ジャーナリスト山本俊明の「眼」    第22回

新聞が死んだ日   慰安婦報道問題を考える



 「朝日新聞の社長は国連前で切腹しろ」

 

 朝日新聞が8月5日に「慰安婦」報道の一部を取り消して以来、同社と慰安婦問題を報じた元記者らへの攻撃が猖獗(ショウケツ=猛威)を極めている。


 とうとう10月15日には右翼系メディア「チャンネル桜」の水島氏らの呼び掛けで、「朝日新聞を糺す国民会議」なる集会が砂防会館で開かれたそうだ。(注1)


 集会では議長として上智大学の渡部昇一名誉教授が登壇し、冒頭の演説をぶった。渡部氏は保守系の論客としてこれまでその説には部分的には傾聴すべき点もあると思っていたのだが、「『南京事件』も朝日のH記者でっち上げ」などと言われると、正直がっかりさせられた。

 

 ◇昭和の苦い歴史


 朝日の報道姿勢を問題視するその他の勢力と違い、「国民会議」が見過ごせない点は、朝日新聞の組織的な不売運動・広告不掲載運動を呼び掛けている点だ。


 日本には苦い歴史がある。1933年(昭和8年)関東一円で行われた防空演習を反権力のジャーナリスト、桐生悠々・信濃毎日新聞主筆が、敵機の空襲があれば日本は木造家屋が多いので東京は焦土に化すとして「関東防空演習を嗤(わら)う」と題する社説を書いた。


 第1次世界大戦の経験を踏まえれば当然の客観的な主張である。しかし、これに軍部とその意向を受けた勢力が反発した。


 長野県の在郷軍人会(軍人OBらで構成)が、信濃毎日新聞不売運動を仕掛けた。当時、販売部数が数万分しかなかった信濃毎日は、圧力に屈し、反骨ジャーナリスト桐生は退社を余儀なくされた。


 まだ戦時中ではなかったが、大恐慌後の混乱の中、ファシズム運動が世界中で吹き荒れた時代だった。


 「権力の番犬」というジャーナリズムの第一義的な機能が戦前、消え去る前触れだったのかもしれない。


 販売や広告を活動の資金源としているジャーナリズムにとって、不売運動やスポンサーへの圧力は、ボディーブローのように打撃を与える恐れがある。


 ◇「慰安婦」考

 

 では偉そうにモノを書いているお前は、「慰安婦問題」をどう考えるのかと言われそうなので、自説をここにまとめたい。(良心的と評されるジャーナリストはほとんど沈黙しているが)。


 8月5日の朝日新聞の紙面を観て、①吉田清司の韓国人女性の慰安婦にさせるための狩りだしが虚言によることは、1990年代半ばに研究者にははっきりしていたので、記事取り消しは遅すぎた②結果的に近年の韓国の市民団体による「反日運動」に加担してしまった-ことへの反省と謝罪が足りないと感じた。このことは個人的に朝日OBにも伝えた。


 筆者の見解は、▽韓国、台湾など日本の旧植民地では、日本とほぼ同様の「公娼システムが存在したことが問題理解を複雑にしている▽それ以外の戦争が行なわれたアジア太平洋地区では、人道上許されない無視できないケースがあった▽地域や、「楼主」(売春宿の経営者)の人柄、旧日本軍の指揮官らによって「慰安婦」の待遇にばらつきがある-というものだ。


 焦点はいわゆる「強制連行」問題だ。「なかった派」は、吉田清司証言がウソだったのだから、「慰安婦」は当時あった公娼制度の延長であり、韓国や日本の一部市民運動が主張するような虐待はなく、「慰安婦問題」そのものが虚構だというものだ。

 

 本コラム第13回「『新しい国へ』に横たわる歴史観 アベポリティクスを考える」でも述べたが、第2次世界大戦当時、インドネシアでオランダ人女性を強制的に慰安婦にしたことは紛れもない事実だ。

 

 「なかった派」は、一部の軍人の個人的な行為だったと言うが、その主張には無理がある。何十人もの白人女性をそれも将校専用の慰安婦にしていたことは「歪んだ人種的優越感(あるいは劣等感)」が反映した組織的な犯罪行為だったのではないか。

 

 この件について日本軍の関係者は、「B・C級」戦犯として処分を受けており、責任はすでに問われている。

 

 問題は朝鮮人女性に対する人権侵害だ。「性奴隷派」は、旧日本軍全体の組織的犯罪であり、最終的には天皇にも責任があるという。(注2)


 「性奴隷派」は、アフリカ系黒人を奴隷売買したかのような強制連行があったかなかったかは問題(WHY=なぜ慰安婦となったのか)ではなく、慰安所で奴隷のような状況下に置かれた事が問題(HOW=どのように扱われたのか)と主張する。


