ジャーナリスト 山本俊明の『眼』   第13回

『新しい国へ』に横たわる歴史観

アベポリティクスを考える   その1

 前回は、経済政策の「アベノミクス」について書いたので、今回は安倍氏の政治観について気がついたことを述べてみたい。

 

 素材となるのは安倍氏が自らの政治哲学を著した『新しい国へ』(文春新書)である。

 

 安倍氏と筆者は第2次大戦後10年ほどたってこの日本という国に生を受けた同世代だ。

 

 表面的には基本的人権や、日米安全保障の重要性などを共有していると思われる。しかし基本的人権の不可侵性や歴史観においてかなり違うと感じた。

 

 ◆加害者への視線

 

 筆者は、オーストラリアのシドニー特派員時代の1993~97年に貴重な体験をした。

 

 95年の秋(日本など北半球では春)、シドニーの中心部にある支局に行くと、助手から「今日は表に出ない方が良いですよ」と言われたのだ。


 「なぜ」

 「今日はVJ DAY(デイ)だから」

 「VJデイ?」

 「対日戦勝利の日(Victory Japan Day)ですから、日本人だと分かると生卵とかぶつけられる危険があります」

 「だって戦後50年だよ。日本は自衛隊はあっても国軍はなく、核兵器も保有せず、民主主義の国で平和憲法を守っているのに・・・」

 「オージー(豪州人)は日本軍に酷い目に遇わされているのですから」


 日本では、オージーは「日本人にフレンドリー(親日的)」というイメージが強い。

 

 しかし、アジア・太平洋戦争中の、パプアニューギニアでの豪州軍との激戦や、映画『戦場にかける橋』(参考1)で知られる、日本軍によるタイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶ泰緬(たいめん)鉄道建設などでの戦争捕虜(POW=プリズン・オブ・ウオー)への虐待・蛮行について、日本では学校の授業では教えられないが、オーストラリアではきちんと教えられている。

 

 キャンベラには戦争博物館もある。戦争の体験は世代を超えて受け継がれている。知らぬはコアラと戯れる日本の若い世代だけなのだ。

 

 現在はフレンドリーなはずの豪州。しかし、旧日本軍がダーウィンを爆撃したり、特殊潜航艇によってシドニー湾を攻撃したりしたことに関する新たな発見は毎年、地元で新聞ネタになっている。

 (泰緬鉄道のPOWで、元労働党副党首のトム・ユレン氏にお会いして当時の話を聞く機会もあった。)

 

◆強制連行はなかったのか

 

 歴史問題では、アジア・太平洋戦争での日本軍「慰安婦」の問題について触れざるを得ない。

 

  安倍氏は首相になってからはトーンダウンさせたものの、1993年の河野洋平官房長官談話(いわゆる「河野談話」)の見直しを持論としてきたからだ。

 

 河野談話は、慰安婦の募集について「本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」と認め、日本政府の公式的な見解として認知されてきた。

 

 慰安婦問題が外交問題として浮上していた当時、筆者は、オーストラリアに住む被害者本人から聞く機会があった。

 

 彼女の名前は、ジャン・ラフ・オハーンさん。オランダ人で、父親の仕事で当時植民地だったインドネシアにいた時、日本軍によって捕えられ強制的に「性奴隷」とされた。まだ若い学生だった。(注1)

 

 1990年代になってオハーンさんは「(身寄りのない)韓国の慰安婦を救いたい」と被害体験を告白したのだった。

 

 彼女によると、収容所から16歳以上の十数人の若い女性とともに強制的に連行され、日本軍の施設で将校のセックスの相手をさせられた。レイプされ、妊娠して堕胎させられたこともあったという。

 

 彼女の場合は、売春というようなものではなくレイプの連続だった。日本将校のなかには、乱暴せず会話するだけで帰っていった者もいたそうだが。

 

 兵隊ではなく将校相手というのは彼女が白人だったせいだろう。ここには「八紘一宇」でアジア解放を建前とした日本軍の歪んだ「人種差別意識」(白人優位の裏返し)が見え隠れする気がする。

 

  オハーンさんは、幸い生き残り、戦後、オーストラリアで結婚し、子どもも授かった。しかし、愛する夫との性生活を一度も楽しいと感じたことがなかったという。

 

 取材した当時、彼女の夫がすでに他界していたこともあって、人に知られたくない真実を語っていただいた。

 

 彼女の話を聞きながら筆者の胸は痛んだ。その苦い痛みの感覚を今でも忘れることはできない。

 

  筆者は研究者ではなく、具体的な事例をつぶさに承知しているわけではない。だが、(注)で示す戦犯裁判で事件として扱われたケースに見られるように、強制的に、暴力によって慰安婦に仕立てた事例があるのは紛れもない事実だ。


 強制連行を裏付ける文書が日本政府内で見つけられなかったことを強調し、それによってあたかも慰安婦問題が存在しないかのように主張する安倍氏らの歴史認識と、「河野談話」の見直し要求は、事実を直視したくないという弱さの表れではないか。


