ジャーナリスト山本俊明の「眼」    第19回

秘密保護法案に思う    ――私的体験から

全国で反対の動きが広がった
全国で反対の動きが広がった

 「若いという字は苦しい字に似てるわ」

 歌の文句(『悲しみは駆け足でやってくる』)じゃないけれど、40年近く前、大学生だった僕はちょっとした「国家機密漏えい事件」に巻き込まれ、「国家」と「反逆」の間でもだえ苦しんだ体験がある。これまで「誤解を受けかねないと固く封印してきたが、現在の国会における秘密保護法の迷走ぶりを見て書くことにした。

 

◇私的体験Ⅰ

 岡山の田舎にいた僕は1960年代後半から70年代半ばという騒然とした時代の中、新聞・テレビの影響のせいか、「アンチ自民党(カネに汚い政治が嫌)」で、母親がロマンスグレーのカッコイイ政治家・江田三郎氏(日本社会党→社会市民連合)のファンだったこともあり、「なんとなく『革新』」という政治意識だった。

 

 恐らく当時多くの若者、特に大学生は、70年代の安保闘争などでそうした反権力意識が強かった時代精神に取りつかれていたと思う。(安保体制の「意味」が分かっていた学生は正直少なかっただろう。旧ソ連・東欧や中国の人権弾圧の情報は乏しかった)

 

上京し、安保闘争の余韻が若干残っている学校に入った。その後、友人から、某党の国会議員の私設秘書のアルバイトをやらないかと誘われた。政治学専攻なので二つ返事で承諾し、週に2度ほど国会議員会館に出かけることとなった。

 

 主な仕事は、お茶くみや電話対応など。しかしマスコミ志望と伝えてあったので、「先生」(故人)のところに来る各新聞社の政治部記者さんの訪問時には同席させてもらい、翌日の紙面を見て「これはああいう意味の取材だったのか」と感心することもあり、大変勉強になった。

 

 数カ月して信頼され出したのか、ある日、とんでもない任務につかされた。それは米国産のジェット戦闘機の膨大なマニュアルをコピーせよというものだった。

 

 先生がいうには第三国(注:あえて伏す)を訪問する際に「お土産」として持っていくという衝撃的な内容だった。持ちこんだ自衛官の姿も見てしまった。

 

 まだ冷戦真っただ中、革新政党は、本音は「米国頼み」だが、建て前では「自衛隊は違憲」という時代だ。どうにも釈然とせず、「いくらなんでも外国に軍事情報を渡すのはおかしいのではないか」と悶々として、このアルバイトを止めることにした。

 

 こう書くと秘密保護法推進派は、「それ見たことか」と勢いづくだろう。だが、秘密保護法推進派が思うほど、そんなに単純ではない。だから悩み、国際関係論を猛烈に学んだのだ。

 

 

◇私的体験Ⅱ=特高警察官の懺悔

 

 もうひとつの体験も書く。20年ほど前、あるキリスト教信者のAさんから告白され、驚愕した。当時Aさんは90歳前だったと思う。

 

 「自分は戦前、特高警察(思想犯などを取り締まる部門)の警察官でした。ずいぶん罪深いことをしました」「自分はサウルでした」。

 

 サウルとは、約2000年前に、キリスト者を迫害し殺していたユダヤ人だ。彼はある時、神の啓示を受けた(新訳聖書「使徒言行録」22章)。

 

 「サウル、サウル、なぜ私(イエス)を迫害するのか」と。サウルは目が見えなくなり、後にイエスがつかわした弟子によって再び光を取り戻し、イエスの愛に目覚めた。世に言う「サウルの回心」である。

 

 迫害者が伝道者になった。サウルはパウロと名乗り、原始キリスト教団を率いたことはあまりに有名だ。

 

 戦後、Aさんは罪もない人々を迫害したことを悔い改め、洗礼を受けた。Aさんが悔いたのは、戦前、猛威をふるった治安維持法による人権弾圧に加担してしまったことだ。

 

 治安維持法は、最初は「過激派取り締まり」のための法律として成立した。1928年2月の第1回普通選挙を前にした日本共産党などへの大弾圧を背景に、同年4月、第55回帝国議会に大幅な治安維持法の改正法案が提出されたものの、反対が強く審議未了で一旦廃案となった。

 

 田中義一内閣は明治憲法8条の緊急勅令を使い、同じ内容の法案を成立させようとした。一種の「法律クーデター」である。

 

