加藤春恵子(かとう・はるえこ)の

もう一つの日本    Alternative Japan

第13回 福島県いわき市を歩く(前編)

――3月、久之浜(9日)から

  勿来(10日)、南台双葉町(11日)へ――  

 常磐線で

 
 福島に行きたい、と思いながら2年が経ってしまったところへ、小金井市の環境フォーラムでいわき市のNPO「勿来(なこそ)まちづくりサポートセンター」の館敬(たち・たかし)さんのお話を聴いて、3月10日のイベントのことを知り、東京の大集会とどちらにしようかと迷った末、やはりいわきへ、と決めた。

 

 3月9日の朝、上野から常磐線に乗り、隣席に乗り合わせた50歳前後の男性から、さまざまなことをきかせてもらいつつ、2時間半ほどの旅をした。


 若い時に本土の工事現場で働くようになってから、沖縄の母に仕送りを続け、盆と正月には必ず帰り、仕事が途切れた時も故郷に帰って失業保険をもらい、仕事場でできた友達のつてで次の仕事を見つけるのだとのこと。

 

 工事現場には、故郷に仕事が少ない沖縄と北海道の人が多く、若い時に出稼ぎを始めて、そのまま世帯を持っていない人も少なくない。

 

 故郷の海が基地移転で汚されるのは残念だが、仕事がない、ということにそもそも問題がある。

 

 自分も3・11の少し前までは、これから訪ねていく友達といっしょに、楢葉のJヴィレッジで働いていたのだ、と語る中年の沖縄出身の男性の話は、私の心に改めて日本社会のありようを刻みつけてくれた。

 

 職場がないために稼ぎ手が出ていかざるを得ない海辺の村や町の人々の、家族一緒に暮らしたいという悲願が原発を受け入れさせたのだし、新たな基地や危険な産業もまた、そうした願いに乗じて出現してしまうかもしれないのだ。

 

 

 久ノ浜で


 2時間半ほどの旅をひとまず終えて、二つ先の、原発事故のため今は常磐線の東京寄りの仮の「終点」となっている広野駅までいくという男性と別れ、久ノ浜(注1)という駅で降りた。

 

 常磐線沿いに駅が10もある広大ないわき市(注2)の、北から2番目に位置するこの駅付近にある「浜風商店街」という仮設の復興商店街の元気のいいホームページを見つけて、まずそこを訪ねたいと思ったからである。


 腹ペコで、小学校の校庭にある「浜風商店街」にたどり着き、まず、「からすや食堂」へとびこみ、ボランティアができない人はせめて積極的に買い物をしよう、という被災地訪問の心得に従い、メニューの中で一番高そうな700円のかつ丼を注文。マスターが手抜きをしないでしっかりこしらえてくれたかつ丼は、びっくりするほどおいしかった。

 

浜風商店街のホームページから
浜風商店街のホームページから

 きびきびと立ち働いている奥さんから、合間を縫って話を聴くと、線路の山側のこのあたりには津波の痕跡も見えないのだが、商店街の人たちの住んでいた海岸沿いはほとんど家が流され、残っていたところも地震当夜に火事が出て全焼してしまい、死者50人・行方不明13人という大被害を受けたのだという。


 そのうえ、第一原発30キロ圏内のため、4月ごろまでは、地域外への自主避難もしなければならなかったという状況から,久之町商工会はきずなを強めて立ち上がった。

 

 昨秋オープンしたこの商店街の名前「浜風」は、町内の高齢者や障害者を助けようとして自らも津波にのまれた人望の厚い市会議員の高木芳夫さんの会派の名前をもらってつけたものだとのこと。

 

 「こんな風に話をさせてもらうと、私たちの癒しになるんです」と言ってくれた温かさが、この商店街中に溢れていて、地元の人の日常的な買い物の場であると同時に、全国からバスでやってくる人々が絶えないのも無理はない、と思った。

 

浜風商店街の人たち
浜風商店街の人たち

 しっかり買い物をするはずだったのに、荷物が重くなりそうで、ためらっているうちに、逆にみそおでんやコーヒーの御接待まで受けてしまい、また来よう、と心に誓っていったん駅にたどり着き、もうひとがんばりと海に向かうと、突然、もう瓦礫は片づけられているものの、白っぽい土台石ばかりの異様な風景が開け、どきっとする。


