ジャーナリスト山本俊明の「眼」   第24回

小金井市議会「従軍慰安婦意見書」への意見

「正しい歴史認識」とは何か

(小金井市議会自民党が起案し、斎藤康夫氏が修正した意見書案)
(小金井市議会自民党が起案し、斎藤康夫氏が修正した意見書案)


 「従軍慰安婦」報道をめぐり朝日新聞が「吉田清治証言」を昨年8月に「虚偽」と判断し、関連記事を取り消したことを受けて、小金井市議会ではこの3月定例会で自民党が主導し、「先人の名誉を回復し日本人の誇りを守るため」の対応をとるよう、政府と国会に求める意見書を採択させようとしている。


 結論から言うと、余計なことは止めた方が良いと忠告申し上げる。ただでさえ最悪の日韓関係にさらに油を注ぐことになりかねない危険性があるからだ。


◇韓国から「第3の立場」

 

 昨年11月に出た論争の書がある。韓国・世宗大学の朴裕河教授の「帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い」(朝日新聞出版)と題する本(日本語版)だ。もう読まれた方もおられるかもしれない。


 この本は日韓の自国中心の政治運動と歴史認識にまみれた「慰安婦問題」を、もう一度、事実に依拠して見つめ直そう、そこから日韓和解の道を探ろうとする試みだと理解した。


 韓国の慰安婦問題の権威は、民間団体「韓国挺身隊問題対策協議会」(以下「挺対協」)だ。


 挺対協を中心とする、韓国で主流となっている歴史認識とは(1)日本軍が強制連行した(2)対象は10代の少女(処女)(3)その数は20万人(4)セックス奴隷状態だった―というものである。これが韓国サイドの「公的記憶」だそうだ。


 これに対し、朝日新聞を攻撃した日本の保守勢力の「なかった派」の主張の大筋は、(1)強制連行はなかった(2)やったのは日本人と朝鮮人の売春業者=つまり日本軍が主体ではない(3)慰安婦は親兄弟・家族に売られた(4)当時は多くの国で公娼制度があった(5)朝鮮人慰安婦の数は2万人前後(6)「公娼制度」下でのことであり、セックス奴隷などではなかった―と理解している。


 朴教授は、双方の主張を「片方だけの『慰安婦物語』でしかない」とばっさり切り捨てる。


 この問題を恐らくまとまった形で初めて世に問うた元毎日新聞記者の千田夏光(最初は「なつみつ」名、後に「かこう」名に変わっている)氏の「従軍慰安婦 “声なき女”八万人の告発」を“原テクスト”として取り上げる。なぜなら運動などの手あかにまみれていない慰安婦、業者らの生の声が書かれているからだ。また挺対協が自身が編纂した朝鮮人慰安婦たちの「証言録」を使って、当時の実態を再構成する手法を取っている。


 朴教授は、まず挺対協に対しては、「『性奴隷』という言葉は、欧米や当該国には日本軍の残虐さをアピールするには効果的でも、『慰安婦』のすべてを表現しうることばではない。にもかかわらず朝鮮人慰安婦とオランダの慰安婦(山本注:スマラン事件の強制的に慰安婦にされた白人女性ら。欧米でも証言者として知られるヤン・オハーンさんが有名)を同じ存在と理解し、朝鮮人慰安婦=性奴隷の認識が広まることを放置し、結果的に日本での反発を呼び、何よりも慰安婦問題の解決を遅らせてしまった」と厳しく諌めた。(275ページ)


 彼女の「認識の枠組み」は、「朝鮮人慰安婦たちの役割は、これまで見てきたように、基本的には日本帝国を支える<愛国>の意味を持っていた。もちろん、それは男性と国家による女性搾取を隠蔽するレトリックに過ぎない。 

 しかしそのことを看過したまま、日本軍のみを慰安婦の加害者として特殊化したことは、運動に致命的な矛盾をもたらした。なぜなら、本来フェミニズムとポスト・コロニアリズムに基づく『国家』批判だったはずの運動を、批判対象を『日本』という固有名に限定したことで、慰安婦問題を<男性と国家と帝国>の普遍的な問題として扱うことを不可能にしたからである。韓国やアメリカをはじめとする日本以外の国も、この問題で無罪ではありえないことに、長らく気づかせなかったのもその結果であろう」(同)というものだ。


 一方、朴教授は、日本保守層の「なかった派」のいうような完全な「公娼制度」下での、単純な売春行為ではなかった苛烈な現実があったことも強調している。


 例えば、部隊に「配給」され、移動中だった朝鮮人慰安婦たちに、他の部隊が群がり「減るもんじゃないだろう」俺達にも回せと集団レイプし、軍票=軍の貨幣=も渡さなかったことや、「チョウセンP」(山本注:Pはprostitute=売春婦=の頭文字、水木しげる氏の戦争マンガにも「P屋」などと描かれている)という侮蔑の言葉を投げつける帝国将兵がいたことも記述している。

 

