加藤春恵子(かとう・はるえこ)の

もう一つの日本    Alternative Japan

第26回 ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)は、いま

~市民共同ソーラーシェアリング発電所(大網)とソーラーシェアリング実証試験場(市原)を訪ねて~

<ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)とは?>

  

 ソーラーシェアリングとは、田畑のあちこちにポールをすっきりと立てて、屋根に載せるものよりは細目で軽い太陽光パネルを、隙間を開けて、空が見えるよう縞状に配置し、木漏れ日程度の日照状態にして、太陽の光を、田畑に植えた作物と、その上に配置したソーラーパネルとで、シェアする、つまり分かち合い、農業と発電とを同時に営む仕組みのことである。

 

 この名称は、発案者の長島彬さんがつけたもので、農林水産省の「支柱を立てて営農を継続する太陽光発電設備等についての農地転用許可制度上の取り扱いについて」と言う長い名前の文書のなかでは、「営農型発電(設備)」という簡潔な表現が使われている。

 

 「ソーラーシェアリング」の方がロマンがあって素敵だと感じるのだが、カタカナでしか表現できないようでは普及が滞るので、農水省はわかりやすい「訳語」を示してくれたものだと思う。

 

 なお、本稿の最後に紹介するように、企業では、「営農業型太陽光発電」という表現も用いているので、まぎらわしさがなくわかりやすいという点では、この表現を「日本語訳」にしておくと、イメージが伝わりやすいのではないだろうか。

 

 名称の問題はともかく、なぜ、どのようにして、このような仕組みが発案され、実用化にいたったのか?

 

 長島さんの説明は「光飽和点」とか「光合成」などと言うことばから始まるのだが、これらの用語にアレルギーを感じるのは、理科嫌いで通した私だけではないではないと思われるので、平たく言ってみることにする。(注1)

 

 そもそも大半の植物は、さんさんと降り注ぐ太陽の光にできるだけ多く当たる、ということを好まない。むしろ、木漏れ日状態の方を好むという。

 

 そうした植物のニーズに応えて、田畑の上の、人間が扱える範囲の空中に、太陽光パネルを設置すれば、植物も喜び、人間も収入を増やすことができる。

 

 パネルを載せる架台の軸になるポールは、土の中に深く埋めてがちがちに固める必要はなく、畑でも田圃でも、邪魔にならず倒れもしない設置の仕方がある。

 

 パネルの下の田畑で、収穫用のコンバインなどの農業機械を運転するには、さほど大きくポールの間が開いている必要はなく、適切な距離の配置があれば十分であり、架台の高さについても、5メートルのポールを埋め込めば足りる。

 

 こうしたことを、農機具メーカーで機具の開発に従事して数々の特許を取った経験と、定年後に大学の通信課程で学んだ知識とを結びつけて、一つ一つ自分の頭で考え、仲間と共に自分の手で試しながら明らかにして、「ソーラーシェアリング」と名付けたシステムを発明し、普及しているのが、先に触れた長島彬さん(72)である。(注2)

 

 長島さんは、「ソーラーシェアリング」の発想と仕組みを、2003年に発案し、2004年に特許出願して、2005年には特許を公開し、誰でもがどこの国でも使用できるようにしている。

 

 そのあとも、自宅のある川崎からアクアラインで来ることのできる千葉県市原市に古い農家を買い、実証試験場のついた自前の研究所として、家の周りの畑にポールを立ててパネルを載せ、さまざまな作物を植えて、仮説通り木漏れ日程度で品質や収量の落ちない作物が多数あることを明らかにしている。

 

 懇切丁寧なホームページ「ソーラーシェアリングのすすめ」で、日本の農業の未来を憂い、原発システムからの脱出を願いながら、情報提供を続け、講演や見学の受け入れ、ソーラーシェアリングの導入を願う人たちに対する無料の設計相談や個別の指導などに、粉骨砕身中だ。

畑の前で説明する長嶋さん(左)と見学者たち
畑の前で説明する長嶋さん(左)と見学者たち


 何しろ、太陽光発電という発想は素晴らしいのだが、場所をとるのが難点だ。節電に努めたうえで、各種の屋根と休耕田と諸々の空き地をくまなく用いて足し合わせたとしても、とてもエネルギーの主力となるだけの発電量は見込めない。

