加藤春恵子(はるえこ)の

もう一つの日本   Alternative Japan

第17回 市民発電によるまちづくり

        ――世代をつなぐ多摩――

(福本慶一郎氏提供)
(福本慶一郎氏提供)

 

 昨年の今頃、永山での集会についてご報告して以来、多摩の市民たちは、一般社団法人多摩循環型エネルギー協会(多摩エネ協)(注1)を母体に、事業化検討のための公的資金(注2)を環境省から獲得し、専門家や市役所を含む市内各方面の担当者から成る委員会の検討を踏まえて、多摩電力合同会社(たまでん)を設立した。

 

 そして、市内南野にある恵泉女学園大学の一角に第1号市民発電所を立ち上げ=上の写真、実証実験を経て、7月6日に売電開始の記念式典を行った。

 

 この日の模様や、多摩電力の多摩センター事務所長の山川勇一郎さんへのインタビュー、第2号発電所設置予定の「ゆいま~る聖ヶ丘」の印象を重ねて、世代をつなぐまちづくり事業としての市民発電の意味を考えて見たい。

(「たまプレ!」提供。写真をクリックすると該当記事を読めます
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<大学屋上で30kW!>


 燦々たる陽光の下で行われた多摩市長・恵泉女学園大学学長・多摩エネ事務局長・多摩電力社長などによるテープカット(注3)の後、階下のホールで式典は続き、第2号市民発電所(70kw)が多摩市聖ヶ丘の住宅型有料老人ホーム「ゆいま~る聖ヶ丘」の屋上に設置される契約が結ばれたことが披露され、一区切りとなった。

 

 エコカフェのキッチンから各自テーブルに運んだカレーの昼食の間に、希望者が屋上に案内され、パネル設置に携わった理事からの説明を聴いた(注4)。

 

 トランスバリュー信託に依頼した資金の公募(注5)に先立ち、関係者から900万円の資金を集めて設置された、定格出力30kWのパネルは、この日のような好天には、1時間で1000円余の売電ができるとのことで、さすがに大きい!という実感。屋上の端の方に行くと、真ん中辺で説明を受けている人たちが豆粒のように見える。

ランチ終了後、月一回多摩エネ協が主催して開いている交流イベント「エネ・カフェ」がはじまり、子ども連れも交えて、多摩エネ協メンバーから飾らない挨拶が続き、『シェーナウの想い』の上映があって、人びとは笑顔を交わし合いながら、これからの息長い仕事への決意を確かめ合った。

 

<オフィスは未来都市の真ん中に>


 翌週の月曜日、午前10時半にアポをとり、私は多摩センター駅近くの事務所を訪ねた。

 

 多摩には、ニュータウン発足時から日々の生活に密着した駅として親しまれている永山、巨大な公会堂のパルテノン多摩がある多摩センター、多摩川に近い住宅街に続く聖蹟桜ヶ丘と、3つの大きな駅がある。中でもユニークなのは多摩センターで、ここを歩いていると、私は、いつも未来都市にとびこんだような気分になる。

 

 永山周辺から入居が始まったのは70年代初頭で、京王と小田急の駅が組み合わされた多摩センター駅がオープンしたのは74~75年だが、改装などが行われたこともあって、開業以来30年近くたった今も、多摩センターのあたりのデザインは斬新だ。

 

 駅前のガラス張りの2つの構造物、2000年に開業した多摩モノレールの駅へと続く空中道路、ベネッセのスカイスクレーパーや白亜の京王ホテルなどが左右に立ちあがっているなかを、坂の上のパルテノン多摩へと続く広い並木道、そしてたどり着くココリアの前の小公園といいたいほどの広さの交差点(?)・・・。

 

 クエスチョンマークを付けたのは、車はこのあたりを通行できない仕組みで、広々とした舗装空間を乳母車や車いすも交えて、自転車や歩行者がゆったりと行きかっている、人間が主役の、めったに他では見られない十字路だからだ。