 緊急勅令は、新聞や学界からも問題が多いとして世論の非難の的だったという。

 第56回帝国議会で緊急勅令による改正法案が提出されると、内閣は否決を覚悟していたが、衆院で賛成249対反対170であっさり可決されてしまった。貴族院でも承諾されてしまった。

 

 ある法律学者は「どんな悪法でも、ひとたび制定されると既成事実となって、あとからこれを覆すのは難しい」と歴史の教訓を指摘している。

 

 この治安維持法が、創生期の日本共産党だけでなく、大本教などの神道以外の宗教、その後、編集者を狙った横浜事件、自由主義者へと猛威をふるった。

 

 

 「蟹工船」の作家、小林多喜二=写真=の惨殺は有名だが、横浜事件では女性容疑者に「性的拷問」が加えられるなど、内容を紹介するのも憚られる事例さえあった。

 

 告白してくれたAさんのどこか陰を帯びた横顔がいまだに忘れられない。国家サイドにいた人間が、良心の呵責に苦しんだむごい歴史を忘れてはならないはずだ。特に公安警察畑の人々には、戦前の先輩達が犯した苦い経験を忘れないで欲しいと思う。

 

 秘密保護法は、当時の治安維持法とは違うが、民主主義の根幹である自由であるべき情報の国家統制の強化であり、国民の知る権利や報道の自由、表現の自由といった根本的人権と衝突が避けられない点で、通じるものがある。

 

◇何が守るべき価値か

 

 先進国ではどの国でも、防衛・軍事、外交、テロ対策などの一定の分野の秘密保護が法制化されているのは事実である。(注:「世界」12月号)

 

 「一体そこまでして守るべき『もの』とは何か」。それは、民主主義体制を守るための「苦肉の策」であり、「例外的措置」であるはずではないのか。

 

 ところが欧米と国の成り立ちが異なる日本では、文脈が元々違う。例えば、米国では独立宣言を起草したジェファーソン大統領が「『新聞なき政府か、政府なき新聞のどちらを選ぶか』という問いに、ためらわずに『後者だ』と答えた」という有名な逸話がある。

 

 歴史的に欧州の旧大陸の王様や政府への「懐疑的見方」が強いということだ。だからこそベトナム戦争時には国防総省機密文書(ペンタゴンペーパーズ)事件で「新聞対政府」がクローズアップされた。

 

 民主主義を守るためには新聞は「時の政府の不正」を暴露することが不可欠だ。守るべきは民主主義体制であり、一時の政府・政権ではない。たとえ法廷侮辱罪に問われても、収監されても、不正を告発したニュースソースを秘匿する職業倫理は、そこに源泉がある。

 

 ところが日本の安倍内閣の法案の根本はアベコベで、民主主義の価値が、政府に従属するものであるかの印象が強い(メディアも、「報道の娯楽化」で職業倫理が衰退しているように見える点が気にかかる)。

 

 特に秘密の範囲自体が秘密というのでは、一般市民でさえ枕を高くして寝られない。60年も秘密指定が解除されないような法案は「悪法」と言うしかない。どんなに長くても10年で情報を開示する、それが何らかの理由で出来ないなら、第3者機関で公平な眼で審理するべきだ。

 

 外交上の信義や、人権保護から秘密が継続されるものもあるだろう。例えば、「情報提供者のプライバシーや安全保護でどうしても開示できない」と説明すれば良い。

 

 確かに、秘密保護法制は民主主義体制を守るために限定的には必要なのだが、それは守るべき民主主義を殺す可能性秘めた「もろ刃の剣」であるというデリケートな問題でもある。大事な民主主義を殺しては元も子もない。国会で何度でも慎重な審議を必要とするものだ。拙速に成立させるべきものではない。

 

 「自民党そんなに急いで、日本丸をどこに連れていく」

 今、一番肝心なのは国民一人一人が、苦い失敗の歴史に学びつつ、民主主義と平和の重要性を考えることだと思う。必要なら「小さな声」でつぶやこう。「俺達が主権者だぞ」と。(了)

 

山本俊明(やまもと・としあき) 

 小金井市在住のジャーナリスト。記者歴30年、シドニー特派員、ニューヨーク特派員などを歴任、国際問題から地方自治まで幅広い分野を扱う。「一市民」として本コラム陣に参加。 岩波書店の『世界』2013年9月号にはルポ「福島の子どもたち」を発表。 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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