加藤春恵子(かとう・はるえこ)の

    もう一つの日本   Alternative Japan

第15回 原発と風車のまち・伊方へ

           ーー「魔法の城」からの脱出に向けてーー

 

<夜の瀬戸内海>
 5月の連休の前半に、関西で教えていたころのゼミ生たちと神戸で久々に会う機会があったので、そのあと、いったん大分に行ってからフェリーで折り返し、四国・愛媛県の伊方町に行くことにして、夜7時神戸発の大きなフェリーに乗り込んだ。

 

 東京に来てから3.11まで長いこと「ふくしま」を意識していなかったように、関西に住んでいた頃、「いかた」を意識することは、全くなかった。

 

 そんな日々を思いつつ、伊方原発のあたりを通過する頃を見計らって月夜の甲板に出た。どこが原発かは分からなかったのだが、左手の愛媛県側に長い半島が続き、ところどころに見える明かりに目を凝らしているうちに、右舷の方にも点々と明かりが見えることに気づいた。

 

 船室に戻ってテレビ画面に航海図を映してみると、「祝島」と書かれたところがあり、右手の山口県側の明かりのどれかは、上関原発反対のたたかいを続けてきたあの祝島の灯だったのかと、「伊方」と「祝島」という、原発に関心を持つようになってから私の脳裏に刻まれた2つのスポットが、瀬戸内海を隔てて向き合っていることを改めて実感した。

 

 瀬戸内海の西端の、太平洋と内海を隔てるドアのような細長い独特のかたちをした佐田岬の内海側の根元近くにある伊方原発で、ひとたび事故があったら、瀬戸内の海は、魚は、人びとの生命と暮らしはどうなるだろうか? 

 

 さらに、その伊方から数十キロの上関に、これでもかとばかりもう一つ原発をつくろうという人々がいて、3.11後の状況の中でもまだ諦めきっている様子はなく、伊方原発については、地震学者の警告を無視して安全性を強調し、今年度の原発再稼働候補の筆頭に挙げている、畏れを知らない人々の存在に、心が震える思いだった。【注1】

 

 

<三崎にて>
 早朝、大分に到着した。臼杵に一泊して、翌日「関サバ・関アジ」で魚好きには有名な佐賀関の港から、佐田岬半島の西の入り口の三崎港に向けて70分フェリーに乗り、小雨にかすむ沢山の風車を左手に見ながら、伊方町へ。

 

 港に近い路地を挟んだ築80年ほどの家で、女主人の祖父の代から宿屋をしているという菊屋旅館の、母娘きもいりの心のこもった魚料理を堪能して、バスの少ないこの半島をいかに旅するか、いろいろな情報を教えてもらう。

 

 翌朝は、まずお母さんの運転で朝食前の6時に出発し、佐多岬灯台方面にドライブして、1000kwの風車20基が並ぶ三崎ウィンドファームの状況を見る。

 

 伊方町は、原発があることで知られているとともに、風力発電に力を入れ、現在58基が稼働している「風車の町」としても知られている。

 

 この半島は、西から順に、三崎・瀬戸・伊方という3つの町に分かれていたのだが、2005(平成17)年に財政難の三崎町と瀬戸町が原発で潤っている伊方町に合併して、人口1万1千人ほどの現在の伊方町に統一された。

 

 合併以前、まず半島の中心部の瀬戸町が1991(平成3)年に小さな風力発電装置を設置し、三町それぞれが第3セクターによるウィンドファームをつくって、売電事業を興し、風車のまわりを公園化して、観光の目玉に据えていた。

 

 三崎ウィンドファームは、民家との距離に配慮を欠いて、騒音・低周波音の問題が提起され、睡眠を妨げないよう、夜間は民家に近い4基の風車の運転を停止しており、風力発電による被害の事例として、知られている。

 