 この十字路の一角にあるビルが、「ココリア多摩センター」=写真=で、その4階の100円ショップの後ろの事務所スペースの一角に、多摩電力と多摩エネ協の事務所はある。苦労して事務所探しをしていたところ、事業の公共性が評価されて、借りることができたのだという。

 

 ココリアは、三越やスターバックスが一階にあり、丸善も広いスペースを占めている、駅から数分の位置にある商業ビルであり、駅前からも先述の十字路からもわかりやすい、ピンクの塔のような部分のある建物なので、市民発電の関係者は、将来にわたってまちの人々とつながり、まちの人々をつなぐ事業をしていくうえで、最適の場所に恵まれた、ということができるだろう。

 

 <まちづくりとしての発電事業>

 

 固定価格買い上げ制度を用いた多摩電力の発電事業は、ひとりの人から預かったお金を返し終わるまでに15年――それだけでも息の長い仕事である。さらに、脱原発という願いを持つ以上は、太陽光発電の技術革新や省電技術の発達に期待を寄せながら、売電状況の変化に目配りしつつ、次々と屋根を貸してくれるところを探して、資金募集を呼び掛け、事業を続けていく、地道な事業継続の日々が待っている。

 

 そうしたことを考えると、市民発電には、若い力が必要である。しかも、単に第1世代が始めた仕事を責任を持って継続する、と言うだけではなく、社会と地球の変化を見据えて、地域社会にとって必要な仕事のありかたを、見つけ出し、創りだしていくことのできる力が必要なのである。

 

 今は、元気いっぱいの定年男性が多い時代で、社会的企業(注6)やNPOも、そうした世代が主力となる場合が多いが、変化を読み取り、社会を方向づけていく力をもつ組織であるためには、世代や性別の垣根を超えて、ユニークな人材を集めていくことが大切だ。

 

 そんなことを考えていたところへ、多摩電力・多摩エネ協が、今春、37歳の山川勇一郎さんを最年少の役員として迎え、ボランティアのベテラン組が多い中で、事務所長として2つの組織にまたがる仕事をするただ一人のフルタイム職員としての働きを期待することになった、との話を耳にした。

 

 山川勇一郎さんは2児の父。やりがいを感じていた富士山麓での環境教育の仕事をなげうって、故郷の街に帰り、事業用に借りる屋根を探すなど多摩電力の仕事をしつつ、エネ協の教育プロジェクトの一環として、最近、多摩周辺の大学を中心に7大学23人の学生の参加を得て「次世代リーダー育成プログラム」も始めたという。そこで対話の機会を、とお願いしたのだった。(注7)

<自分らしいことをやってみる>

 

 「多摩電力の仕事が本格的に始まったばかりで、屋根を増やすための仕事も大変な中で、なぜ、いま学生たちに向けたプログラムをはじめたのですか?」と質問した。

 

 山川勇一郎さんは「この仕事は、まちづくり、地域づくりの仕事だと思っています。 自分が持っている教育への信念と、経験の蓄積を生かして、新しいプロジェクトに取り組んでいきたいのです」と語り始めた。

 

 学生たちは、社会の中でさまざまなかたちで活動している、ある程度のキャリアを持った若い先輩たちに出会って刺激を受けながら学ぶことが必要だ。それなのに、日本の大学は、そうした機会を用意してこなかった。そこで、比較的年齢の近い社会人のなかからメンター(助言者)となってくれる人たちを依頼し、学生との出会いの場を提供したい。多摩電力という生まれたばかりの社会的企業の中にいる自分と関わることも含めて、年上の若手社会人から刺激を受けた学生たちが、それぞれのプロジェクトを立て、成長する機会を用意したい。それは自分にとってこれまでの仕事の中で蓄積してきた経験を活かすことでもあり、「自分らしいこと」をし続けることで、周りの人々に自分を知ってもらいながら、対話を重ねて、この地域での関わりを増やし、「自分」を活かし育て続けることでもある――。山川さんはこう話してくれた。

 

