ジャーナリスト・山本俊明の『眼』   第6回

給食調理の民間委託を考えるために

今、現場で何が起きているのか

 「子どもたちが見えなくなってしまう。行政はコスト削減を言い、校長は教育委員会にしたがい、組合員は異動先に心が揺れている」-ー。

 小金井市の学校給食調理の民間委託問題の取材で、学校の給食調理現場で長く働いてきた関係者の口から、委託問題をめぐる議論の現状についてこんな言葉が飛び出した。長年の経験に裏打ちされた言葉は重い。前回に続き学校給食問題を取り上げたい。給食をめぐる「労働過程」の取材から見えてきたのは、直営か民営化という実態を見ない「神学論争」では解決のつかない、現場の重みだった。

 給食の現場で働いてきたり、現場のことを調べてきたりした複数の関係者らから取材した。直営、民間委託の現場で今、何が起きているのか。率直に伝える「言葉」をまずはご紹介したい。

 

◇直営の現場では

 「それぞれの学校で市職員の栄養士が献立を作り、素材を注文します。正職員の調理員と協力しながら何度も途中で味見をしたり、揚げ物、焼き物の温度を指示したりしながら『一緒に』料理を作っていきます。揚げ物などで食材を入れる温度・タイミングを間違うと、指示した料理とは違う物ができてしまう。まさに『真剣勝負の世界』です」

 

 「市職員や非常勤の調理員さんも一人前になるには4~5年かかります。全体が見渡せるチーフになるには10年ほどかかるでしょう。大きな回転釜で大量調理をするのは技術と体力が要求されます」

 

 「お昼の時間までに作らないといけないので、忙しいときは『戦争状態』のようになり、怒号が飛び交うこともあります。チームプレーで一体となって作業する必要があるので、直営だって人間関係が悪いと大変なことになります。時間が守れなかったことだって起きます。校長の管理は必要です」

 

「日本一おいしい給食」を目指す足立区の給食調理現場(足立区のHPから)
「日本一おいしい給食」を目指す足立区の給食調理現場(足立区のHPから)

◇民間委託の現場では

 「民間委託業者だと、栄養士さんは『仕様書』で発注。法律上は、そこから完成品までは栄養士さんは手出し・口出しは原則的にはできません。温度の加減が指示できずに、ふっくら焼けていないケーキができても仕方がないということになります。実例があります。途中で口出しするのは、『偽装請負』にあたり法律違反となるからです。問題があっても栄養士は、チーフを通してしか指示ができない。調理員が間違った調理作業をしていても『何やっているの』とは言えないのです」

 

 「業者によっては、栄養士さんと調理員のチーフで、中間過程で味見をしたり、問題を出し合ったり、指定し合ったりする努力が密かに行われています。法律上はいけないのですが、それ以外に方法がない。現場の人間しか分からない『矛盾』ですね」

 

 「民間委託では『人のリスク』が大きいです。人がどんどん変わってしまいます。2007年の腸管出血性大腸菌O(オー)157事件以降、衛生管理が一段と厳しくなり、点検事項や作業ごとに手袋や前掛けをとり変えなくてはいけないなど作業量が大幅に増えました。民間では指にけがの多いといった不注意な人は、食中毒が怖いからすぐに辞めさせられます」

 

 「これを民間業者が『作業評価が厳しい』からだと肯定的に受け止めることもできますが、半面、人がころころ変わってしまってはチーフも困ることになるのです。また自治体で給食民間委託が増えており、『人手不足』『人材不足』なので、サブチーフは3年ぐらいですぐに別の学校に行かされ促成チーフになります。10年なんて待てないのですね」(筆者注:後述のワーキングプア問題が関連する)

 

 「民間委託となれば、生徒に見せるために張り出す調理員さんの顔写真もなくなり、生徒や教員には、誰が作っているのか分からなくなっています。

 給食は限られた時間内に何百食分も作るのですから体力勝負。チームワ-クで仕事をするので、人がどんどん変わるようでは味付けも一定にはなりません。だしから作るという、手作りも徐々に省いてしまう傾向になるのです」

