特別インタビュー

民主党小金井支部幹事長  村山秀貴さん(後編)

3・24小金井市議選を終えて――

 3月24日投開票の小金井市議選で落選した民主党小金井支部幹事長・村山秀貴氏は、敗因をこう語った。

 自分に「油断」「おごり」「怠慢」があった――。

 

 そして、稲葉市政の下でキャスティングボート(勢力が伯仲している状況での決定権)を握っていた民主党。議会では、どのような動きをしていたのか。

 

 *前編はこちらから

――まず、「油断」というのは?

 
 「俺はまさか(落選しない)」と思っていたということです。

 

 油断ゆえに・・・何をしたかというと、今回、民主党がまずいというのは分かっていましたが、新人を入れて4人候補者を出したわけです。それでほかの候補者の心配ばかりしていました。

 

 あと・・・これは民主党内の人ではありませんが、普段から仲良くしている、ある方が私の事務所に来て「今回は○○さんが危ないと聞いているから、本当に村山君のことを応援しているのだけど、今回はあの人も落とすわけにはいかないから、あの人へ投票する」とおっしゃいました。そういう方が3、4人はいました。

 

 私は「ええ、○○さんを落とすわけにはいかないから、どうぞ」と言いました。本当は、そこで「何を言っているんですか。民主党が苦しいのは分かっているじゃないですか。僕だって危ないんですよ」と言わなければならなかったのです。

 

 民主党の中でも、新人の岸田正義君や現職の鈴木成夫さん、宮崎晴光さんを落選させてはいけないから、(今回は他の候補者に投票するという人に対して)「どうぞ、どうぞ」と言う場面がありました。

 

――それは「油断」というよりも、小金井支部の幹事長としての責任感があったからではないですか?

 

 その通りです。今回、私は上位で当選してはだめだと思っていました。上位で当選することよりも、4人で全員当選しないと意味がないと思っていたのです。まず、それが「大油断」です。

 

民主党候補者の4人。上段の村山氏と宮崎氏が落選した。民主党小金井支部のチラシから
民主党候補者の4人。上段の村山氏と宮崎氏が落選した。民主党小金井支部のチラシから

 

 そういう雰囲気というのは周りに伝わります。候補者が選挙事務所で人と会って、先のような話をされた時に、追いすがるどころか「分かった、分かった」と言っているようでは・・・。ドアの向こうにいるスタッフも「そうよね」というのはあったかもしれない。


 まあ、結果論ですけどね。その時には、そんなことはないと思っていましたから、だって日々やるべきことはやっていたわけですから。

 

 次の「おごり」というのは、人との接し方で、4年間で上から目線になっているのではないか、人の話をちゃんと聞かなくなっているのではないか、という声は落選する前からありました。しっかり受け止めようと思っています。

 

 もう一つ、「おごり」と言えば、「地域活動をここまで現職の市議会議員でやっている人はいないだろう」と考えていたことです。市議の人はみなさん地域活動をやっていらっしゃいますが、小金井市のメジャーな行事にここまで顔を出すだけでなく、事務局長として仕切っている人間は僕しかいないと思っていました。この点ですね。

 

 議会が開かれていないとき、私の時間の半分以上はそうした地域活動に使ってきました。現に今日(4月2日)もそうです。落選しているのにもかかわらず、朝からずっと献血推進協議会の会議に出たり、阿波おどり大会のために市役所との打ち合わせをしたりしています。

 

 強がりではなく、別に選挙のためにやってきたわけではないし、こういうことをやって見えてくるものはありますから、全然良いのです。ただ、選挙的に考えると「まちの便利屋」とはなっていて、僕のことを「応援はするが、投票はしない」という人が実に多かったということです。

 

 あとは政策的な「おごり」ですね。人格的な部分と、地域活動から生じたおごり、そして議会のなかで生じたおごりですね。

 

 ただ、ここが難しいのです。私自身、「どうなんだろう?」と今悩んでいるところです。要するに、政治家はみなそうですが、自分が訴えていることが正しいと思ってやっているわけです。ところが、そうじゃなかったんだろうと思うのです、恐らく。

 

 例えば、リース庁舎の問題があります。私は、これは無駄づかいとは思っていませんでした。そういうことを選挙中も演説で言っていたんです。僕は、こういう選挙の時に名前の連呼と「お願いします、お願いします」と繰り返すのは嫌だったんです。もう8年も議員をやっているのですから。

 

 最初の選挙の時はまだ良いかもしれません。知名度も低いし、「実績」もないわけですから。ただ、議員の「実績」と言っても、市長とは違って執行権を持っていないわけですから、本当に「実績」と言えるかどうか。今回の選挙でローカルマニフェストを提示しましたが、(国政とは違い、二元代表制の地方自治なので)マニフェストと言ってよいのかどうか。おかしいのではないかというのは分かっていて使っていました。

 

 何が言いたいかというと、選挙は良い機会ですから、市民の方たちに様々な情報を伝えたかったのです。というのは、あまりに稲葉市長系の自民、公明の候補者が言わなさすぎる。それが前々から不満でした。

 

 リース庁舎については私は無駄ではないということを説明してきました。ところが小金井とは離れている私の高校時代の友人にこの話をすると、「お前な、1年間3億円(の賃貸料)を払っていることを聞けば、市民はみんな一瞬、ぎょっとするよ」などと言うのです。そのあたりが、おごりだったんですね。自分では説明できた気になっていたのですが、無理だったのですね。まして、争点にもなっていなかったことをなぜ言ったんだろう、と。

 

――3つめの「怠慢」というのは?