 これまでやってきたことを自分の中に仕舞い込み、ここでの仕事に障らないよう、多摩電力の社員に徹して、与えられた役割の中に自分を封じ込める、などというスタイルはとらない。そのことが、結局、発電事業そのものをも豊かにしていくのだ、という信念で、若者とのかかわりを大切にして、多摩エネ協のプロジェクトを創っていきたい、ということだと思う。

 

 共感しながら聞いていた私は、バブルの頃、ある大学の入試で、教室で笑い合っていた生徒たちが、校門を出るとさっとニコニコ仮面を脱ぎ、険しい表情で散っていく、という漫画を見せて、感想を書くよう求める、という出題があり、話題になったことがあったのを思い出した。

 

 役割人間になりきって生きる時代も、役割仮面をつけて公私の自分を分断する時代も終わったとはいえない、この国の現実がある。自分の素顔や経験の蓄積を仕事の中で生かすことが自然だと思う若者が増えてきて、組織の側にもそうした人材を求める傾向は見られるものの、カラスの群れのようなリクルートスーツの学生たちが減る様子がないのを見れば、未だ企業社会の闇は深い。

 

 自分らしい生き方を求める若者が、個性的リーダーを求めてNPOや社会的企業で働くことが当たり前になる時代に向けて、NPOでのキャリアを持ち、最先端のソーシャルビジネスに転職してきた「兄貴分」が、新たな仕掛けを創っていこうとしていることに、エールを送りたいと思う。

 

<50年後の多摩は?>

 残り少ない時間の中で、「50年後の多摩を、どんなまちにしていきたいですか?」と私は尋ねてみた。最年少のこの人物以外に、ここの役員でこの質問を現実感を持って受け止められる年代の人はないのではないか、と思ったからである。

 

 固定価格買取制度が始まり、あちこちで資金募集の情報に接するたびに、長いスパンで、地域や国や地球の未来を考えられる人がいないと、15年満期の資金を人々から託されて、ファンドを運営していくのは大変だな、という思いが深くなってきている。

 

 今、37歳、子育て中で、50年後に自らの老いを生きている確率が高く、仕事に生きがいを感じているこの時期に、父陽一さんも含めて60代以上の人が目立つ多摩電力という社会的企業に、あえて転職をしてきたこの人なら、不確定な時代の荒波の中を、羅針盤を持って未来を見つめているのではないだろうか、という期待があった。
 

 その日は、午後に開かれる多摩エネ協の理事会を控えて、オフィスには、多摩電力代表社員の山川陽一さんや、江川美穂子さん、林久美子さん等の理事たちも姿を見せた。電話があちこちからかかってきて、慌ただしい空気に包まれつつあった。

 

 そのなかで勇一郎さんは、次のように答えてくれた。

 

 ――温暖化も進み、3.11を経験した状況の中で、経済が成長し続ける社会を思い描くわけにはいきません。経済が下降する地域で、幸せな社会――人と人とがつながることができて、お金に頼らず心地よい新しい暮らし方ができる社会――の仕組みを、市民から、日常の生き方から、つくっていく必要があります。オーストラリアにマレニ―という町があるのをご存知ですか?

 

 オフィスを辞した後にインターネットで調べて見ると、「マレニ―」(Maleny,日本語では「マレーニ」の表記もある)とは、オーストラリアの北東部、クィーンズランド州にある小さな町である。ブリスベンで心理学の大学講師や診療医として働いていたジル・ジョーダンさんが1977年にマレー二に移り住み、仲間たちと一緒にオーガニック商品を扱う小さな協同組合(コープ)を立ち上げ、地域通貨LETS(単位はバニヤ)も導入し、コミュニティを生き生きと再生させることに成功したという。(注8)

 

 多摩市は決して衰微しているわけではなく、職住近接が可能な、ニュータウンとしての構想は、住宅団地だけで閉じた空間として設計されている団地とは違って、今も人々を吸引し、通学・通勤してくる人々が街を往来している。

 

 しかし、目抜き通りにあるココリアでも、あまり高いものが売れている様子はなく、ぶら下がりの既成服を特売風にぎっしりとかけ並べて売るがらんとしたスペースが目立つ。統計によれば、小金井などより住民の高齢化が目立っており、地域の未来への危機感がないとはいえない。