 

「『責任のリスク』もあります。直営現場では、正職員の調理員さんは公務員ですから、栄養士さんとは『上下関係』にはありません。例えば、学校を出たての『トツゼン先生』ならぬ『トツゼン栄養士』が赴任しても、ベテランの調理員さんたちに助けられ、鍛えられながら現場で育ててもらうことができます。新米医師が親世代の看護師長さんに怒られながら成長していくのと似ています。特に小金井では、ベテラン栄養士の下で鍛える伝統がありますが、こうした伝統もいつまで続くかわかりません」

 

 「市職員の調理員さんの間にも上限関係はありません。主任は置かれているが、先輩後輩関係以上のものではないので、意見を言いやすい雰囲気があります。

 これが民間委託だと、『雇う側』(栄養士)と、『雇われる側』(調理員)で利害が衝突することがあっても、民間業者が、公務員の栄養士さんに『意見』を言うことはなかなか難しくなります。栄養士とチームの人間関係が悪くなれば、作業途中で味見をすることさえできなくなるかもしれません。そうなると給食は一体どうなるのでしょうか」

 

 「小金井の学校給食の『味の伝統』を継承するということは、言葉で言うほど簡単ではありません。特に味覚という『主観的』なものを数値化するのは、非常に困難ですから。市当局者は機会あるごとに『民間委託しても、栄養士は変わらず、調理だけの委託ですから、質は落とさない』と言いますが、本当にその保証はあるのでしょうか。疑問なしとしません」

 

(同上)
(同上)

◇ワーキングプア問題も

 「直営なら調理員さんを育てながら継承させることが可能でした。人材を大事にする『良心的な』民間業者やチーフだと、直営に負けないものもできるそうですが、資源の制約の大きい利益追求が最優先の民間企業で、人材を手間暇かけて大事に育て、待遇も良くすることなどは、条件がそろわないとなかなか難しいと思われます」

 「民間業者の雇用形態は、正社員だけでなく、非常勤、パート、アルバイトと複雑化しています。正社員でも長時間・低賃金労働という『ワーキングプア』問題があります。まして最低賃金で働かされるパートは使い捨てでは、仕事に対するモチベーションが低くなりがちです。広島市の市電では、契約社員の事故件数が急増し、あわてて正社員化した事例も報告されています。学校給食の民間委託にも、非正規労働問題と『ワーキングプア』の問題が複雑に絡んでくることを忘れてはならないと思います」

 

◇先進国共通の病

 さて、ここで少しだけ関係者の話から脱線するがお許し願いたい。民営化が進んでいる英国の話を述べたい。

 

 英紙「ガーディアン」の女性記者、ポーリー・トインビーが、ワーキングプアの現場に潜入取材を試みた「ハードワーク 低賃金で働くということ」(2005年、東洋経済新報社)には、「給食のおばさん-いつも笑顔を絶やさずに」というルポルタージュがある。

敏腕記者が「給食のおばさん」になったわけだ。少し長いが、非常にビビッドに現場を描写、問題の本質を記述しているので紹介する。彼女は、調理はしないのだが、給食の配膳と清掃作業をさせられた。

 

 「(残業が認められない職場では)重い物を急いで運ぶことも含めて、猛スピードで働かねばならない。黄色い容器がどのくらい重いか正確には知らないが、ひとつにつき料理が半分残った大きな平鍋が3つ入っていて-女性が運ぶ法定限度―16キロ-は軽く超えていたに違いない。背の高いワゴンから持ち上げ、高いカウンターに載せ、蓋を開けて平鍋を取り出すのは、若い男性にとってさえ腰の痛くなる作業だった。作業が時間内に終わったのは、ひとえに(先輩の)ウィルマの『なにがなんでも終わらせる』という強い意志のたまものだ。給食のおばさんをテーマにした例のテレビドラマには、こんな場面はおよそ登場しなかった。大きなレストランやホテルの厨房ならいざ知らず、小学校のキッチンでこんな重労働が行われているとは、想像もしなかった。ママたちの小遣い稼ぎとはほど遠い」