 筆者はそうは考えない。なぜなら「慰安婦問題」が日韓両国で先鋭に取り上げられるのも、無理やり売春婦に堕しめられた(あるいは堕しめた)という、「民族の倫理」に関わることが、問題全体に突き刺さっているからだ。

 

 WHYがなくして、HOWは生じえない。この点は公平に理解するべきだろう。


 今の価値観からみると「公娼制度」は倫理に著しく反するものだ。しかし戦後まで日本では存在した(当然、朝鮮半島でも存在)ものであり、世界中で存在した。

 

よく知られるように日本では、貧しい農家の娘が貧困のため、あるいは親の借財の ために、遊郭に売られて行った。現代文学でも水上勉の「五番町夕霧楼」などが有名だ。また民俗史の竹内智恵子が発掘した「昭和遊女考」は、近現代の廓社会の売春婦たちの肉声を伝えている。


 公娼制度が「必要悪」として認められていた社会では、自分で身を堕としたか、あるいは親兄弟のために売られたか、それとも強制的に連行され、意に反してレイプされ続けるたかの違いは、深刻だ。


 秦郁彦氏の「慰安婦と戦場の性」(新潮選書)は、植民地時代の韓国、台湾での売春婦のリクルートについて詳しく論じている。韓国の一部市民団体や、1990年代の朝日新聞の一部記者の事実認識と主張には、日本兵の倫理に関わる事実誤認があったと言わざるを得ない。


 だからこそ「なかった派」は一定の支持を得るのだ。親・兄弟から売られたり(本人にはお前は家族のために売られた身だと告げられていない可能性もある)、あるいは女衒(ゼゲン)に騙されたりしたのは、日本の内地でもほぼ変わらなかっただろう。ハルモニ達の証言からはそのように推測出来るものが多々ある。哀しい事実だが。

 

 戦地で、日本軍が施設や慰安婦を何らかの形で管理する「準公娼制度」だったというのが実態ではないか。


 だが、「なかった派」の主張の通り、強制連行がなかったということが、すべてを免罪するものではない。

 

 一日に数10人もの兵士に対して性サービスを強要していたケースがあれば、それは虐待ではなくてなんであろうか。


 秦氏は、入港した船員を相手に一晩で多数の男性を相手にした売春婦の例を挙げ、同じようなものとさらりと書いているが、同列には論じられないだろう。

 

 特に「悪徳経営者」に売り飛ばされ、多数を相手にせざるを得なかったハルモニ達の人生をめちゃくちゃにされた苦しい体験の告白はウソだとは決めつけられない。


 筆者の現時点での「結論」は、次のようなものだ。

 

 韓国・台湾の旧植民地の慰安婦は、戦場で日本人慰安婦と概ね同じ「準公娼制度」に組み込まれた境遇であり、甚だしい人権侵害があったケースは「例外的」だった。一方、日本軍が侵略した地域では強制連行などによる人権侵害が行なわれたケースは多々あった。


 したがって「河野談話」を捨て去ることは、韓国以外の国際社会からも理解が得られず、外交上のさらなる失点(「オウンゴール」)となる恐れがあるので、維持すべきだと考える。

 

 この辺も含めて日本と韓国の学者が、(感情論、政治的プロパガンダを排するため)欧米の学者にも第三者として入ってもらい、歴史的な事実が何か、いま一度、自然な環境でハルモニ達への聞き取り調査と裏付けを基に、客観的に研究をする必要があるというのが筆者の見解だ。(注3)

 

 「事実」に基づかなければ、日本と韓国との和解がありえないのは当然だ。

 


 ◇えげつない営業戦略


 今回の朝日騒動では、週刊誌・月刊誌のおどろおどろしいまでの朝日攻撃に加えて、「天下の読売新聞」が行なったえげつないキャンペーンが目に付いた。


 昔から、部数競争では「朝読戦争」と呼ばれ、しのぎを削ってきた両社だ。筆者の知る限り、インテリのはずの記者同士でも、つかみ合い、あるいは殴り合いの喧嘩に発展したケースもある。


 今回、読売は紙面だけではなく、一般世帯向けに朝日追い落としのためとしか受け止められない、①「朝日『従軍慰安婦』報道は何が問題か(カラー冊子20ページ)②「慰安婦報道検証 読売新聞はどう伝えたか」(カラービラA3版)③読売新聞は事実を追求する公正な報道で信頼に答えます(白黒ビラB4版)-などを配布している=写真。



 その主張は、新聞への信頼回復に努めます、正確かつ公正な報道に努めます、誤りに誠実であるように努めますなどなど。


 新聞界全体の信頼性を揺るがす事態と問題提起しながらも、どうみてもライバル紙朝日のソフトな不売運動、もしくは読売への乗り換えを誘ったとしか受け止められない。


 恐らくは、営業サイドの意向が働いたのかと勘ぐることもできる。そうでなければカラー刷り20ページの冊子を、わざわざ多額のカネを使ってばら撒く意味はないだろう。意図が透けて見えるようだ。