 

 大災害、大暴落、深刻な不況などがこれからの50年間に起こらなかったとしても、人々が、余りお金をかけないで幸せな暮らしを、と願う時代が続き、50年後がやってくるのではないだろうか。

 

 エネルギーという、これまでどこから来るのかも知らずにジャブジャブと使っていたものも、住民がつくって、大切に使うものになり、衣食住に関しても、大量生産されて町の外からやって来るものよりも、まちのなかでつくり、リサイクルして回しあったり、顔の見える関係の中で必要を満たし合ったりすることがますます盛んになり、地域通貨やスモールビジネスが街を活気づかせるようになるのではないか?

 

 使えるお金はあまりなくても、多摩に行くと元気が出る、あんなまちに住みたい、帰っていきたい――そんなまちを創っていくまちづくり産業として、いま、生まれたばかりの多摩エネ協と多摩電力は、しっかりした羅針盤を据えて、言葉の真の意味での「成長」を続けているように思われる。

<世代をつなぐまちづくり>


 江川さんと林さんから、さらにいろいろなことを教えていただきながら緑豊かな公園を見降ろす食堂でカレーを食べた後、永山の図書館で調べ物をして、聖蹟桜ヶ丘の駅に向かうバスに乗った。

 

 先日の恵泉女学園大学でのお披露目のときに配られたパンフレットを頼りに、途中、聖ヶ丘センターで降りて、多摩電力の第2号発電所のために屋根を提供する、住宅型有料老人ホームのコミュニティ・カフェ風の食堂に立ち寄ってみることにしたのである。

 

 なかなか見つからない、と思ったのもそのはず、「ゆいま~る聖ヶ丘」は、周囲からは切り離された一棟の大きなビル、という、よくある形の有料老人ホームではなかった。

 

 「住宅型」というだけあって、低層の、いくつかにわかれた建物が静かな道の両側にあり、その一角にガラス張りの見晴らしの良いスペースがあって、住人の食堂であるとともに、食事の時間もその間の時間もオープンしており、外の人も歓迎、というしくみである。それらの建物の屋上を合わせると、約70kW分の太陽光パネルが設置できる、というわけだ。

 

 心やさしい職員ばかりで、ほっとしながら、汗びっしょりでかき氷を食べ、広々としたガラス張りの向こうの道を子どもたちが自転車で緩やかに走り回っているのを眺めたり、一輪ざしに挿されたほおづきに、一日の疲れを癒されたりしながら、棚に並べられている小瓶のコーヒーなどを買い込んでしまった。

 

 パンフレットを見ると、この食堂は、障がいがある若者たちの就労と自立を目指し、多摩市内で茶房やリメイクの小物などの店舗を運営し、八王子の広い畑で無農薬野菜・低農薬野菜を栽培する「夢畑」や、パソコン教室「夢像」などの事業を展開しているNPO法人多摩草むらの会が、引き受けているのだという。

 

 まるで自分の街にいるような落ち着いた気分で、夕立が来たらここに戻っておいしい夕ご飯でも食べようと思いつつ、今にも降り出しそうな戸外に出ると、そのあたりは、聖ヶ丘団地のこじんまりしたショッピングセンターで、コミュニティセンターも図書館もすぐそばにあり、スロープを降りたところがバス停なのだった。

 

 高齢化が進む多摩市には、20~30年前にスウェーデンやイギリスで訪問したホームにそっくり、という感じのさりげない場所に、新しいコンセプトのシンプルな老後のコミュニティがつくられていて、その屋根に、市民の手で太陽光の発電所が設けられるのだな、と実感しながら、私はバスで聖蹟桜ヶ丘に向かった。

 

 税金で老後のすみかをという願いは、ごく一部の人を除いて夢のまた夢になってしまったが、ミドルクラスにとっては、さまざまな老いを支える場のオプションが用意されるようになってきた日本。

 

 20年前の日本ではあまり見かけなかった有料老人ホームが、今はごく自然な形で地域の中にある、ということを考えれば、今は珍しい市民発電所も、保育園、幼稚園、小・中学校、高校、大学、公営住宅、民間マンション、老人ホーム、コミュニティセンター、図書館等々の屋根を活用して、ごく当たり前に地域のあちこちにつくられ、世代を繋ぐまちづくりの一角を、担っていくのではないだろうか?