 灯台に向かう道にある白い風車群は実に美しく思われるのだが、上記の事情で朝飯前のドライブの時間にはまだ停止している風車が散見され、風力発電と人間の暮らしとの関係に警鐘を鳴らす、エネルギーシフトの途上での失敗の反省の場としての意味を持つ場所ともなっている。【注2】

 

<伊方町役場へ>
 朝食の後、1日に2本しかない希少な路線バスに乗り、2時間、1220円かけて半島を縦断し、町役場に向かう。

 

 海の中に急峻な山脈が続くといった地形の佐田岬には、かなり高いところにある尾根沿いの道と、そこからぐんと下ったところにある海岸沿いの道があるのだが、私を含めて2~3人の乗客をのせたバスは、尾根沿いを直進する特急バスとは違って海沿いの道を辿り、集落ごとにあるバス停をいくつも通りすぎて、伊方町役場前へ到着した。

 

         特別養護老人ホーム
         特別養護老人ホーム

 まず、旧家に原発で働く人々向けの宿泊部分を増設したといった感じの民宿に荷物を置き、中学校や特別養護老人ホームの立派さに、これが音に聞く原発立地自治体の「ハコモノ」かと、ゆっくり見たりちょっと入ってみたりしながら再び役場に向かう。

 

 町役場の前には2つの大きな建物があり、そのひとつには中央公民館と原子力広報センターが入っていて、車がさほど沢山通るわけでもないのに、役場との間に2階部分をつなぐ立派な渡り廊下が道をまたいでつくられている。公民館/原子力広報センターの建物の隣は、生涯学習センターの建物で、図書館が入っており、町の人々の原発への取り組みの歴史を物語るように、原発関係の多くの蔵書がある。

 

 町役場には、車を乗り付けて傘をささずに中に入れる屋根つきの立派な玄関があり、広々とした天井の高いホールのような事務室が続き、フロア数こそ少ないけれど、わがまちの市役所などとは比べるべくもない坪単価の高い建物のように思われた。

 

 子どもたちが立派な学校で学ぶのもよいし、高齢者たちが町の中心部にある燦々と陽光の降り注ぐどっしりした建物で豊かな老後を過ごすのも素晴らしい。しかし、原発からの交付金でいわゆるハコモノにこれだけお金を使えるということは、それだけのリスクを背負ってこの町の人々が生きていることのあらわれなのだろうと、改めて実感する。

伊方町庁舎
伊方町庁舎
立派な渡り廊下
立派な渡り廊下

 

 役場の2階に上がり、アポイントをとっておいた産業振興課の担当者から、風力発電について説明を受ける。

 

 原発については、尾根の上の道沿いと役場前に、二つの大きな広報センターがある。一方、風力発電については、役場のHPに風車の町であることが示されており【注3】、観光用のパンフレットにも雄大な景色に溶け込んだ風車の写真が豊富に使われているものの、特に情報センターのようなものはないので、役場を訪れることにしたのだ。

 

 担当者の話では、先に触れた旧三崎町をはじめ、他にも騒音や低周波の問題が出されているところがあり、伊方町ではもう風車は満杯になっている、とのことで、町直営の風車をあと2つふやして全部で60基に、という計画は、現在の58基でストップということになるかもしれないという状況のようだ。

 

 既設の町直営の発電所は、資料によるとこの町の風車の中では決して大きいとはいえない850 kW の風車2基(計1,700kW)で完成以来7年間の年間売電量の平均が310kWhほど。

 

 もし既設の58基に建設予定とされている町営の2基を加えた全60基がこの町で稼働すれば、年間予想発電量は、1億7700kWh(一般家庭の年間電力消費量に換算して4万1800世帯分)、石油節約量は年間約4万3000kl(ドラム缶21万5千本)、CO2排出削減量は年間約12万4600トンと見込まれるのだという。

 

 風力発電というものは、人間の生活や自然環境との折り合いに十分注意すれば、太陽光発電に比べて発電量が大きく、エネルギーシフトに即効性のあるスケールの大きな事業なのだ、と改めて痛感する。