 これに対し、読売新聞編集局が、読売傘下の中央公論社から出した「朝日『慰安婦』報道」は、さすがに編集サイドがまとめたもので、客観的な内容という印象を受けた。これはこれで主張だから構わない。


 すさまじいまでの朝日バッシングに、木村伊量朝日社長は、謝罪会見に追い込まれ、責任者の杉浦信之編集局担当を解任した。社内で第三者を入れた検証を行っているそうだが、それはそれでキチンとけじめを付けて欲しい。


 また対外的にもどのように「誤解」を解いていくのかについても、検討して欲しい。研究者や各国の外交官、国際機関、メディア・ジャーナリスト、欧米の自治体など向けに「事実」をまとめた英語の出版物を、無料で大量に配布するのも一手と思う。


 謝罪会見では、読売新聞の記者が責任を問う質問をしていたが、これには会見に出ていたというジャーナリストの青木理氏(共同通信OB)が月刊誌「世界」11月号で「社内言論の自由すらないメディア(読売新聞のこと)の記者が、ライバル社のトップに向かって『自浄能力がない』と詰め寄るマンガのような光景」と鋭く切って見せたことが注目された。(朝日バッシングの背景と本質──「本気の覚悟」問われるジャーナリズム)


 一部雑誌のイエロージャーナリズム(扇動報道)は別にしても、産経新聞や読売新聞の朝日攻撃は、それこそ読者の「新聞離れ」を招かないだろうか。


 先進国ではネット社会で若者からそっぽを向かれつつある新聞だが、声高の新聞バッシングはそれこそ、読者から「どの新聞社も信用できないから、購読しない」ということにならないだろうか。いうなれば業界ぐるみで「墓穴を掘っている」ようにも見える。


 その一方で、元記者らの再就職先の大学に送られた脅迫文、ネットなどでの家族写真の暴露など、民主主義社会ではあってはならない不愉快な現象が生じている。一部の雑誌とジャーナリストと称する人々らはそれでもまだ個人攻撃を止めていない。

 

 私たちは、戦前、日本共産党への弾圧がどんどんエスカレートして、最後は自由主義者にまで被害が及んだ歴史を知っている(はずだ)。


 権力の監視と批判を第一義とするジャーナリズムが、調査報道そのものを否定したり、権力に擦り寄ったりするのはいかがなものか。


 それは「新聞が死んだ日」、裏返せば民主制が腐敗し衆愚制に堕ちることを意味しないだろうか。今私たちは歴史の岐路に立たされているのかもしれない。

(了)


こがねいコンパス第62号(2014年11月15日更新)



 

(注1)「ちゃんねる桜」の「国民会議」編集録画

http://www.youtube.com/watch?v=8ZvoBk22cTU&feature=youtu.be&list=UU_39VhpzPZyOVrXUeWv04Zg


(注2)「反日」の日韓市民運動家らの主張・行動、韓国の朝野をあげての日本ディスカウント運動はここでは取り上げない(韓国での、「親日派」自国民への執拗な攻撃の裏には何があるのか。これも興味深いテーマではある)。


日本の一部のフェミニズム運動家らの主張には、十把一絡げに「日本のすべてのオトコはだらしなく世界で一番駄目」的な刺々しいところがある。買春経験などなく、聖母マリアを敬愛し、まじめに生きたいと願ってきた一人の日本男子としては正直、聞くに堪えない面もある。

 

(注3)「性奴隷派」と「なかった派」のそれぞれの書籍を1990年代から何冊か読んできたが、どちらも相当バイアスが掛っており、既にある自分の価値観の枠組みでしか見ようとしないという印象をぬぐえない。特に戦後生まれの女性研究者の「性奴隷派」の主張は、やはり当時の現実を押さえていないきらいがある。実証的な秦氏の著作への反論がほとんどないのもおかしいと感じている。

残念ながら吉田清司の「私の戦争犯罪」、森川万智子「教科書に書かれなかった戦争 文玉珠 ビルマ戦線 楯師団の慰安婦だった私」は入手できていない。

旧日本軍だけが歴史上かつてなかったとんでもない倫理違反行為をしていたというのは、ややマゾヒスティックな主張ではないだろうか。各国の軍隊の慰安婦制度については、秦氏の著作「慰安婦と戦場の性」が詳しい。一読することを薦めたい。また旧ソ連軍による満州での集団レイプ事件、ベルリン陥落時の旧ソ連軍のドイツ女性らへのレイプ事件、最近ではベトナム戦争に参加した韓国兵によるベトナム人への虐待、レイプ行為がある。

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

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小金井市のイベント情報は、小金井市地域情報サイトのさきナビでも見ることができます。バナーをクリックしてください。

 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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