ジャーナリスト山本俊明の「眼」   第4回

原子力国家と市民を考える

シェーナウからの風を感じながら

 

 日本政府・電力会社は、「フクシマ」などもう忘れ去ったかのように、関西電力・大飯原発の再稼働に向けてひた走っている。経済的利益を最優先するその姿勢に、狂気さえ感じるのは筆者だけだろうか。それに引き換えドイツは、原発に慎重ながらも「容認派」だった保守派のメルケル首相が、3.11以後、がらりと態度を変えて脱原発を「国是」とした。したたかな政治家の変わり身の早さと言えばそれまでだが、その背景には原発を巡る「40年戦争」で市民・自治体が果たした膨大な脱原発運動があったという。

 

 

 最終決定権者は市民 

 先日、「シェーナウの想い」という映画の上映会が小金井市で開かれた。

 

 南ドイツのシェーナウという町(人口約2500人)では、1986年のチェルノブイリ事故によって、1000キロも離れた黒い森(Schwarzwald)に放射能が降り注いだ。原子力発電の問題に目覚めた主婦らが何かできないかと節電運動をスタートさせ、地域独占電力会社KWRと闘いながら、自前の送電会社を設立・運営、エネルギー政策を転換させていくまでの道のりを記録したドキュメンタリーだ。肩ひじ張らずに観賞できるので、まだの方は是非観て頂きたい。

 

 自治や市民運動にも連動する話なので、ドイツの環境運動に詳しい弁護士の千葉恒久さんの話(国分寺市での4月14日の講演会)や入手できた文献などに基づいて背景を紹介しつつ、その投げ掛ける問題を考えてみたい。

 

 短時間の映画だと、とんとん拍子に事が運んだかのように見えてしまうが、千葉さんによると、「実現には3つの高いハードル」を越えなければならなかったそうだ。

 

 一つは政治。知り合いの特派員経験者に聞くと、ドイツ南部は非常に保守地盤が強固だという。特にシェーナウのあるバーデン・ビュルテンブルク州はメルケル首相が率いる中道右派・キリスト教民主同盟の強固な地盤で、1953年以来、同党が州首相を輩出してきた保守王国だ。

 ただ、同州では自治体議会が議決した案件でも、有権者の15%が希望すれば、住民投票を行い、無効とすることができるという制度があり、シェーナウの住民らはこれを利用して、KWRと町とが結んだ新たな電力供給契約を破棄させた。

 第3回の本欄でも取り上げたが、地方議会の議決と言うのは代議制を前提にした2次的価値があるに過ぎない。ドイツでは地域によって違いはあるそうだが、最終決定権はあくまで市民にあるという原則が貫かれている。シェーナウの人々はそれを当然の権利として行使したのだ。これぞ民主主義である。

 

 二番目はカネ。会社設立とKWRからの送電網買い取りには400万マルク(約4億円相当)が必要だったという。そこで登場するのが環境保護や福祉、教育などに投資することを目的に設立されたGLSという金融機関。通常銀行が貸さないプロジェクトに融資してくれる有難い機関とか。シェーナウの住民らはGLSに協力してもらい基金(ファンド)を作り、さらに全国の市民から出資・募金を呼び掛け実現させた。GLSの存在は非常に大きい。東京都の「石原銀行」とは雲泥の差である。北海道にも同様の金融機関が出来ていると聞いた。

 

 最後に技術。住民らは電力には全くの素人。電力会社のOBなどにも声を掛けるが尻込みして引き受け手がない。ようやく北ドイツでエンジニアを見つけてきて、技術問題をクリアしたそうだ。

 

 やはり何事も、パイオニアは苦労するものだ。だがシェーナウの住民は、節電コンテストや、賞品をイタリア旅行とするなど、楽しみながらの運動を繰り広げ、支持を集めて行った。イデオロギー闘争になりがちな体制批判運動を、手作りの運動で伸び伸びとしなやかなものにする、この辺が成功の秘訣ではないかと推測する。

 

 もうひとつ客観的条件として、1998年の欧州連合(EU)自由化政策がシェーナウの住民に追い風となったようだ。EU全域で誰でも発電可能で、第3者が送電できるようになった。かつてはドイツでも大手電力(8社→現在は4社)や地域電力(約60社)による「エネルギーの地域独占供給体制」があったが、地域や国を超えての自由化が採用されたことで独占体制に風穴が開いた。

 

 余談だが、筆者は石油ショックの際に考えたことがある。金融とエネルギー(電力・原子力・石油)は人体にたとえて言うと経済社会にとって「血液と栄養素」であり、欠くことができない2大公共分野だ。その経済権力が、肥大化しないようにすることは民主制にとって大きな意味を持つ、と。(金融についてはリーマンショックなどを別の機会に述べたい)。