 犬の散歩をしているご夫妻と出会い、立ち話。借り上げのアパートで暮らしている網元さんだということで、ここでも「浜風」の高木さんの名前が出て、高木さんが居られないので話がなかなかまとまらなかったのだが、ようやくここに建てたい人はここに、高台へ移りたい人はそちらに、と選べるように決まった、ということだった。

 

 

 ポツンと一つ小さなお宮が残っていて、「ここに故郷あり」というのぼりが風にはためいている。

 

 後でインターネットで調べたところ、「津波にも負けなかった久ノ浜の小さな神社・秋義神社。浜通りの誇りにしたい」と言葉を添えた写真にぶつかり、神社の名前も人々の想いの深さも知ることができた。(注3)

 堤防に上がると、春にしては深い色の見事な海が広がっている。そこで出会った大正生まれと自ら言われる女性Nさん=写真=と一緒に散歩しながら話を伺う。

 

 弟が鉱泉宿を営んでいる山あいの実家に行っていたところ、地震・津波が起こったので、そのままそこに長くとどまり、最近になって流されなかったすぐそこの娘の家に戻ってきたら、知り合いもいなくなっていて・・・ということだった。

 

 昔、3里(約12キロ)の道を学校に通っていたから足腰は達者だというNさんに助けられてようやく堤防から降り、駅まで近道を通って送っていただき、お別れした。

 

 実家まで今でも徒歩で行かれるという話だったので、80代後半のこの小柄な女性の持っているパワーには測り知られぬものがあり、寂しさに耐えて、これからもしっかりと久之浜を見守っていかれるのではないかと思う。

 

 

 植田・勿来(なこそ)で

 長い一日の旅を終え、同じいわき市内とはいえ常磐線で30分ほどの市の南端に近い植田駅に戻り、駅前のホテル富士へ。満杯御断りばかりのウエブにいら立ちながら、苦労して見つけたこのホテルの清潔で親切なことときたらない。


 4700円でト―ストと飲みものの朝食つき。そのうえ「なこその希望ウォーク」の集合場所の勿来市民会館まで車で送ってくれ、知り合いの女性のボランティアに紹介していただき、ただちにその女性が、小金井でご挨拶してあった勿来地区ボランティアセンター理事長の舘敬(たち・たかし)さんに連絡してくださった。


 ウォークに参加するといっても、膝が弱いので、適宜タクシーを使おうと思って電話番号を控えていた。だが、ウォークの道筋の津波犠牲者の出た海岸に設けてある、3か所の慰霊スポットに先回りして到着者を出迎え、鎮魂と励ましのためのパフォーマンスをする人たちを送迎する車に同乗させて頂けることになった。


 舘さんに「翌日は双葉町の人たち240戸が集まっている南台団地というところに行きたいのですが、バスはどこから出るのでしょう」とお尋ねすると、早速、ウォークに参加するために来ておられた最適の方にご紹介下さるという重ね重ねのありがたさ。

 

 もとはと言えば小金井商店会連合会といわき商工会が今年1月に交流協定を結び、2月の環境フォーラムのときに舘さんが小金井に招かれたり、復興支援の「夜明け市場 in小金井」にいわきの商店会からの出店が行われたり、という御縁があったからこその恵みである。


 小金井からの団体はなかったようだが、同じ元炭鉱町同士で交流の深い山口県の宇部市からは、バスで数十人が参加していた。

 

 朝から好天に恵まれ、市内7割・国内各地3割の参加者総勢750人ほどが集まってラジオ体操をして、韓国の太鼓と文楽の人形の組み合わせの賑やかなパフォーマンスで送りだされ、つぎつぎにウォーキング・コースへ。

 

 広場が空っぽになったところで、昨年の鎮魂祭に続いて大阪から参加したという芸能団「木偶舎」の面々と、車で出発。


 人口約33万のいわき市は死亡者441名を出しており、3・11とそのあとの余震とで、地盤の沈下が著しく、こわれたりいたんだりした家屋も多い。人の出入りという面で見ても、自ら被災地でありながら、被災者や原発労働者を受け入れているという状況なのだという。(注4) 


 最初のご焼香スポット「錦須賀海岸沿い」では、下の写真手前に映っている韓国の太鼓の響きに迎えられて、海に向かった焼香台に長蛇の列ができ、ピンクのジャンパー姿のボランティアが整理に大活躍していた。

 

 

 錦須賀海岸では堤防が崩れてはいなかったのだが、次のご焼香スポットの「岩間海岸沿い」では、無残に堤防が壊された跡が残っており、土嚢が積まれている=右の写真。

 