 

 それに対して、農業国としての骨格を持つ日本には、広大な農地があり、それにもかかわらず、農業者への収入面での報いは少なく、後継者難に苦しんでいる農家は少なくない。

 

 たとえ農地の転用が認められたとしても、先祖代々耕してきた農地を、ソーラーパネルの下敷きにして、草を茂らせてしまいたくはないと、多くの農業従事者は思っている。

 

 ソーラーシェアリングの採用によって、田畑とその上の空間に設置されたパネルとの双方から収入を得ることができれば、農業後継者となる次世代も確保できるに違いない、と長島さんは力説してきた。

 

 そのために不可欠なこと――それは、農水省の政策であった。

<農水省からの文書>

 

 長島さんの、発案以来10年の努力と、多くの人々の協力の甲斐あって、2013年年3月31 日に、農水省から先述の長い名前の文書が、各地方農政局長・各都道府県知事・内閣府沖縄総合事務局長・全国農業会議所会長に対して出された。(*下のファイルをダウンロードするとみることができます)

 

 農業生産を保持するために、農地の転用には厳しい制限がかけられている。ソーラーシェアリングを取り入れたいと思っても、架台の設置が不法転用とされてしまうのではないかとの懸念がある限り、行動に移すことは難しいと考える人々が少なくない。

 

 先の文書は、そのような人々に、明確な基準を示したものと言える。

「営農型発電技術」の発達に対応して、導入を計画する人々は、支柱の基礎に当たる部分の農地に関して、3年間の時限つきの一次転用の許可を農業委員会に申請することとし、同委員会が、設計が適切かどうか、設備の撤去に必要な資力および信用があると認められるかどうかなどを審査して、転用の可否を決定し、品質に著しい劣化が生じることがなく、収穫量が同じ年の地域の反収と比較しておおむね8割を下回ることのないように、というラインに沿って、毎年チェックを続け、水準をクリアした者に一次転用の延長を認める、という仕組みが明らかにされたのである。

 

 現在のところ、地域によって農業委員会の対応には違いがみられ、戸惑いもあるようだが、農業生産をないがしろにしないように歯止めをかけたうえで、新しい技術が根付き、収入増が可能となる道を開く、前向きの政策が提示された、と受け止めることができるだろう。

農水省からの文書.pdf
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<パイオニアの地・上総>


 この文書を受けて、昨年中に申請が認められたケースは、農水省の調べでは全国で48にとどまっている(注3)とのことだが、幸い、千葉県は積極的で、市原の長島さんの実証実験場の近くの上総鶴舞には2013年5月から、九十九里浜に近い大網には2014年5月から、ソーラーシェアリングによる営農型太陽光発電所がオープンした。(注4)

 

 それぞれ篤農家として頑張ってきた農家での、世代交代期の親子・家族の話し合いと協力を通して生まれた、かなり規模の大きい発電所である。

 

 上総鶴舞の方は、息子さんを代表者とする個人(家族)経営の発電所。大網の方は、市民共同の発電所である。

 

 2つの営農型太陽光発電所は、いずれも日程を調整して見学者を受け入れており、長島さんの実証試験場と併せてのツアーが可能なので、上総地方は、いよいよ本格的な見学日帰りツアーにもってこいの場所となっている。

 

<大網ソーラーシェアリング>


 そんなわけで、私は、PVネット(注5)から見学会の呼びかけがあったのを幸い、6月11日の朝、集合地のJR外房線大網駅に向かった。

 

 NPOグリーンタートルズ代表の東さんをはじめ、何人かのPVネットの会員が、ボランティアも含めて関わっている、できたてほやほやの市民共同の発電所、と言うことで、大網ソーラーシェアリングの見学が企画されたのである。

 

 駅から車で10分ほど走ったところに、広々とした農地があり、その一角に、架台を設置して約800枚のパネルを取り付けた、ソーラーシェアリングが見えた。

 

 今年2月から、オーナーの佐久間さん親子とボランティアとで、週末を中心に設置作業を進め、5月20日に通電開始となったばかり。

 

 畑の端の垣根のすぐ外は道路で、以前から電信柱があり、生垣の内側にパワーコンディショナ―を設置したので、通電自体はシンプルな工事だけで済んだようだが、この日に至るまでの、皆さんの苦労はいかほどだったことか。

