ジャーナリスト山本俊明の「眼」    第20回

「原子力帝国の逆襲」   都知事選に思う

 


 2月23日の大雪の翌日に行われた東京都知事選は、原子力発電の存続か否かを問うことが真の争点だったのだが、「原子力帝国の逆襲」によって市民派の苦い敗北に終わった。


 ◇自由のための闘争

 

 哲学者ロベルト・ユンクの「原子力帝国」(Der ATOM-STAAT 邦訳 教養文庫)にはこんな一節がある。

 

 「市民が原子力をさらに拡大することを許すならば、それは、民主主義的な権利や自由がすこしずつ掘りくずされることを認めたことになる。一見論理的で合理的なテクノクラートを前提として成り立つ新しい専制政治を阻止することは、市民が、原子力産業に反対する闘争を、たんに健康や環境保全にための闘争としてだけではなく、自由のための闘争としても、つまり不信ではなく信頼と連帯にもとづく人間関係を守り抜く闘争として理解することによって、初めて可能なのである」(日本語版のためのまえがき)

 

 「そんな大げさな」という人もいるだろう。
 筆者にはこんな体験がある。和歌山県の某市で原発建設計画が持ち上がった時、反対運動を見に行った。漁師町で、戸締りなどもせず外から家の中が見える。電力会社に雇われたと思われる人間だろうか、ビデオカメラで反対派の家を録画撮りしていた。プライバシーなどどこ吹く風で、反対派の情報を収集していたのだった。


 それを裏付けるような暴露本がこのほど出版された。海渡雄一弁護士らの「反原発へのいやがらせ全記録」(明石書房)だ。反対運動切り崩しのため死者に鞭打つようなはがきの偽造など、およそ民主主義社会では許容されない卑劣極まりない愚行のオンパレードだ。


 また昨年9月に発刊された現役官僚、若杉烈の小説「原発ホワイトアウト」には、経済産業省の官僚と、電力会社、与野党を問わぬ政治家のもたれ合いの「トライアングル構造」とその維持行動が生々しく暴露された。

 

 原発を推進する産官学複合体は「原子力ムラ」などという温和なものではなく、ユンクの言う「原子力帝国」という言葉の方がふさわしいと思う。一種の超法規的な存在になってしまっている。それも日米欧の国際的連合体でもある。

 

 通常の世界では「犬がしっぽを振る」のが当然だ。犬(民主主義社会)が主体で、しっぽはその付属物にすぎない。ところが、「原子力帝国」が成立すると、元来エネルギー供給の平和的手段と宣伝されてきたはずの原発(注:最初は「民主・自主・公開」の3原則)が、民主主義を脅かす状況が生じている。いうなれば「しっぽが犬を動かす」という、ヘーゲルの「逆立ちした関係」だ。

 

◇メディア権力

 

 都知事選では、二人の元総理大臣経験者が脱原発を掲げて原子力帝国に立ち向かった。残念ながら宇都宮氏がはやばやと立候補を表明したことで、市民派は股裂き状態となってしまった。これは大いに反省すべき点だと思う。


 しかし今回の都知事選では、「原子力帝国」の逆襲ともいうべき現象があった。帝国に奉仕する勢力は、あることに熱中した。巧妙な争点操作、あるいは争点ぼかしである。

 

 小泉元首相は「ケンカ戦法」で有名だ。2005年の衆院選挙では、郵政民営化を単一争点(シングルイッシュー)とし、反対する自民党候補者は抵抗勢力として公認しなかった。「刺客」を送り込むという奇想天外な作戦でテレビのワイドショー・週刊誌を意識したメディア作戦を展開、「小泉劇場」に国民も踊らされ、野党は蚊帳の外に置かれた。


 政治は「敵か味方か」という厳しい選択を迫るものだとKシュミットは看破したが、小泉元首相の政治スタイルは健在だった。2013年11月13日、引退後初めて記者会見した小泉氏は「原発即ゼロがいい」と、小泉節を炸裂させた。

 

 昔は原発推進だったのではとの問いには、「そりゃそうだよ、当時は政治家もみんな信じていたんだよ。原発はクリーンで安いって。3・11で変わったんだよ。クリーンだ?コスト安い?とんでもねえ、アレ、全部ウソだって分かってきたんだよ。電事連(電気事業連合会)の資料、ありゃ何だよ。あんなもの、信じる人(いまや)ほとんどいないよ」(月刊文芸春秋 2013年12月号 「小泉純一郎 私に語った『脱原発宣言』」毎日新聞山田孝男編集委員)

 

 そして細川氏は、日本新党党首として、1993年に非自民の連立政権で首相となり、戦後長く続いて自民党一党独裁の「55年体制」に終止符を打った。細川氏は「原発の問題は国の存亡に関わる」という危機感を持って脱原発で立候補を表明。小泉氏と盟約関係を結び、「原子力帝国」に反旗を翻した。

 

 帝国側は、「小泉劇場」の再来と、細川ブランドの結合(裏返せば保守の分裂)を一番恐れたのは言うまでもない。宇都宮氏の人権擁護の弁護士としての実績、ブラック企業対策への取り組み、誠実な人柄は疑うべくもない魅力ではあるが、自民・公明が支援する舛添氏を脅かす勢いはなかった。帝国側は、細川陣営と宇都宮陣営が分裂しているので、無党派層・高齢者層を取り込めば勝てると分析したと思われる。