 

 「これほどの大量の作業を3時間でやれというのが、そもそも無理な話だ。せめてあと2時間あれば、人間らしいペースで働けるのだが。国は公共サービスの補助的作業を民間に委託して『効率』を買ったつもりかもしれないが、実態はこのとおりだ。国としてはこんなひどい労働条件を押しつけるわけにはいかないが、民間企業なら大目に見られる。給食助手の入れ替わりが激しいのも当然だろう」

 

 あくまで英国の2003年時点のルポなのだが、日本人、とりわけパート労働に従事した経験のある中高年女性なら、このルポが「真実」を含んでいることが分かるのではないか。

 

 給食調理の現場は、想像以上にハードワークなのだ。「ニッケル・アンド・ダイム アメリカ下流社会の現実」という女性記者バーバラ・エーレンライクによる米国のワーキングプアの潜入ルポでも似たようなケースが報告されている。同様の事態が日米英という先進国で共通して起こっているのだ。

 

(同上)
(同上)

◇民間委託をうまく機能させるには何が必要?

 もう一度、給食現場に詳しい関係者の話に戻ろう。もし民間委託をどうしても導入せざるをえないならば、うまく機能するために何が必要なのか?

 以下は、この質問に対する回答だ。

 

 


 

 「学校校長の力量と意識が重要です。校長が調理員や栄養士を児童らにきちんと『この人たちが給食を作って下さっているのだよ』と全校生徒の前で紹介したり、挨拶したりするようになると、子どもと給食労働者の関係ができます」

 

 「異動の時には花束を子どもから渡され感激したこともあったでしょう。子どもとの接触で、給食便りや声掛けにも力が入ります。直営だと、食べ残しがでたら生徒から『どうして』と直接聞けるでしょう」

 

 「校長によっては、民間委託だとすべてお任せになり、自分の仕事が減るので歓迎という人もいるそうです。一番問題なのは、学内に『学校給食協議会』(校長や栄養士、調理員、PTAなどで構成)みたいな組織があるはずなのですが、それが機能していないことではないでしょうか。PTAの保護者や子どもから意見が上がってくれば、それを教育委員会などに上げて改善してもらう。その仕組みがほとんど機能していないので、生徒らの声が反映されにくいのです」

 

 「PTAでも各クラス単位では『子どもが、給食がうまいとかまずいとか言っている』という話が出るけれども、全体になるとシーンとなってしまう。本音が出てきません。協議会が活発に動けば、民間委託でも問題は少なくなっていくにちがいありません。でも機能していないと問題点も解決しません。学校長の姿勢・責任は大きいと思います」

 

◇労働過程の分断

 こうした実態を踏まえた上で、図式的に整理してみよう。学校給食を、「①献立・素材選択-②調理-③食べる子どもたち」の関係性=「労働過程」としてとらえてみたい。この労働過程がスムーズに流れて初めて「教育としての給食」がうまく回るのではないかと思うからだ。

 

 調理部分で民間委託を導入すると、②には、教育(食育)とは異質な組織体(の論理)が入ってしまう。

そして①と②の関係では、公務員同士ではなく(直営でも非正規職員も存在するが)、雇う側と雇われる側の分断も出来る。必ずチーフや書類を介さないと指示ができない。「壁が入ってしまう」関係になる。

 

 さらに②内部の人間関係でも、正社員(タイプは期限付き社員など多様)、契約社員、派遣社員、パート、アルバイトと重層的な利害関係が存在することになる。

 直営で運営されている栄養士、調理員(と調理員同士)では、ある程度均一な労働者同士の「連携プレー」がある。しかし民間委託では指揮命令系統が全く違うので、良いモノを作ろうとすると複雑になる。民間でも正社員が中心で作業が行なわれれば良いのだが、上述したようにワーキングプア問題でどんどん人が変わってしまうと問題はさらに複雑になる。