(山本注:アフリカの奴隷狩りのような強制連行はなかったが、日本軍が直接間接に関与・管理した『準公娼』制度が存在したことは間違いない。そして、日本人慰安婦と植民地の連れて行かれた地域や、彼女らを管理した業者の悪質さによって過酷な非人間的な扱いがあったことはほぼ間違いないだろう。たとえ売春婦であったとしても、通常の「公娼制度」下ではありえない現実があった)


 朴教授は、日本帝国によって朝鮮が併合・植民地とされ、日本人兵士・慰安婦と同様に、朝鮮人慰安婦も「準日本人」として国家に動員され、性と生命までも国家管理されたという特殊な現実を認識しない限り、彼女たちは救済されないと指摘する。


 帝国主義と、ポスト・コロニアリズムという枠組みが妥当かどうかは、専門家ではない筆者には分からない。だが、朴教授の何よりも事実に基づいて、この問題を再認識するべきだという真摯な姿勢に打たれるものがある。


◇事実上の「発禁」判決

 

 しかし、韓国の10代の多数の少女が日本軍によって強制的に狩り出され、性奴隷とさせられたという韓国の「公的記憶」は簡単には変わらないようだ。


 正直、韓国の「日本は正しい歴史認識を認めなさい」という対応(山本注:中国やアジア諸国の、いわゆる「王朝正史」の変種だとする専門家もいる)には苛立ちを覚えることもある。


 朴教授の著書は韓国で2013年に出版されるや、挺対協などから激しいバッシングを受けた。日本の言い分に偏っているということだろう。


 今年2月17日、ソウル東部地裁は、元慰安婦らから出されていた出版差し止め訴訟で、「『朝鮮人慰安婦』の苦痛が日本人売春婦の苦痛と基本的には変わらない点」「『慰安婦』たちを『誘拐』し、『強制連行』したのは、少なくとも朝鮮の地では、また公的には日本軍ではなかった」などの部分を削除しなければ、出版してはならないと朴教授側に命じた。


 削除個所は34カ所にも及ぶもので、事実上の発禁決定だという。

 

 これに対しソウル発の通信社電は、韓国で朴教授を支持する研究者ら900人が、「公的記憶」をタブー視せず、自由な環境(山本注:高齢の慰安婦を抱え込んで自由に発言させない運動があるとされる)で、日韓の研究者らがこの問題を話し合うよう訴えていると、伝えている。


 韓国内では、「公的記憶」に異議を申し立てれば、バッシングされるのが常だそうだが、それでも「歴史の事実に忠実でありたいとする」立場の学者・研究者らから、自国中心の「正しい歴史認識」から脱し、実証的かつ複眼的に事実を調べる機運が出てきたのだ。


 筆者は、昨年秋このコラム欄で「新聞が死んだ日 慰安婦報道問題を考える」(第22回)で自分なりの慰安婦問題の認識を示した。


 結論は、何よりも「事実」を日韓が共有することからしか、和解に向けた歩みは不可能だと書いた。朴教授らの実証的な研究姿勢と近いものがあると感じた。

 

 ひるがえって、3月定例会で採択されるかもしれない小金井市議会の意見書案なるものは、朝日新聞が「誤報」を認めたのだから、当時はすべて公娼制度と売春婦たちのことというのが真相だとする、事実に基づかない「正しい歴史認識」を広げようとしているのではないか。


 朝鮮人慰安婦問題が万一、保守層の見方で決着したとしても(あり得ないことだが)、もともと植民地ではなかった中国や東南アジアの女性、オランダなどの白人女性らへレイプや仕打ちは「強制」のケースが多かったのではないか。


 だからこそ、戦地では朝鮮人と日本人慰安婦が「必要悪」として存在させられた。日本の保守層の「正しい歴史認識」に基づく“歴史修正主義”は、それこそ国際社会から大反発を受ける恐れがありはしまいか。


 むしろ小金井市議会がどうしても意見書を出すというなら、日韓両国政府が、事実が何だったのか、両国の研究者が自由な雰囲気で情報を交換し意見を述べ、運動から切り離された落ち着いた雰囲気の中で生き残りのハルモニ(慰安婦のおばあさん)から直接証言を聞く「場」を設けるように日本国政府・国会、韓国政府に勧めることではないか。


 小金井市議会で議論が活発なことは大変結構なことだ。しかし、過去にも関わりの深い自治体の反応を考えずに決議を採択し、その影響の深刻さから23年後に決議採択を謝罪する決議を採択したことがあったことを忘れてはならないだろう。


 市民の立場から率直に言わせてもらえば、小金井市議会は、第1に「ごみの処理体制」の確立、第2に「財政危機」を克服するための財政見通しを行政当局に報告・公表させるなど、本来の仕事に超党派で早急に取り組むべきではないかと感じる。(了)

 

こがねいコンパス第68号(2015年3月17日更新)


山本俊明(やまもと・としあき)氏のプロフィール 


  小金井市在住のジャーナリスト。記者歴30年、シドニー特派員、ニューヨーク特派員などを歴任。 国際問題から地方自治まで幅広い分野を扱う。 「一市民」として本コラム陣に参加。


 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

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民主党小金井支部幹事長

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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