ジャーナリスト 山本俊明の「眼」 第10回

鉄腕アトムがまちを元気に

広がる地域通貨、復興支援にも

 昭和30年代生まれの子どもたちにとってアニメの人気キャラクターの代表格といえば、手塚治虫作の「鉄腕アトム」だった。

 

 詩人の谷川俊太郎さんが作詞したテレビの主題歌を覚えている中年世代は多いのではないだろうか。

 

 「空を超えて ラララ 星のかなた ゆくぞ アトム ジェットの限り こころやさし ラララ 科学の子 10万馬力だ 鉄腕アトム 耳をすませ ラララ 目をみはれ そうだ アトム 油断をするな こころ正し ラララ 科学の子 七つの威力さ 鉄腕アトム」

 

 海外でも英語名「アストロボーイ=宇宙少年」として人気がある。原子力モーターで空飛ぶ正義の少年ロボットのイメージは強烈で、筆者を含む当時の子ども達に「科学万能」を印象づけた。雑誌やテレビ番組を観て科学者を志した人もいるのではないだろうか。

 

 福島第1原発事故でそのクリーンイメージは若干損なわれたが、「七つの威力」には、地方経済・自治にも影響を与える不思議な力があるようなのだ。

 

アトム通貨

 地域通貨と言う言葉を何かの機会に耳にした方もおられると思う。円や米ドルのような中央銀行が発行する法定通貨ではないが、例えばイベントなどで配られ、一定の商店街で使用可能なスタンプに近いイメージで知られる。一説には、全国で3000種類以上も発行されているという。渋谷の「アースデイマネー」などが有名だ。ただ、なかなか文献を読んでも具体的なイメージが沸かない。

 

 そこで、最も成功しているとされる新宿区早稲田・高田馬場の商店街で発行されている「アトム通貨」を取材してみた。

 

 アトム通貨実行委員会会長の安井潤一郎さん(早稲田商店会会長、元衆院議員)によると、鉄腕アトムは元々、2003年4月7日に高田馬場で誕生したというストーリー設定だった。生まれた年の2003年、JR高田馬場駅周辺では、アトムの主題歌をBGMで流し、1年中、まちは鉄腕アトム一色となり、盛り上がった。

 

 そうした中で早稲田大学の若い職員が「ここで地域通貨をやりたい」と提案したことがきっかけとなった。また「虫プロダクション」が高田馬場にあった関係で手塚治虫氏が生前、「まちで何かやる時、うちで何か役に立てることがあれば手伝うよ」と言っていたことや、「地球を守る大切さを子ども達に伝える」という信条の持ち主だったこともあり、「アトム通貨」プロジェクトが動き出した。


 2004年4月7日から始まった「アトム通貨」は、現在9期目に入っている。高田馬場と早稲田の7つの商店街では計約400の商店で約150店が参加している。

 

持続可能な仕組み

 アトム通貨の単位は「10万馬力」にひっかけて、1馬力=1円に設定されている。発行紙幣は、10馬力、50馬力、100馬力の3種類=写真。


 アトム通貨を運営する経費としては、キャラクター使用料とノウハウ提供料が年間30万円。紙幣の印刷費が100万馬力分でおおよそ30万円、パンフレットとチラシが20万円。

 

 紙幣は透かしが入っているほか大豆インクの印字などで高級感があるのだが、「コレクターの目に留まって使わないことにはならない程度」に保つよう微妙なさじ加減が施されている。

 

 収入は、スポンサーが毎年8社、年会費5万円で計40万円。広告宣伝費で20万円。例えば、毎年100万馬力を宣伝広告費として売り、商店などがイベントやリサイクルなどを通じて顧客に渡し、集めた顧客が商店で「アトム通貨」を使い消費し、還元されるという具合だ。

 

 毎年2月で利用有効期限が切れるが、宣伝広告費の預かり金が、3月から「余剰金」に化ける。使用されず滞留したり、記念品になったりするものもあり、毎年換金率は平均50%台で、50万円弱が「余剰金」となるという。