 ここに直営と民間委託の間で、味の伝統を切ってしまいかねない「決定的な違い(指揮命令系統の質の違い)」が潜んでいるようだ。

 そして肝心のユーザーである子どもたちとの関係性①②③は、校長や会社が気に掛けない限り、調理員の顔さえ分からない、いつ辞めたのかさえ分からない。無関係・無関心で切れてしまうという関係になる。

 

 民間委託を選択するということは、「愛情に基づく教育的配慮のある循環」が、「利害関係に基づく関係」に置き換わる恐れがあるということだ。

 民間委託を頭から否定しないベテラン関係者も「いま、この作業をしなくてはいけないのに(民間調理員に直接)指示ができないため、真黒な揚げ物ができてしまうこともある」と証言する。

 民間委託が入ることが、すべてだめだというのでない。民間業者でもベテランのチーフがいる職場では、的確な指示が出されている現場もあるといいう。ここまで来れば、それは労働過程内部の矛盾の程度が何らかの理由で低いか、正社員などが多い職場という推測はできるだろう。

 

足立区の「おいしい給食」の概略図(足立区のHPから)
足立区の「おいしい給食」の概略図(足立区のHPから)

◇民間委託の方が大変

 平均的な民間委託の水準を前提にするのであれば、「仕様書」や「作業手順」できちんと約束させることなどは、直営と比べて何倍ものチェックと、学校長の介入や、保護者の監視努力が求められるものになるだろう。

 民間委託で確かにお金は節約できるかもしれないが、その代償としては目には見えにくいが「社会的コスト」が掛るリスクがあるという覚悟が必要だ。行政が言うように「調理だけ委託するので心配要りません」とは、現場の実態を聞く限りそんな簡単なものではない。これが筆者の結論と言わざるをえない。

 

 前回のコラムでは行政の「丸投げ」批判をしたが、実態から見えてくるのは、民間委託となれば学校(校長)や保護者に「丸投げ」を許さない不断の努力が、直営以上に要求されると言うことではないか。直営と民間委託の実態を踏まえた上で、武蔵野市のような「第3の道」を含め、どうすれば「子どもたちが一番」の学校給食の態勢になるのか。

 

 これは行政サービスの「質の向上」や「担い手」の問題とも広くつながっている。小中学校に通う子どもたちを持たない市民の皆さんとも、ぜひ一緒に知恵を絞ってみたいと願っている。(了)

 

参考文献:

「学校給食」岩波ブックレットNO751 牧下圭貴

(筆者から:教科書的に問題を網羅していて大変参考になります。)

 

◇著者プロフィール
山本俊明(やまもと・としあき) 小金井市在住のジャーナリスト。記者歴30年、ニューヨーク特派員などを歴任、国際問題から地方自治まで幅広い分野を扱う。「一市民」として本コラム陣に参加。

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

写真をクリックすると大きくなります
写真をクリックすると大きくなります
全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
PDFファイル 5.3 MB

こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから

小金井市のイベント情報は、小金井市地域情報サイトのさきナビでも見ることができます。バナーをクリックしてください。

 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

こちらから

メルマガ登録をどうぞ!

「こがねいコンパス」からのメルマガをご希望の方は以下にメールアドレスをご入力ください。新しい「市政フラッシュ」の掲載や、次号の主な内容などについてご連絡します。

コンパスは「羅針盤」です!

 

 『こがねいコンパス』は、小金井市政や小金井の人たちが関心をもつテーマを分かりやすくお伝えするインターネット新聞です。市民団体「こがねいコンパス編集部」が発刊しています。

 

 『コンパス』は、羅針盤を意味します。辞書によれば原義は「ともに歩くこと」です。市民が市政をより深く理解するための一助となり、よりよい小金井市政のあり方を考えるときの羅針盤でありたい。市民のみなさんと一緒に歩んでいきたい。そんな思いを込めています。

 

 

 ご連絡は koganeicompass@gmail.com まで。