 

 千葉さんは、ドイツでは連邦政府・州政府とコンツェルン(財閥)の抵抗が強固で、簡単に事が運んだ訳ではないと指摘する。また在独ジャーナリスト(元NHK)の熊谷徹氏によると、「反原発派は、西ドイツ政府を電力会社という巨大資本と結託した『原子力国家(Atomstaat)』とまで呼んだ」という。

 

 ドイツでは1970年代の同州のヴィール原発建設計画への反対運動から、緑の党結成へと連綿と続く「40年戦争」があった。シェーナウは「もうひとつの反原発のシンボルだった。それこそ全国市民挙げての闘い」(千葉氏)であり、それこそ「全国市民の善意でつながれていた」という。

 

 自治体・市民運動の分厚い支えが基盤 

 現在、ドイツではシェーナウだけでなく、再生可能エネルギー促進法によって、自治体が民営化で売却した発電・送電網を買い戻し、自ら事業者となるケースも出ているそうだ。小さな自治体でも自然エネルギーの使った「エコ・エネルギー村」がシェーナウの近くでもどんどん育っている。

 

 小さな町村のことと思っていたら、ミュンヘン(人口130万人)のような大都市でも、「2015年には再生可能エネルギーによって80万世帯の家庭用電力を賄う」という野心的な取り組みが始まった。ハンブルク(人口175万人)でも住民運動に押され、電力施設の買い戻しに動いているそうだ。

 

 こうした広範な草の根の市民運動、自治体の動きがあればこそ、フクシマ事故後、メルケル首相は「転向」せざるを得なかったのだろう。

 

 これは単純に原発か脱原発かという政策選択の問題だけではなく、重要なエネルギー政策を連邦・州政府や巨大コンツェルンが密室で決めていた仕組みを、自治体や市民の手に取り戻し、分権的な市民がコントロール出来るものに取り戻すことを目指した壮大な社会運動だ。シェーナウを全体の運動から切り離して考えてはならないと思う。

 

 翻って日本をみれば、東京電力は巨大会社として、政治資金を通じての政界・政治家と癒着し、官界とは天下りの受け入れで旧通産省(経済産業省)の幹部人事までコントロールしていたという(「東電帝国 その失敗の本質」志村嘉一郎)。

 

 大半の市民の知らぬ間に、政官業の「鉄のトライアングル」の頂点に東電帝国が君臨していたのだ。そして東電は「9電力体制(9ブラザーズ)」の長兄という位置づけになる。経済利益優先で、原発の安全性は二の次でしかなかったことが、現在の惨状を招いたのだ。まだ福島第一原発は毎日、放射性物質を出し続けていることを忘れてはならない。

 

 「次男坊」である関西電力の大飯原発の再稼働をめぐって、大阪府だけでなく、京都府・滋賀県など地方政府が、中央政府に事実上の「待った」を掛けているのも、シェーナウとドイツの歴史を知ると、民主制と電力(という巨大経済権力)とのせめぎ合いという文脈でとらえ返すことが出来ないだろうか。

 

 バーデン・ビュルテンブルク州では3.11後に行われた州議会選挙で、第2党となった90年連合・緑の党と第3党の社会民主党が、連立政権の樹立で合意。5月に緑の党のウィンフリート・クレッチュマン氏が首相に選出された。反原発を党是とする同党から州レベルで首長が選ばれたのは初の快挙だった。

 

 シェーナウからの風は、史上最悪の原発事故に苦しむ日本の一市民にとって爽やかさを感じさせるに十分だった。(了)

 

◇参考にした文献など◇

*小金井市内では4月1日、公民館本館で上映会(主催:One's Eyes Film /協力:市民交流スペース『カエルハウス』)があった。上映会では現地に行かれた田口信子さんによる報告『市民がもたらしたドイツの脱原発』もあり、有益だった。

*千葉恒久弁護士の講演

*「なぜメルケルは『転向』したのか」熊谷徹

*「東電帝国 その失敗の本質」志村嘉一郎

*「市民が主役の再生可能エネルギー普及-シェーナウEWS とフライアムト村」遠州 尋美

*自然エネルギー推進市民フォーラムhttp://repp.jp/component/option,com_frontpage/Itemid,1/

◇著者プロフィール
山本俊明(やまもと・としあき) 小金井市在住のジャーナリスト。記者歴30年、ニューヨーク特派員などを歴任、国際問題から地方自治まで幅広い分野を扱う。「一市民」として本コラム陣に参加。

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

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