加藤春恵子(かとう・はるえこ)の

もう一つの日本        Alternative Japan

(「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会ホームページから)
(「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会ホームページから)

第25回 いま、60年代と対話する

――丸山眞男文庫(東京女子大学)を訪ねて――

 

<「60年世代」からの便り>

 

 

 2月末の編集長の「鬼のかく乱」――インフルエンザによって、2年間、締め切りぎりぎりに入稿しては毎月第1土曜日に無事掲載していただいていた原稿が、ほんの少し遅れてアップされたのをきっかけに、私も身体の節々が痛くなり、これからはゆっくりペースで、とお願いした。

 

 休養している間に、60年代に共に学び、メディアに関わってきた人たちが多いネットワークの、大切な友人の1人から、日本国憲法にノーベル賞を、という呼びかけに応えてすでに昨年署名し、正式候補として今回受理されて嬉しい、という便りがMLを通じて入ってきた。

 

 このMLでは、一昨年の8月15日に、他の友人が「戦争が廊下の奥に立ってゐた」(渡邊白泉)という句を見つけて紹介してくれて以来、特に近年の日本の状況を気に掛け合っている。

 

 さらに参加者を募集中、という先の友人の添え書きを読んだ私は、早速インターネットで署名をした。危機感を共有しながら、何もしていない自分をもどかしく感じていたので、ささやかでも、いま、できることから、と思ったのである。

 

 私たちが同じ所で学んだのは60年代も後半にさしかかってからだったのだが、60年安保の流れを受けて、憲法と平和への合意が崩されて行くことへの懸念は、多くの若者の共有するところだった。

 

 仲間たちが社会に出て行った直後に起った全共闘運動を契機に、若者の必読文献からは外されつつあったとはいえ、丸山眞男氏の影響力は、私にとって極めて大きかった。アルバイト収入のなかから大枚をはたいてあのオレンジ色の『増補版 現代政治の思想と行動』(注1)を買い、思い切って傍線を引いて繰り返し読んだ時の感動は忘れられない――というわけで、今回、心に残っているあの本を読み返そうと書架を探したのだが、情けないことに、見つからないではないか・・・。

 

 落ち込んだ私は、ピンチをチャンスに、と思い立ち、定年退職して数年たった東京女子大学の「丸山眞男文庫」の利用を申し込むことにした。(注2)

 

<丸山眞男文庫>

 

 maruyamamasaoと打っても、私のパソコンは一向にちゃんと変換してくれないほど、若い人からは遠い存在になってしまった感があるのだが、丸山眞男氏は、長く東大法学部で政治学を講じ、60年安保の前後には、講演や座談会や説得力のある論文で、多くの市民に行動を促す役割を果たした。もちろん、日本政治思想史の領域でも、優れた業績を残している。

 

 丸山氏は、1914年生まれで、生きておられれば今年で100歳。東京女子大学の隣に若いころから亡くなるまで住み,1996年8月の死去に先立って、縁の深かった東京女子大学に蔵書を寄贈したいとの遺志を示され、これを受けて、新築されたばかりの同大学の図書館内に文庫がつくられて、今年で一般公開開始後9年になる。(注3)

 丸山眞男文庫には、丸山氏の直弟子のもとで博士号を取得した専門家が、特任研究員として在勤し、現在では週5日10時から16時30分時まで文庫を開いている。

 

 寄贈された約18,000冊の蔵書は、丸山氏自身の書き込みのあるものとそうでないものとに分けられ、前者は閉架として責任者の立ち会いのもとに利用に供され、内容に関しては、提供されるパソコンを用いて、ディジタル化されたものを十分時間をかけてチェックすることができるようになっている。後者は隣接の書架に、開架扱いとして収められている。

 

 上の写真は、閉架の部分であるが、丸山氏の書斎におかれていたときの状態にできるかぎり近いように配架した、とのことで、荻生徂徠研究の本の側に私にとってなじみ深いウオルター・リップマンのPublic Opinion(1921)の原書のペーパーバックがおかれていたりして、丸山氏の発想の豊かさを垣間見るようで、興味深かった。

 

 もちろん、原稿や、そこに至るまでの原書からの書き抜きなども、丁寧に整理して封筒に収められている。丸山氏に送られた書簡や、研究会関連の資料なども、寄贈されて、順次整理されている。

 

 

 

 この写真は、私の頭の中に数十年にわたって刻まれていた、『増補版 現代政治の思想と行動』第8章「現代における人間と政治」のなかの、著名な牧師ニーメラ―の告白(注3)を、コピー機など世の中になかったころのこととて、丸山氏自身が書き写したうえで翻訳して、原稿に収めるべくまとめつつある段階の草稿を拡大したものである。

 

 あらかじめ申し出てあった、上記論文に関連した資料をとのリクエストに応えて、特任研究員の山辺氏の手で、この草稿が入った封筒がとりだされ、用意されていたのである。

 

 草稿からは、60年代の危機感のもとで発せられた、歳月を超えて数十年後を生きる私たちにも伝えたかったであろうメッセージが、響いてくるような気がした。

 