 

 

<風力発電の中心地・瀬戸>
 基礎知識を得たところで、タクシーを呼び、尾根の上の道へあがってもらい、風車導入のパイオニアである旧瀬戸町の風力関係のスポットと、伊方原子力発電所ビジターズハウスをまわってもらうことにする。

 

 運転手さんは、旧瀬戸町に代々住んでおり、地域の世話役もしたことのある人だった。風車に愛着を持っていて、いろいろ話をしながら案内してくれた。まず訪れたのが道の駅「瀬戸農業公園」で、建物の脇に丁寧に囲ったまるい土台があり、これは先述の佐田岬半島第1号の100kwの小さな風車が強風で折れた跡なのだそうだ。

 

  地域の人々の願いも空しく、再建はできていないのだが、瀬戸町の人たちが、それまでは厄介者のように扱われてきた南北に吹く強い風を、逆転の発想で活用しようと、風車に夢をかけて大切に設置してきた歴史がうかがわれる一角だった。【注4】

 

 瀬戸地域では、現在、11基が並ぶ第3セクターの瀬戸ウインドヒル発電所のほかに、(株)大和ハウス工業のリゾート事業と結び付いた佐田岬風力発電所(9基)や(株)ユーラスエナジー瀬戸による瀬戸風力発電所(4基)といった、民間資本単独による発電事業も行われている。

 

 

 観光資源として地域の集客に役立つようにと、新しい景観を創り出しつつ、夢のある21世紀のエネルギーパークづくりに、いくつもの発電所が歩調を合わせている様子は好ましいのだが、このあたりでも騒音・低周波音問題等が発生したところがあるということで、人間の暮らしと陸上の風車の関係のかじ取りには課題を残しており、海と風車との組み合わせをめぐる企業の関心が、近年、洋上風力発電の開発に向かいつつあるのも、納得がいった。

 

<職場としての原発>
 騒音等の被害の問題と並んで、もう一つ、原発と風車のある町で実感した問題点は、風力発電には人手があまりいらない、ということだ。

 

 尾根の上にある、「伊方ビジターズハウス」に入ってみると、愛嬌のよい若い女性が案内してくれて、伊方発電所についてさまざまな説明をしてくれ、屋上からは緑の樹林越しに実物を見おろすことができるのだが、そこには、原発3基すべてが休止している現在も、千数百人が出勤しているのだという。

 

 運転手さんは、原発が廃炉になったらこの町と隣の八幡浜市とで直接・間接に1万人以上の人々が仕事を失うのではないかという。

 

 休止中も千数百人が職場に出ている原発とは対照的に、現在58基(うち4基は昼間のみ)が稼働している、風力発電の集積に関しては日本有数の町である【注5】この伊方で、風力発電のためにここで働いているという人の数は決して多いとはいえない。

 

 設置時には地元の企業も潤うものの、点検や故障の手当てなどには都会から専門職がやってくる様子で、観光業への寄与はあるとしても、雇用の面で風力発電が原発の代替物にはなれないのが、現実である。

 

 人手が少なくて済む分、儲けはあるとしても、投資するのも、儲けを持っていくのも都会の企業で、地元の人にはさほどお金が回らない。【注6】

 

 とすれば、地元の人にとっては、原発事故も怖いがエネルギーシフトによる失業や地域活力の喪失の不安は大きい、ということになる。

 

 働き口の問題は、太陽光発電についてもいえることで、再エネが原発に代わる産業になりうるというのは、国全体あるいはグローバルに見た場合であって、個々の立地自治体について言えることではない。

<「魔法の城」からの脱出>
 原発というのは、何故あんなにコンパクトな職場でありながらまるで「魔法の城」のように人手をその中に吸い込んで地域に給料をまわし、住民がリスクに目をつぶるための巨額の費用までも供給して運営が成り立つことになっているのだろうと、改めて驚かずにはいられない。

 

 淡いクリーム色とピンクの壁とブルーの屋根をもつ伊方発電所の「魔法の城」で与えられる原発労働に代わる仕事を、脱原発の時代に、この地域の人々は見つけることができるのだろうか?