 

 架台の下の地面の一部には、もともとこの農家の主産物だったという落花生(ピーナッツ)が植えられ、残された部分にひとまずサツマイモを植えて収穫しつつ、11月のブルーベリー植え付け適期を待つという=下の写真。

 

 

(落花生が芽を出している)
(落花生が芽を出している)

 説明して下さるのは、土地所有者で兼業農家の、佐久間晴一さん。いかにも、新しい形の農業の担い手と感じさせる、さわやかな人柄が伝わってくる。

 

 グリーンタートルズの東さんが用意して下さった資料「日本初!【市民共同ソーラーシェアリング発電所】概略」によると、県庁づとめの佐久間さんは、2011年3月当時防災課に勤務しており、被災地に出向して復興に携わる中で、自分の地域の防災について真剣に考えた。

 

 自然エネルギーを活用した防災拠点の在り方を模索して、長島彬さんを繰り返し訪問して教えを請い、設置を決断して、昨年12月に農業委員会に申請。今年1月に受理され、専業農家のご両親やNPOグリーンタートルズと力を合わせて、開設に至ったのだという。

 

 今回オープンした1号機は、49.5kw(三相低圧)。面積約1.100㎡(約1.1反)。パネルはアメリソーラーAS-5M18(65W-70W)×約800枚。パワコンは田淵 EneTelus三相9.9kw×5体。

 

 費用面に関しては、系統接続費用・ボランテフィアの食事代・備品購入などすべてを含めて約1,200万円未満という予算で取り組んだということである。

 

 初期費用は佐久間さんが用意したが、1号機の隣接地3区画と、少し離れたところにある山林1区画を合わせて、合計5つのソーラーシェアリング発電所を設けるべく、7月下旬から「市民エネルギー合同会社」によるファンド募集が始められる。

 

 予定地も含めた4つのソーラー畑の真ん中の一本道の向こうには、しっかりした家構えの佐久間さんのお宅の入口があって、人の出入りがあるから、作物も機器も、これなら安心に守られる、という印象を受けた。

 

1号機。奥に見えるのが佐久間家
1号機。奥に見えるのが佐久間家


 とはいえ、とても一人の力、一家族の力では成し遂げられないことが、ここでは行われつつある。

 

 NPOと合同会社との組み合わせは、多摩電力を思わせるが、大網ソーラーの場合は、土地の所有者の思いが深く、進んで行動し続けている。

 

 システムの創始者の長島さんとの出会いに加えて、NPOグリーンタートルズ(代表東光弘さん)のとの連携もしっかり構築していることが特徴的だ。

 

 このNPOは、多摩の場合と違って、1つの発電所のためにできたものではなく、複数の発電所のプロデューサー役を引き受けるという点で、京都グリーンファンドを思い出させてくれる。

 

 活動範囲が、1つの市といったような狭い区域に限定されないで、当面は千葉全域、もしかすると将来はより大きな範囲で、助っ人・プロデューサー役を果たしていくことのできるコンセプトを提示している。おそらく、これまでに日本の再生エネルギーに関わる市民が工夫してきたあちこちの組織・活動形態を参考にして練り上げたかたちであろうと思う。

 

 歩きながら、東さんに「どんなお仕事をなさってたんですか?」と尋ねたところ、「八百屋でした」とのこと。

 

 無農薬野菜等の世界での経験を生かして、食の安全とエネルギーの安全をつなぐ広いビジョンを持って新しい組織を立ち上げ、仲間たちと、アオウミガメのように、着々と千葉を、日本を変えようとしている、新しいタイプのリーダーだと感じた。

 

 地に足をつけて何代も腰を据えて農業を営んできた篤農家の家族が、世代交代を見据えてじっくり話し合い、後を継ぐ若手が真剣に自分と我が家と地域と日本の将来を考え抜いて、津波被害を繰り返してきた九十九里浜に住む近隣の人々の安全に思いをはせながら、長島さんと言う「師」に出会い、新しいタイプのコーディネーターを中心とする市民団体ともつながって、大きなプロジェクトが動き出している――。

 

 ダイナミックな人々の動きに感動しながら、荒波に向かって浜辺に座り、近所の農家の手造りのお弁当を食べた私たちは、「エネルギー維新」の時代の黎明の地、上総の旅を続けた。