 岩間では、家がすっかり流されているというのに、地域の方々がおもてなしをして下さり、豚汁や甘酒等がふるまわれた。

 
 70前後の女性の話では、外出先で津波と聞いて途中で車を捨てて家に戻り、身体が弱って2階で寝ている夫のもとにたどり着いたとたんに津波が家に入り、2階までどっと追いかけてきて、水の中で生きた心地もしなかったという。

 

 

 ウォークの折り返し地点の「小浜海水浴場」では、工事が行われていて土地の方の姿はほとんどなく、葬儀社の女性たちが焼香台の側に立っていた。ただひとりひっそりと横の方におられた地元の女性の話では、津波で流された海側のすぐ前の家が自分の家に入り込んでくるような状況だったとのことだ。

 

 出発点に戻って、おいしいカレーを食べ、朝迎えて下さった女性が私を見つけて車で送ってあげるということになり、しばらく待つ間に、これまでの経過を示す展示を見たり、ボランティアの方々の働きぶりを見ていると、改めてすごいと思う。

 

 地震津波に原発事故まで加わった未曾有の大災害から2年たって、被災自治体のいわき市は、直接自分の家に被害はなかったところの住人でもかなり疲れていると思うのだが、生き生きと大勢の人たちが参集して働いており、そうしたなかへ筑波大の学生たちが車でやってきて、温かく迎えられ、土地の人とともにピンクのジャンパーを着て活動している。

 

 午後からは、この辺りの名物らしい強風が吹き荒れて、傘もささないのに身体ごと吹き飛ばされそうな勢いだったのだが、宿の近くの書店まで送っていただき、翌日に備えて資料などを買うことができて、ありがたかった。


 人間が繋がることのできる持続可能な地域力のあるまちとして、いわきの勿来地区は、いまも私の心に焼き付いている。

 

*後編は4月20日発刊の次号に掲載します。

 

<注>

(注1)一徳堂写真館<徳さんの写真日記in いわき」参照。このブログでは、まだがれきが散乱していた2011年夏の久之浜の状況も見ることができる。なお、私が行けなかった久之浜漁港付近で若い漁師の想いを聴いたMasaki TOJOさん、ホットスポットで線量計の数字を映し続けたcosmo 888さんによる動画(資料参照)等も、ぜひu-tubeでご覧いただければと思う。

 

(注2)駅名は片仮名の「ノ」が、公式の地域名は「之」が用いられている。なお、ブログなどでは、地名でも「ノ」や「の」などが用いられていることもある。

 

(注3)1966年に5市4町5村が合併して誕生。

 

(注4)2013年3月の段階で、死亡者441名(死亡認定を受けた行方不明者37名を含む)。建物被害90,522棟(全壊7,916棟、大規模半壊7,277棟、半壊25,250棟、一部損壊50,079棟)。市街へ避難しているいわき市民7,727名(3520世帯)、いわき市内への避難者数23,901名(うち双葉郡8町村23,058名)。

 

<参考資料>

 ▽いわき市ホームページ

▽いわき市:津波の範囲。仮設住宅一覧原発からの距離マップ【東日本大震災(地震、津波)、被害状況専門サイト】

▽浜風商店街-久之浜町商工会ホームページ一

▽徳堂ブログ『一徳堂写真館<とくさんの写真日記inいわき』

▽Masayuki TOJO『原発震災を経験して 福島県の若手漁師の想い』(u-tube)

▽cosmo 888『報道されない久之浜漁港【放射能汚染】』(u-tube)

▽川添早央里「いわき市の東日本大震災の影響に関する一考察」『ソシオロジカル・ペーパーズ』第21号 pp1-26 2012年3月 早稲田大学大学院社会学院生研究会

 

加藤春恵子(かとう・はるえこ)さんのプロフィール
 『女たちのロンドン』『広場のコミュニケーションへ』『女性とメディア』『福祉市民社会を創る~コミュニケーションからコミュニティへ~』など、社会学者としての仕事を重ねて、定年後の現在は「ケアサポート湧」、「トランジション・タウン小金井」など、小金井の様々な非営利・市民活動に参加している。桜町在住。      

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
PDFファイル 5.3 MB

こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

詳しくはイベントカレンダーのページをご覧ください。こちらから。

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小金井市のイベント情報は、小金井市地域情報サイトのさきナビでも見ることができます。バナーをクリックしてください。

 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

前編はこちらから。

後編はこちらから。

*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

前編はこちら

後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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