 それは、事実を検証しない確信的な「反日」運動による虚構の歴史認識と、コインの裏表にすぎないと考える。

 

◆カウラの悲劇

 

 年配の方なら「カウラの突撃ラッパ」ということを聞かれたことがあるのではないだろうか。

 

  シドニーから車で6時間ほどのニューサウスウェールズ州カウラに、日本兵とイタリア兵の捕虜収容所があった。収容所では日本の兵隊は虐待されるわけでもなく優遇されていた。

 

 英米豪は捕虜の虐待を禁じたジュネーブ条約を締結していたが、日本はそうではなかった。当然、「POW」の扱いに差が出たわけだ。(参考2)

 

 1944年8月、カウラで日本兵による集団脱走事件が起きた。死者は日本兵235人、豪州側4人。多くの犠牲者が出た悲劇だった。
 内陸部であり、脱走に成功したとしても逃げ行く先のない絶望的な決起だった。ニュージーランドでも同様の集団脱走があった。

 


 そのカウラを二度訪問する機会があった。50周年の節目に当たったのも何かの機縁を感じさせられた。当時、捕虜の集団脱走でパニックに陥ったカウラの住人は、なぜ脱走したのか理解できなかったそうだ。まさに「(黄色人種の)ジャップは何をするか分からない恐ろしい連中」でしかなかった。

 

 しかし、東條英機首相が陸軍大臣時代に示達した、「生きて虜囚(りょしゅう)の辱めを受けず」という「戦陣訓」の規範が、脱走事件の背景にあったことが戦後に分かると、カウラの人々は日本兵墓地を作り、今なお守ってくれている。

 

 日豪和解の象徴として、墓地には日本庭園が併設されているほか、桜並木が育てられている。

 

 日本兵は捕虜となったことで家族に類が及ぶことを恐れたのか本名を名乗らず、身元はほとんど分からぬまま。墓標には偽名が刻まれ、無縁仏に近い状態だった。

 

 95年当時のキーティング豪首相(労働党)は、日本の戦争責任を蒸し返しはしなかったが、「若い日本人が現代史を知らなさすぎる」「歴史を学んで欲しい」とクギを刺した。

 

 筆者も、「戦争を知らない世代」として、空襲など戦争被害に苦しんだことを祖父母や父母から聞かされて育った。ヒロシマ・ナガサキの悲劇も何度も聞かされ、平和主義は徹底的に身についていると思う。

 

 一方、加害者としての視点は、オーストラリアで被害者と向き合うまでは正直、希薄だった。

 

 むしろ日中国交回復を行った田中角栄、大平正芳氏ら戦時を知る世代が戦争と支配の現実を知っており、「中国に迷惑をかけた」反省が濃厚だった気がする。

 

 戦争を遂行させる装置という性格ももった靖国神社を、無批判に擁護する安倍氏のナイーブな歴史認識。そこには、日本が中心となり、支配者だった白人からアジアを解放する正義の戦争だったという「虚構」が素朴な形で刷り込まれているのではないか。

 

 『新しい国へ』で見る安倍氏の歴史認識には、加害者ニッポンの視点がすっぽり欠落しているようにしか思えない。

 

 わたしたち「戦後世代」は、冷静に戦争被害者としての側面と、加害者としての側面を、「事実に即しながら謙虚に学ぶ」必要があると考える。

 

 歴史問題は、現在の安全保障問題にも関係するし、安倍氏の主張する日米韓豪の連携にも影響しかねないデリケートな問題につながっている。

 

(続く)

 

(注1)オハーンさんが強制的に慰安婦とさせられた事件は戦後、オランダによるBC級戦犯裁判で裁かれた。オランダ政府による報告書や「スマラン慰安所事件関係裁判資料」によれば、南方軍幹部候補生隊が抑留所から若い女性約30人を強制的に集めたという。「スマラン慰安所事件」はバタビアで開かれたオランダの軍事法廷で裁かれ、13人の被告のうち11人が売春強制罪、強姦罪などで有罪になり、慰安所開設の責任者だった陸軍少佐(敗戦時の階級)が死刑となった。


(参考1)「戦場にかける橋」はアカデミー賞受賞の有名な映画。しかし日本の若い世代の人は、運動会などのBGMで流れる曲「クワイ河マーチ」が一体何を主題にしたのかほとんど知らないようだ。英・豪・ニュージーランドの人々には絶対忘れられない屈辱の歴史でもある。http://www.youtube.com/watch?v=AjgEKng8rYs

 

(参考2)病気などで衰弱した捕虜を炎天下で長時間歩かせ殺害したとされる、「バターン死の行進」、「サンダカン死の行進」などの事例があった。

 

山本俊明(やまもと・としあき)氏のプロフィール 
   小金井市在住のジャーナリスト。記者歴30年、シドニー特派員、ニューヨーク特派員などを歴任。 国際問題から地方自治まで幅広い分野を扱う。月刊誌「世界」2012年12月号にルポ「福島畜産 復活への苦悩と闘い」など。 「一市民」として本コラム陣に参加。  

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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