 合計収入は、スポンサー・広告料が60万円、「余剰金」50万円と合わせると約110万円。印刷費が80万円で、差し引き約30万円の「利益」が出る。

 

 利益が出ていることが、プロジェクトを持続させている要因のひとつだ。

 

 アトム通貨には実現すべき社会への思いが込められている。

(1)地球環境にやさしい社会

(2)地域コミュニティーが活発な社会

(3)国際協力に積極的な社会

(4)教育に対し真摯に取り組む社会

 この4つの理念に沿って行われる、さまざまな社会貢献活動を支援しているのだ。

 

 具体的な使われ方は、安井氏によると、例えば、「夏場に打ち水をするので皆さん集まって下さい」と呼びかけ、集まってくれた人に10馬力、神社の掃除をした人にも配る。また子ども達が参加する環境教室、環境シンポジウムの開催などでも配るなど、環境・清掃イベントで人を集めることが可能となる。また商売面では、飲食店で最初の生ビール一杯を50馬力(50円)で飲めるなどのように設定でき、アトム通貨で顧客を引っ張り込むことが可能になる。

 

 さらにレジ袋を回収・再利用するため、レジ袋を持参した人にスタンプでポイントを与え、30ポイントで10馬力を進呈することで、レジ袋が集まるようになった。商店は売り上げの2%が袋代としてコストが掛かっていたが、その半分程度に納めることが出来たという。現在では、客の方がレジ袋を無料でも持ってきてくれるので、ポイント制は廃止したそうだ。リサイクルの定着にもアトム通貨が一役買ったという次第。

 

広がるアトム、復興支援にも

 しかし、アトム通貨が簡単に成功したとは考えないで頂きたい。

 安井さんによると、早稲田商店街は、挫折した苦い経験があるという。地域通貨が脚光を浴び出した1990年代に「何か町おこしをやりたいと『エンゼル』と名付けた地域通貨を一度立ち上げたが、やりきれなかった」という。

 

 最大の原因は、地域通貨が使える店が少なかったことだ。当然使い勝手が悪く、スポンサーもなかなか付かなかった。

 

 安井さんたちは苦い失敗から、事務局の人件費も出ない中で、理念だけで人やプロジェクトを動かし、持続させることはできないとの教訓を得たという。

 

 地域通貨を支える強烈な求心力となる何かが必要だと気付かされた。小学生が楽しいと感じ、親も引きずり込まれるような「得して、楽しい」というワクワク感がないと、人も町も動かない。その答えが「キャラクター」だった。今回は、「鉄腕アトム」というアニメの主人公が強力な磁力を発揮、スポンサーも付き、成功を収めたのだった。まさに「失敗は成功の母」である。

 

 参加地域も、高田馬場・早稲田から、北海道札幌市、宮城県仙台市、埼玉県川口市、朝霞市、新座市、東京都新宿区、愛知県春日井市、安城市、沖縄県石垣市と全国11支部に拡大している。10月からは東日本大震災で打撃を受けた宮城県女川市でも導入され、復興支援にも「アトム」が一肌脱いでいるのは新鮮だ。

 

リユース・節電にも

 アトム通貨は参加地域の外部的拡大だけでなく、内容的にも進化している。現在行われている取り組みは、ガラス瓶のリユース(再利用)の意識を高める試みだ。


 2012年1月から、新宿区商店街連合会の限定販売で、「10万馬力新宿サイダー」が発売されている=写真2。

 

 一本150円で売られ、空き瓶を返却すれば50馬力のアトム通貨を貰えるという仕組みだ。この背景には、ビンのリユースが、日本酒1升瓶や、瓶ビール以外はほとんど「絶滅種」になりつつありことがある。危機感を感じた環境省が、安井さんらに支援を求めたことで、アトムをあしらった瓶入り「サイダー」に結びついたのだ。

 

