚染の少ない産地を選定してください。また『放射能汚染傾向が高い食材』は、使用を控えるかできるかぎり汚染の少ない産地を選定してください」という文言が問題だと指摘された。

 

  「風評被害を招くようなことがあってはならない」(自民)

 「私も出身が福島。子どもがもう居ないので食べている」(公明)

 「産地で区別ではなく、数値をはかることで内部被爆を阻止できるのではないか」(自民)など。


 要するに、国が100ベクレルの規制値を決めているのだから、産地を選ぶとなると福島や北関東の農家を排除することになってしまう恐れがあるので賛成できないということだろう。

 

  上述の消費者の3つの反応パターンを知った読者には、この論理はどこかおかしいと感じるのではないだろうか。福島の農業生産者は、若い母親たちの「産地を選ぶ」反応を責めていない。自分たちの家族と同じ反応だとみている。

 

  学校給食について意見は割れているが、「地産地消」ということでやむを得ず福島産を使っているのだ。

 

  まして東京の小金井市という共同体全体にとっても食材での「子どもの安全」が最優先なのは論を待たない。学校給食という自治体が関わる問題で、子どもの健康と、農業者の経済的利益を「同レベルの価値」と見なして天秤に掛ける論理は破綻しているのではないか。本会議でも他の自民党議員の反対意見は、賛成なのか反対なのか趣旨の方向性がわかりにくい矛盾した陳述で、正直緊張感に乏しいものだった。

 

  むしろ「国と東電にすべての農産品を買い上げさせろ」という日本共産党の主張の方が、財政面の制約や農家の労働意欲(食べてもらえない物を作り続ける)という面での実現可能性はともかく、論理としては筋が通っている気がした。

 

  もし福島の農家を支援したい経済的理由があるなら、自治体として第2、第3のグループへの支援買いの働きかけを行うことで、福島や北関東の農業生産者の理解を得ることは十分できるのではないか。

 

  既にJAなどと協力して武蔵小金井駅前で販売促進会のやっているのだから、それらの取り組みを継続することを表明すべきだ。

 

  消費者をすべて一括りにして考えるから、結論がおかしくなってしまう。保守系政治家が主張するように福島・東北との「絆」を大事にするなら、汚染が存在するという厳しい現状を踏まえ、細い糸をたぐり寄せるような緻密な論理構成と根気強さが必要ではないか。保守政治家としてもっと「知恵」を絞るべきだ。

 

  例えば、学校給食では産地を選ぶこともある、しかし同時に「小金井市として、福島や北関東の農産品の販売支援を継続的に行う」ことを付帯決議などで明示するなどの方法で福島や北関東の農業関係者の理解を得る道はなかっただろうか。

 

  資本主義なのだから消費者のニーズに応えようという「競争原理」が農業生産者の間に働いても何ら不都合はない。実際に福島では先進的な農家は500万円もするような高額の計測器を購入して消費者の要求に応えようとしている。

 

  国が安全だと決めたのだから100ベクレルでも食えというのは福島でも通用しない官頼みの破綻した論理だ(農水省は流通業者に対して自主基準を遠慮しろという通達を出したが、消費者と農業生産者の現実を見ない後手の対応だ)。

 

  6月25日の市議会本会議では、みどり・市民ネットの5人と、日本共産党の4人、民主・社民クラブの4人の計13人が賛成。自民党4人、公明党4人、改革連合1人の9人が反対し、賛成多数で可決された(議長は採決に加わらず)。全会一致ではなかったことは非常に残念だ。

 

◇血の涙 

 

 1945年8月9日、米軍が長崎市に投下した原子爆弾によって約15万人の人々が亡くなった。浦上天主堂ではイタリアから贈られた美しい無原罪のマリア像も被曝した。木製のマリア像は頭部のみが奇跡的に廃墟後から見つかり、現在も「原爆のマリア像」として、核兵器の恐ろしさを世界中に伝えている。

 

 先日、知人の画家に言われ気付いたことがあった。写真で見るマリア像は目が空洞になり無残な姿なのだが、画家が言うには「目に嵌め込んでいた水晶が原爆の熱で溶け真っ赤な涙となって白い頬を流れたんじゃないでしょうか」。

 

  画家という人種は絵の構成物を一つ一つ丹念に描く。この画家の心の眼には、原爆炸裂の熱線が襲ったその瞬間に起きたであろう「リアルな映像」が見えたようだ。私には、その瞬間のマリアのリアルな姿が想像出来ていなかったことがショックだった。

 

  核の時代を生きる政治家の資質には、目に見えないと放射能汚染による健康リスクという「リアルな現実」を見抜く想像力と、リスクをどう軽減させるのかという構想力が不可欠なのではないか。

 

  陳情を初めて取り上げた6月13日の小金井市議会厚生文教委員会には、生まれて半月足らずの赤ちゃんを連れて傍聴に駆けつけたお母さんも見受けた。何としても子どもを守りたいという「マリア」にも似た真剣なまなざしだった。

 

  現代を生きる政治家にとっては、フクシマの「現実」を見つめ、保護者と幼い子どもたちを泣かせない政策を練ることが最優先課題であることは言うまでもないと思われる。(了) 

 

注:同会議は、小金井市在住の子育て世代を中心に保護者ら100人以上で構成する市民団体。放射線について専門家を招いて学習会を行ったり、学校給食の食材について地道なデータ収集を行ったり、学校に提言を行うなど活発な活動をしている。「こがねいコンパス」でも、代表の山内淳次さんが「小金井の人たち」第一回でインタビューに応じているのでご覧下さい。 

◇著者プロフィール
山本俊明(やまもと・としあき)

小金井市在住のジャーナリスト。記者歴30年、ニューヨーク特派員などを歴任、国際問題から地方自治まで幅広い分野を扱う。「一市民」として本コラム陣に参加。

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

写真をクリックすると大きくなります
写真をクリックすると大きくなります
全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
Adobe Acrobat ドキュメント 5.3 MB

こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから

小金井市のイベント情報は、小金井市地域情報サイトのさきナビでも見ることができます。バナーをクリックしてください。

 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

こちらから

メルマガ登録をどうぞ!

「こがねいコンパス」からのメルマガをご希望の方は以下にメールアドレスをご入力ください。新しい「市政フラッシュ」の掲載や、次号の主な内容などについてご連絡します。

コンパスは「羅針盤」です!

 

 『こがねいコンパス』は、小金井市政や小金井の人たちが関心をもつテーマを分かりやすくお伝えするインターネット新聞です。市民団体「こがねいコンパス編集部」が発刊しています。

 

 『コンパス』は、羅針盤を意味します。辞書によれば原義は「ともに歩くこと」です。市民が市政をより深く理解するための一助となり、よりよい小金井市政のあり方を考えるときの羅針盤でありたい。市民のみなさんと一緒に歩んでいきたい。そんな思いを込めています。

 

 

 ご連絡は koganeicompass@gmail.com まで。