 

<長島さんの実証試験場>

 

 一行は、PVネットの都筑さんから、日本全国、さらには国外にまで広がっているソーラーシェアリングの現況について車中でレクチャーを受けながら、2時間ほどかけて、市原に着いた。

 

 到着したとたんに雨が降り出し、強まる中で、畑の周囲に立って長島さんの講義を受け、やがて、軒下に移り、講義の続きと質疑応答が行われて、見学スケジュールは終了し、交流会の行われる蘇我駅周辺へと向かった。 

 

 実際に発電に取り組んでいる人々とこれから取り組もうとする人々が多く、各地から人が集まっているので、交流会は、情報交換・ネットワーキングの大切な機会なのである。

 

 私は、こだいらソーラーの立ち上げ記念シンポジウムの場で手にしたビラがきっかけで、セルク(CELC)という、生活クラブで太陽光パネルを設置してモニター事業に参加して以来、太陽光発電の普及に関心を寄せて活動を続けている人々の団体が主催した見学団と共に、2013年の雛祭りの日に市原を訪れ、長島さんのレクチャーを受けた。冒頭の写真は、その時のものだ。

 

 その後の7月に、同じ市民団体の総会に長島さんが招かれてパワーポイントを使った講義をされた時にも、都甲さんに教えていただいて、横浜まで出かけ、資料に圧倒され、会の後の交流会で長島さんの発想のユニークさに接して感銘を受けた覚えがある。

 

 前に訪れたとき、長島さんの畑には、沢山の作物が植わっていたという記憶があるのだが、今回は一畝だけ――。農水省のガイドラインが出され、営農発電所が本格的に増えてきて、より大きな現場でソーラーシェアリングの実証が行われるという段階に到達し、長島さんはそうした動きが根付くための講義や具体的な支援に力を入れているのだと感じた。

 

 1年の歩み、さらにその前の10年間の歩みを思いつつ、一人の人間の発想と粘り強い努力と目に見えない人々の支援を通して、世の中が着実に変えられて行くことがあるのだ、と改めて感動しながら、私は実証試験場をあとにした。

 

<「一見」でも「二見」でも・・>

 

 結構おっちょこちょいの私が、この上ない機会に恵まれながら、1年もの間取り上げないままに過ごし、皆さんに「ソーラーシェアリング」を御紹介しなかったのにはわけがある。

 

 ソーラーシェアリングの普及によって、日本の農村の風景が壊されてしまうのではないか、特に、小金井のようにわずかに農地が残されているところの畑の上にパネルを載せてしまうのは惜しい、といった、田畑を風景としてしか眺めようとしない勝手な「美学」が私のなかにあって、紹介がためらわれたのである。

 

 今考えて見ると、水力発電のためのダムによって川の水が濁り、清流の眺めが損なわれるというような思いから、山々を流れ落ちる豊かな水に恵まれた地形を生かして水力発電一筋で今日に至っているノルウェーのような国があることなど知ろうともせず、地震・津波の国日本の海辺の人々の命を危険にさらす「原発のおかげ」で発電用のダムの建設が減って清流が戻ってきたような時代を喜んでいたのも、私である。

 

 しかし、自分の感覚だけで物事を判断し、そこに生きる人々の暮らしを知ろうともせず眺めてばかりいる人間の専横は、慎まなければならない。

あえて「美学」や「感性」に発言の余地を与えるとしても、それらは、物事の背後にある諸々の事実や意味を知ることによって、変わっていくこともある。

 

 パイオニアの苦労を知り、農業機械が動き回れるように適切な距離と高さを取って伸び伸びとたてられた架台の上に農家の人たちの手で大切に設置されたパネルの群れに、新しい美を見出すこともできる。

 ぎらぎらとした夏の陽を遮るパネルの下で、夏の農作業はより快適になり、水やりの必要性が少なくなることから、節水にも役立つ、といったことを知れば、見方も変わってくる。

 

 「百聞は一見にしかず」とはいかないで、2回ソーラーシェアリング発祥の地を訪れて、ようやく感覚の変わってくるのを実感している私である。

当事者の農家の方々を始め、畑を持たない市民の方々も、ぜひ、千葉方面への「一見」「二見」の旅をお勧めする。

 