 

 無事一つ一つの原発立地地域が、ポスト原発の時代にふさわしい産業とライフスタイルを見つけ出していくことができなければ、国全体で原発再稼働を積極的に望む世論が多数を占めることがなくても、推進側が立地自治体の雇用不安を利用し増幅することによって、なし崩しの再稼働が増えていってしまうのではないだろうか?

 

 伊方町は、早くから「風力発電=風車」の導入に踏み切り、住民の健康との両立に苦慮しながらも、対応に努力している。

 

 このまちが、20世紀後半の花形エネルギー産業であった原発よりも、21世紀のエネルギー産業である風力発電を前面に押し出して観光の目玉とし、「風車のまち」と自らを呼んで、子供向けのかわいい資料をふんだんに入れた風力発電学習の頁を役場のHPに入れるという力の入れようを示し、次世代を視野に入れた観光と農漁業とを両立させて、新たなまちづくりを目指していることを、私は、高く評価したい。【注7】

 

         伊方町のホームページから
         伊方町のホームページから

 しかし、一旅行者として感じたところでは、まだこの町の観光は、「風車」のロマンと夢にひかれる人々や、環境問題に関心の深い家族連れなどの宿泊・飲食の好みを考慮したサービスの多様化が進んでいるとは言い難いように思われる。

 

 メルヘンチックなパステルカラーの伊方原発という「魔法の城」からの脱出の力となるような、20世紀から21世紀の変わり目のエネルギー産業に取り組んでいるまちにふさわしい観光産業が、現在の港町・漁師町の情趣を損なわない形で、興されていくとよいと思う。

 

 そのためには、健康被害の問題にさらに本格的に取り組み、撤去すべき風車は思い切って撤去して、風車と人間とのかかわりをめぐる試行錯誤の歴史に、住民の側に立った問題解決のモデルを示し、伊方の風車の評判を上げていくことも必要ではないだろうか?

 

<私たちにできることは?>
 脱原発のために都会の人間にできることは何だろうか?

 

 もちろん、デモも、選挙などを通じた政治参画も、節電も、市民発電も大切だが、旅行や、物品の購入を通して、原発立地自治体の新しいまちおこしを応援するとともに、それぞれの町の脱原発への歩みに心を寄せ続けることも大切だ。そのように敦賀でも、大飯でも、伊方でも痛感した。

 

 脱原発の願いを抱いて、旅に出るなら、もちろん、脱原発先進国ドイツに学びに行くのもよいし、国内の原発廃炉運動支援型のツアーへの参加の道もあるが、必ずしもそればかりではない。

 

 南海トラフの地震はもちろん心配だが、20世紀の原発と21世紀の再エネがひしめく佐田岬という稀有の細長い半島への旅に出て、おいしい魚を食べながらエネルギーシフトについて語るという、大小さまざまな人数での「エコツアー」という選択肢もあるだろう。

 

 和風料理もいいけれど、フレンチやイタリアンや自然食風魚料理もほしい、と土地の人に伝えて見るという関わり方もある。

 

 旅に出なくても、この地域の農業の柱であるかんきつ類を、輸入のオレンジやグレープフルーツを買う代わりに宅急便で取り寄せて、気に入った品種のリピーターになるという道もある。【注8】

 

 瀬戸内海と太平洋の境目に生きて、強風を受けながら内海の平穏を支えているこのまちのひとびとが、わが町の宝をもっともっと掘り出し、都会の人びととつながって、原発の時代を卒業していくことができるよう、応援したいと思う。

 

 もちろん、同様のことは伊方ばかりでなく、他の原発立地自治体についても言える。

 

 原発立地自治体と電力消費地である他の自治体の人間が、「しごと」「生産」「生活」「学習」「旅」「保養」などでつながる。それによって原発に替わる、地域の宝を活かした魅力的な「仕事」がそれぞれの地域に興されていくーー。それなしには脱原発は達成できないのではないだろうか?