 製造は東京飲料合資で、味も「スキッと爽やか」、エコで美味しいと謳っている。すでに1万本を出荷したが、皮肉なことに瓶がかわいらしいため記念に持ち帰る人が続出、回収率は50%に止まっている。

 

 「アトム」の求心力が強すぎたのだろうか。「今後はどんどん出荷しリユースを定着させることが出来れば」と安井さん。リユース派にとっては力強い味方の登場だ。

 

 一方、愛知県春日井市では東日本大震災の影響で2011年7月から9月まで、各家庭に前年同月比10%節電を呼びかけ、達成した家庭に「アトム通貨」を1カ月で200馬力、3カ月で最高600馬力を進呈するキャンペーンを実施した。

 

 もらったアトム通貨は地元の商店街に落とされ活性化にもつながったという。節電を言うだけではなかなか人は動かない。「得して楽しい」が実践された、うまい使い方だと感じさせられた。

 

生活保護でも検討

 さて長期景気低迷で生活保護受給者が毎月のように過去最多を記録し、7月は212万人を超えた。受給世帯も154万9773世帯と過去最多。雑誌・テレビを動員しての保守政治家らによる芸人らの「不正受給」バッシングは見苦しいが、総額が3兆円を超え、地方負担が4分の1(実質負担率には諸説あるようだ)というと、われわれにとっても無関心ではいられない。4世帯に1世帯が生活保護といわれる西成区を抱える大阪市では、橋下徹市長らが、現物支給を検討していると聞く。

 

 さてここで「アトム通貨」の登場だ。関係者によると、埼玉県や愛知県の基礎自治体で、生活保護の10%相当を「アトム通貨」で支給する案が検討されているという情報がある。

 

 財政負担にあえぐ地方自治体にとって、「アトム通貨」で生活保護費の一部を支給し、受給者が地元の参加商店街で消費してくれれば、相互利益になると期待されている。


 ここまで来ると1930年代の大恐慌時に欧州でデフレ対策として出現した、本格的な「地域通貨」にあと一歩だ(注)。

 

 まだ筆者の思いつきのレベルでしかないが、自治体の公契約条例で「最低賃金」に上乗せされる賃金部分について、その自治体などが発行する地域通貨で供与すれば、地元商店街に「お金」が循環する仕組みが作れるのではないだろうか。これにより公共の仕事を発注するとともに、労働者の生活水準を上げようと試みる自治体で、お膝元の地域経済・中小零細企業が活性化すれば、「シャッター商店街」対策にもなり得ると考える。もちろん労働基準法との調整は必要になるだろう。

 

 誰も関心を持たない、上から目線のストイックな理念に基づく地域通貨では無理だったが、庶民目線のアニメキャラクターの本格的な地域通貨が、日本の自治体・中小企業・地域経済を救う可能性が出てきたと捉えたい。

 

 安井さんは「アトムだけでなく、石巻には石ノ森章太郎の『サイボーグ009』、神戸には横山光輝の『鉄人28号』『魔法使いサリー』などがある。どこでもキャラクターを利用して強い地域通貨を発行できるはず」と鼻息が荒い=写真。

 

 アトムも途中で、10万馬力から100万馬力にパワーアップした。日本の地域通貨を巡る動きも、次なるステージに入りつつあるのかもしれない。JAPANアニメ、恐るべしである。

(了)

 

《注》*以下の資料を参考にしました。

地域通貨によるコミュニティの再生:和歌山社会経済研究所http://www.wsk.or.jp/work/b/h14-b-01/00.html


 地域通貨の将来像: 国立国会図書館 重田正美http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0484.pdf

 

「地域通貨」 嵯峨生馬著(NHK生活人新書)

 

山本俊明(やまもと・としあき) 

小金井市在住のジャーナリスト。記者歴30年、シドニー特派員、ニューヨーク特派員などを歴任。

国際問題から地方自治まで幅広い分野を扱う。月刊誌「世界」2012年7月号に「福島農業の苦悩 『裂かれた絆』修復に向けた試行」など。

「一市民」として本コラム陣に参加。   

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

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