 太陽の女神を始祖としてきた農業国日本で、世界に誇るべきエネルギーシフトの仕組みが発明され、大きく広がろうとしていることは、この国の歴史と風土にふさわしいことと言える。それを発明したのが、高齢国日本の定年退職者、ということも興味深い。

 

<真に人々のためのソーラーシェリングを>

 

 私たちがソーラーシェアリングの先進地を訪れた日の翌日、つまり6月12日に、「世界最大、発電能力430MWの営農型太陽光発電計画 長崎県佐世保市宇久島での太陽光発電事業の検討に関する基本合意」と題する提携5社連名の発表があった。

 

 世界最大のソーラーシェアリングが、長崎県佐世保市内の宇久島につくられるというニュースが、インターネットの世界をかけめぐったのである。(注6)

 

 

 ドイツに本拠を置くフォトボルト・デベロッピング・パートナーズ社(略称PVDP:太陽光発電所のプロジェクトを開発・企画する会社)と京セラ、九電工、オリックス、みずほ銀行が提携して、五島列島の北部にある人口2000人ほどの宇久島の4分の1ほどの土地を借り受け、2015年度着工事を目指して、合計出力430MWの営農型太陽光発電事業の検討を始めるというのである。

 

 

(発表資料から)
(発表資料から)

 もともと牧畜で知られる島であるので、地上での牧草栽培を畜産農家に依頼し、発電した電力は、九州本土との間に約60キロの海底ケーブルを敷設して、九州電力に売電する計画とのことだ。

 

 年間の発電量は、約50万MWh(一般家庭約13万8800世帯分の消費電力量)、CO2 削減量は、約25万2,200tだという。

 

 2013年4月に日経が電子版でPVDP社による宇和島のメガソーラー計画を報じたときには、ソーラーシェアリングのことは全く取り上げられていなかったのだが、今回は、「世界最大の営農型発電所」としてアピールされていることに驚かされる。インターネットでチェックした限りでは、日本の新聞の反応は弱いようだが、これは何を意味するのだろうか?(注7)

 

 PVDP社は、地球環境保護への貢献と、離島の経済活性化を図り島の再生を目指すという目的を掲げている。

 

 五島列島の北部に位置する宇久島には、風力発電の計画があったが、反対が強く、計画が撤回されたことがあることなども考慮して、ソーラーシェアリングを計画に織り込んだのだろうか?

 

 特許公開以来10年のソーラーシェアリングの普及の速さとその規模の拡大に驚くとともに、真にPVDP社が掲げた目的が果たされるような計画が練り上げられるか否か、関心を寄せ続けていきたいと思う。

 

《注》
1) 詳細は、長島さんのHP「ソーラーシェアリングのすすめ」www.d3.dion.ne.jp/higashi9/sola1.htmを参照。


2) 『東京新聞』2011年6月4日朝刊。「こちら特報部」参照。なお、この記事は、長島さんのHPに転載されている。

 

3) 『日本経済新聞』電子版 2014年6月13日 「優良農地で太陽光発電 長野の農家 安定収入狙う」参照。

 

4) ・ソーラーシェアリング上総鶴舞     kazusatsurumaisolar.jp/
・大網ソーラーシェアリングについては、HPはまだ開かれていないため、グリーンタ-トルズのHPを参照。・グリーンタートルズ www.green-turtles.jp


5)『こがねいコンパス』「もう一つの日本 第6回 太陽光発電所ネットワークを訪ねて」参照。


6)フォトボルト・デベロップメント・パートナーズ社・京セラ・九電工・オリックス・みずほ銀行「世界最大 発電能力430MWの営農型太陽発電計画 長崎県宇久島での太陽光発電事業の検討に関する基本合意」[14年6月12日 プレスリリース]


7)『日本経済新聞』電子版 2013年4月14日 「独社が長崎でメガソーラー 最大級900億円投資」

加藤春恵子(かとう・はるえこ)さんのプロフィール
 『女たちのロンドン』『広場のコミュニケーションへ』『女性とメディア』『福祉市民社会を創る~コミュニケーションからコミュニティへ~』など、社会学者としての仕事を重ねて、定年後の現在は「ケアサポート湧」、「トランジション・タウン小金井」など、小金井の様々な非営利・市民活動に参加している。桜町在住。

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

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 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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