(終わり)

 

こがねいコンパス30号(2013年6月1日更新)

<注>
(1) 伊方原発については、「伊方原発をとめる会」のHPに、運転差止訴訟の第2次提訴関連など、多くの情報がある。


 上記HP収録の第2次訴訟の「訴状」には、伊方原発の抱える問題点がコンパクトにまとめられていて、わかりやすい。

 

 また、伊方原発設置の話が持ち上がって以来の経過については、地元のジャーナリストの故・斎間満氏による『原発の来た町――原発はこうして建てられた 伊方原発の20年』(2002 南海日日新聞社刊)を、反原発運動全国連絡会の尽力でインターネットで読むことができ、年表もあって、大変参考になる。

 

 なお、伊方原発再稼働については、2013年2月以来各紙で報道されている。

 

(2)風力発電関係では、武田恵世『風力発電の不都合な真実』(アットワークス 2011)、斎藤純夫『こうすればできる 地域型風力発電――地元に利益を生み、愛される風車の実現』(日刊工業新聞社 2013)、高橋真樹『自然エネルギー革命を始めよう――地域でつくるみんなの電力』(大月書店2012)22―48頁、等を参照。

 

(3)伊方町役場www.town.ikata.ehime.jp/
          →伊方町プロフィール→風車のまち→風車アラカルト→伊方の風車の仕組み(絵本風)→風車マップ(同)


(4)見学者のために町が用意した「愛媛県伊方町の紹介」には、「佐田岬半島は年間を通じて風が強く、冬季は北よりの風が、夏季には南よりの風が一定に吹くなど、大変風況のよい地域です。この風は、農業や漁業を基幹産業とする当地域では厄介者とされてきましたが、逆転の発想で地域振興を図ろうと旧瀬戸町では、平成3年4月、道の駅「施と農業公園」に100kwの実用型風車を設置し、公園内施設の電力源として利用するとともに、観光客の誘致素材として活用しました」と記されている。


(5) 2012年4月作成の新エネルギー・産業技術総合機構(NEDO)の資料によると、愛媛県は、全国の都道府県の中で設置基数では11位、総発電容量で15位となっており、基数でいえば、西日本では長崎・和歌山に次いで風力発電の盛んな県である。

 

 宇和島市に2014年に開設予定の南愛媛風力発電所が完成するまでは、愛媛県の数字はすべて伊方町の風力発電によるものである。

 

(6) 注3を参照

 

(7) 第3セクターに関する伊方町の出資比率は、三崎ウィンドファームと瀬戸ウィンド-ファームが10%、伊方ウィンドファームが20%であり、立ち並んだ風車がもたらす利益の大半は都会の企業のものとなっている。

 

(8)「伊方共選」、「三崎共選」等のキーワードで見つけることのできる、佐田岬地域の主要農産物のかんきつ類に関するHPは、この土地に生きる人々の生きざまや子どもたちの笑顔を伝えていて興味深い。無農薬・有機といったキーワードを加えても、ニーズに合ったHPが出てくる。旅から帰って、これまで見過ごしていた、ミカン箱に書かれた産地名が、身近になったのを感じる。

 

加藤春恵子(かとう・はるえこ)さんのプロフィール 

 『女たちのロンドン』『広場のコミュニケーションへ』『女性とメディア』『福祉市民社会を創る~コミュニケーションからコミュニティへ~』など、社会学者としての仕事を重ねて、定年後の現在は「ケアサポート湧」、「トランジション・タウン小金井」など、小金井の様々な非営利・市民活動に参加している。桜町在住。

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
PDFファイル 5.3 MB

こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

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小金井市のイベント情報は、小金井市地域情報サイトのさきナビでも見ることができます。バナーをクリックしてください。

 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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