 

 そうした変化が進む間には、省エネの技術やスキルも進み、太陽光以外の再生可能エネルギーの発達もあって、原発は「あの時代」の記念碑となるだろう。

 

 その日まで、否、おそらくはそのあとも、地域を結び世代をつなぐまちづくり事業の土台石として、コツコツと発電事業は受け継がれ、いま多摩エネ協がやっているような関連事業も、地域のあちこちで、多様な形で展開されて行くのではないだろうか?

 

こがねいコンパス第34号(2013年8月3日更新)

 

<注>
(1)2013年5月に多摩循環型エネルギー協会と改称。
(2)多摩の場合、2012年春に立ち上げられた一般法人多摩循環型エネルギー協議会が環境省事業委託に応募して選ばれ、多摩市地域主導型再生可能エネルギー事業化検討協議会を設け、その検討を踏まえて同年秋に多摩電力合同会社を設立し、受託後3年にわたり、この事業体からの報告相談等を受けつつ、発電事業を見守り、関連事業を行うというかたちをとっている。
(3)多摩エネ協代表理事の桃井和馬さんは、この日は「青年の船」に世界一周の「水先案内人」として乗船中で、翌週帰国早々、次の航海に向けて繋留中の船のホールで恵泉女学園大学の学生と多摩エネ協関係者への公開講座を行い、若者たちに市民活動についての理解の手がかりを提供した。桃井さん・高森さんら多摩エネ協関係者は、多摩市長・世田谷区長や市民エネルギー関連の若手の専門家とともに、5月末には新宿のライブハウス、ロフトプラスワンでトークショー「東京に『市民』発電所を!」を夜遅くまで行って、多くの若者を集めており、多摩エネ協の若者への働き掛けは、多角的に、楽しく元気に行われている。
(4)多摩エネ協では、第1号市民発電所の現地視察・見学を受け入れている。詳細については、下記HPを参照。 
(5)トランスバリュー信託は、昨年12月から、中小企業や市民団体による発電所を含めて、太陽光発電の運用管理業務を引き受けており、多摩電力のファンドである毎年分配型と生前贈与型の2種類を備えた「自然のちから アースソーラー たまでん債」の他にも、アースウィンド(石川県輪島市)、たはらソーラーウィンド、龍谷ソーラーパーク、もりやま市民ソーラー、コナン市民共同発電所、びっくり!エコ発電所@西京高等学校など、各地に受託実績を持っている。
(6)社会的企業(Social Business)とは、社会的課題の解決を活動の主目的として(社会性)、ビジネスとしての継続性を持ち(事業性)、新しい商品やサービスを生み出し、それを通して社会に新しい価値を創出する(革新性)をもった活動を指す。(多摩電力代表社員の山川陽一さんが、7月6日の集会のために経済産業省の報告書をもとにまとめた『市民の志金で地域発電所をつくる!』を参照)。
(7)下記の、多摩エネ協HP、「たまでんジムショチョーのつぶやき」、「次世代リーダー育成プログラム」に関するフェイスブックなどを参照。
(8)マレニーについては、ジル・ジョーダン自身が2002年秋に沖縄国際大学公開講座で語った講演のブックレット(下記⑥参照)が詳しい。

 

<参考となるリンク先など>

① 一般社団法人多摩循環型エネルギー協会
② 多摩電力合同会社
③ 「たまでんジムショチョーのつぶやき」
 「次世代リーダー育成プログラム」
⑤ たまプレ!
⑥ ジル・ジョーダン『個人のライフスタイルとコミュニティーの自立』
沖国大ブックレットNo11 発行元:沖縄国際大学公開講座委員会 発売元:編集工房東洋企画 2003

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
PDFファイル 5.3 MB

こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

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 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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