「ナチが共産主義者を襲った時、自分はやや不安になった。けれども結局自分は共産主義者でなかったので、何もしなかった。それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども依然として自分は社会主義者ではなかった。そこでやはり何もしなかった。それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかった。さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であった。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであった。」(注4)

 

 同じ本の第7章に収録された「現代における態度決定」は、法学部を中心とする東西の学者たちで組織されていた憲法問題研究会が、1960年の憲法記念日に開いた講演会で語られたものである。

 

 ニーメラーが告白しているような「不作為の責任」について、安保改定強行採決を前にした緊張状況の中に身を置いている、聴衆一人一人の選択のありように思いを寄せつつ、丸山氏は語っており、60年代の課題を引きずったまま今を生きている私たちへの呼びかけとして読むことができる。(注5)

 

 

<20世紀最大のパラドックス>

 

 今回、山辺氏から教えられた小さな本におさめられた、1965年8月15日に行われた講演「20世紀最大のパラドックス」も、今日の私たちに切々と語りかけてくるスピーチである。(注6)

 

 「私は8・15と言うものの意味は、後世の歴史家をして、帝国主義の最後進国であった日本、つまりいちばんおくれて欧米の帝国主義に追随したという意味で、帝国主義の最後進国であった日本が、敗戦を契機として、平和主義の最先進国になった。これこそ二十世紀の最大のパラドックスである――そういわせることにあると思います。そういわせるように私たちは努力したいものであります。」

 

 1945年8月6日に、2度目の応召で船舶司令部参謀部情報版所属の一等兵(注7)として生活していた宇品――広島の原爆爆心地から4キロの港町――で被爆した経験を語ったあと、このように結ばれた講演は、日本の立ち位置を認識し、未来を創っていくうえで、老若男女を問わず、ぜひ多くの市民と共に読んでいきたいメッセージの一つである。

 

 先にも述べたように丸山氏は今年で生誕百年――6月27日に行われる記念シンポジウムはアジア等との交流を踏まえたものだとのことで、中国・韓国の研究者の報告も予定されているという。

*写真をクリックすると拡大します
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 憲法は、棚の上に飾って誇りにしていただけでは,埃にまみれて転げ落ちてしまう――。

 危機感を持ち、明治以来の歴史への反省を込めて、60年代からのメッセージをもう一度受け止めたい。

 

 自己形成期の先達と書物を通して対話し、若かったころの自分と心の中で対話し、同世代の仲間と対話し、ポスト丸山世代の様々な年齢の人々と対話しながら、「20世紀最大のパラドックス」がゆがめられ潰されることがないよう、経済成長に偏ることのない、この国の真の成長に向けて行動することができれば、と願っている。

 

(終わり)

こがねいコンパス第51号(2014年5月3日更新)

<注>

注1)丸山眞男『増補版 現代政治の思想と行動』(未来社 1964)。初版は、1956-57年に上下2巻に分けて未来社から出版され、増補版の出版に際して、ここで取り上げた第7章、8章の2つの論考が加えられている。

注2)丸山眞男文庫の利用については、東京女子大学図書館のHPを参照。研究者に限らず、地域公共図書館の紹介による市民の利用の道が開かれている。

注3)『東京女子大学比較文化研究所附置 丸山眞男記念 比較思想研究センター報告』創刊号 2005年3月 参照。

注4)丸山眞男 前掲書第8章「現代における人間と政治」(丸山編『人間と政治』人間の研究シリーズ 有斐閣 1961 より収録)。

「Milton Mayer:They thought they were free:Germans 1933-45 (1955) ミルトン・マイヤー著 田中浩・金井和子訳『彼らは自由だと思っていた』未来社 1983 参照。

注5)丸山眞男 前掲書第7章「現代における態度決定」(憲法問題研究会『憲法を活かすもの』岩波新書 1961 より収録)。

注6)丸山眞男「二十世紀最大のパラドックス」(杉田敦編『丸山真男セレクション』平凡社ライブラリー 2010年刊 所収)。 初出は『世界』1965年10月号 岩波書店。

注7)「二十四年目に語る被爆体験――東大教授丸山眞男氏(当時一等兵)の「思想と行動」-―」『丸山眞男集』第16巻 岩波書店 1996所収。(中国新聞1969年8月5日・6日掲載記事を収録)

 

加藤春恵子(かとう・はるえこ)さんのプロフィール

 『女たちのロンドン』『広場のコミュニケーションへ』『女性とメディア』『福祉市民社会を創る~コミュニケーションからコミュニティへ~』など、社会学者としての仕事を重ねて、定年後の現在は「ケアサポート湧」、「トランジション・タウン小金井」など、小金井の様々な非営利・市民活動に参加している。桜町在住。

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
PDFファイル 5.3 MB

こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

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小金井市のイベント情報は、小金井市地域情報サイトのさきナビでも見ることができます。バナーをクリックしてください。

 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

こちらから

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