 

 細川氏が立候補表明した1月14日以降、争点隠しが始まる。
 共同会見した小泉氏は「原発ゼロでも日本は発展できるというグループと、原発なくしては発展できないというグループの争いだ」と、帝国側に挑戦状を突きつけた。

 

 小泉氏の「政治上の弟子」にあたる安倍首相は外遊先で、「待機児童の解消や高齢者福祉、五輪の準備、首都直下地震。諸課題についてバランスよく議論され、都民にとって充実した選挙戦になることを期待する」とシングルイッシュー化に待ったをかけた。

 

 2月15日付の読売新聞は「『脱原発』争点化狙う 細川氏小泉氏『世論誤導』の批判も」「『脱原発』しか語らず 細川氏」と、帝国側を代弁した。

 

 「単一争点か多争点か」ということ自体が、争点となっていった。
 巨大な東京都といえども自治体であり、開発か福祉か、子育て世代・若者対策か、高齢者対策かなど多くの政策課題があることは言うまでもない。

 

 だが福島第一原発事故は、巨大地震と原発事故が同時発生する「原発震災」(石橋氏)が現実のものであることを世界中に知らしめた。巨大地震の活動期に入った日本では、原発を再稼働させることが命取りになる。平時なら許される取捨選択も、戦時においては生きるか死ぬかの選択しか許されない。


 だが朝日・毎日新聞など非帝国側を含む多くのメディアは、徐々に「多争点化」戦術に引きずられ、選挙戦終盤の報道を行っていたように思われる。

 

 筆者個人の推測だが、帝国寄りの新聞社などの編集委員らの「談合」「すり合わせ」、自民党主流派の働きかけ、電力会社の誘導などがあったと考える。(別の問題ではそうした「談合」が行なわれている)

 

 読売新聞は選挙前日、福島からの都内避難民でさえ「脱原発は無責任」という意見だとする記事を社会面に掲載する露骨な選挙干渉ぶりだった。消費税導入時に、反対運動を一切報じなかった新聞である。権力をチェックするべき新聞が、経営者が原発を導入し、政府の原発政策を疑いもなく推進することに恐ろしさがある。

 

 小泉劇場は、シングルイッシューにメディアが乗ってこそ舞台が回るのだ。今回はメディアが乗らなかった。そして都民有権者も、帝国を相手とする民主主義の闘い(ユンク)という意味を解説されないままに投票、あるいは棄権した(戦後3番目の低投票率)。

 

 そして選挙後には原発再稼働に向けた世論の地ならしが始まっているようだ。産経新聞は「電力危機の真実」キャンペーン報道も始まった。電力料金が高い、産業競争力が失われる、企業は工場の海外移転を進め、雇用が失われる、だから原発再稼働だと。

 

 しかし、これではフクイチ事故はなかったも同然だ。子ども騙しの安全強化で再稼働一直線ではないか。

 

◇長期持久戦

 

 「人はパンのみにて生きるにあらず」
 生きるためには生活の糧のパンを得なければならないが、どんなやり方でも構わないということではない。フクイチの教訓が生かされねばならないと考えるのは筆者だけだろうか。

 

 グリーンエネルギーによる新たな産業勃興と雇用の創出、電力業界の権益にとらわれない発送電分離、エネルギー効率を高めた都市開発など「ソフトエネルギー・パス」を大胆に取り入れた構造改革こそ日本の生き残る道だ。個人レベルでも生活や価値観の転換が求められよう。便利でカネ中心の(パンのみの)生活を維持したままでは成し遂げられない。


 発送電分離になれば、高くても原発ではない電力を選択して使うという選択も出来るはずだ。ドイツでは実現している例がある。

 

 一方で、メディア権力をも取り込んだ資金が豊富で、政治・経済・社会権力も握る「原子力帝国」は着々と「新たな平常(New Norm)」への復帰を目指している。手ごわい相手だ。今後も反原発派には、長い闘いが待っている。

 

 

(補論)田母神現象について


 今回の都知事選では、元自衛隊幹部の田母神俊雄候補が61万票を獲得した。フランスなら極右の躍進と大問題となっただろう。

 

 激しさを増す大国・中国や、韓国との摩擦が、日本のナショナリズムを刺激していることの表れだろうか。特に20代の若者世代の支持が24%と4分の1だったことを注意したい。「南京虐殺はなかった」という作家で、NHK経営委員の百田氏の「永遠のゼロ」が映画化された。特攻という理不尽な戦術が、映画ではやや純愛物語風に仕立てられていた。映画館では周りはほとんどが若いカップルだったことが気にかかった。戦争の悲惨さが必ずしも伝わっていない一抹の危うさも感じてしまった。


 大正10年代生まれ、昭和一桁生まれの人々も、人生の晩秋を迎えている。孫たち世代に戦争の真実の姿と、平和を創造するための覚悟を教訓として残して欲しいものだと感じる。(了)

 

こがねいコンパス第47号(2014年3月3日更新)

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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