 

 (前の任期の)4年間にどこまで新しい人と関係をつくろうとしたか。私は、朝の街頭演説は、全然やっていませんでした。インターネットでも、ホームページを全然更新していませんでした。それらを含めて「怠慢」だったかな、と思います。


 ただ、正直に言えば、地域活動の事務局長などを引き受けていると、もうそれでアップアップだったわけです。まあ、これも言い訳ですが、これ以上やるには議会活動を削るしかいない。しかし、そうなると「何をやっているの」という話になりますから。

 

 私は、地域活動では名誉職的に名前を連ねていたのではなく、事務局長などとして自分で資料をつくり、司会をやってということばかりやっていました。だから、「もうこれ以上は無理ですね」と思っていたのですが、でもそれがだめだったということです。

 

――今回のローカルマニフェストへの評価、評判はどうでしたか?

 
 正直、自分の耳に届いている評判はあまり手ごたえがありませんでした。そこはちょっと「あれ?」と思っていました。

 

 民主党小金井版のチラシでは3、4回ぐらいローカルマニフェストについて掲載し、配りました。3回目か4回目ぐらいになって、「マニフェストのここは良いですね」という声を聴くようになりました。

 

 ただ、それにしてもじっくり見てくれる人はあまりいなかったのかなという思いは自分の中にはあります。

 

 4年前からローカルマニフェストを提示していますが、その時はかなりざっくりした内容でした。昨年9月にそのローカルマニフェストを検証するチラシを出したのですが、4年前の内容は具体的に踏み込んでいないのでなかなか検証しにくいものでした。今回は退路を断とうと考え、「具体的に出そう」と提案しました。

 

 「原発ゼロ社会」という時に、では具体的に何をするのか、ということです。ローカルマニフェストの議論では数か月、延べで半年間ぐらいかかりました。特に選挙に近くなると毎日のように議論し、私が中心になってまとめました。

 

民主党のチラシから。クリックする拡大されます
民主党のチラシから。クリックする拡大されます

――市議選に影響した要素として国政レベルでの民主党への失望が大きかったわけですが、小金井市固有の要素としては2011年12月の市長選挙で、自公勢力の稲葉孝彦氏を条件付きで民主党が支持したということがありました。これは今回の市議選には影響したのでしょうか?

 
 支持を決めた直後はすごくありました。当時は、私を本当に応援してくれていた人の中で何人もが離れていきましたし、チラシの受け取り拒否もすごくありました。

 

 ですが、市議選の段階で動いている時には、もう市長選も終わって1年が過ぎているわけですから、あまりそのことでどうこう持ち出す人はいませんでした。

 

――市議選の結果を「こがねいコンパス」で報じた際、民主党を「与党勢力」として扱わなかったのですが、読者から「民主党は、与党ではないのか」という指摘を受けました。民主党の稲葉市政への立ち位置はどうだったのですか?

 
 全然、与党ではありません。私はまったくそう思っていはいません。ただ、(議案の賛否などが)そう思われる結果になっているので、「与党じゃないか」と言われると、「そちらでご判断ください」としか言いようがありません。

 

 与党か与党ではないかの基準について、8年間、議員をやってみて思ったのは、少なくとも私が見ている与党議員は、稲葉市長が出した政策についてほとんど議論せずにスルーしていたということです。

 

 実は表に出る前に、こちらが色々と言うことによって市長が政策を変えたということがたくさんあります。

 

 例えば「年少扶養控除廃止に伴う保育料値上げの見直し」もそうです。具体的にこちらの要求をのんでもらっているので、(議案が)出てきたときには当然、賛成することになります。市民から見れば分かりにくいし、私もそんなことを声高に言うつもりもないし。

 

稲葉市政の「与党ではない」と話す村山氏
稲葉市政の「与党ではない」と話す村山氏

――与党勢力だけでは過半数に達しない議会構成では、民主党の動向で議案が通る、通らないが決まります。それゆえに市長としては民主党に配慮せざるを得ないということですか?

 
 なんでもそうですよ。あまり与党、野党という呼び方も良くないのかもしれませんが、分かりやすく説明するためにそうした言葉を使うと、「あまりはっきりした考えを持っていない与党」と「明確な主張のある野党」の中で、どちらも民主党の顔色をうかがい、こちらがタオルを投げたり、いろんな提案をするという場面が何回もあったと思います。それはキャスティングボートを持っている強みだし、稲葉市長が(2011年12月の選挙で)戻ってきても同じような状況でした。

 

 年少扶養控除廃止に伴う保育料値上げ問題だけではありません。今年2月の定例会で、市役所の男女共同参画室の組織替えをする条例案を審議未了・廃案とする形で、事実上、条例案をひっこめさせたのは、私たちです。

 

 私は企画財政部長が会派控室に条例案の説明に来た時から「これは難しいですよ」と、はっきり言いました。関連する予算には賛成しましたが、条例案は審議未了・廃案にして、予算を執行できないようにしたのです。

 

 ただ、こういうのはなかなか市民には説明するのは時間がかかります。年少扶養控除廃止に伴う保育料値上げ問題では、議会側と市当局側の調整で、あのような(値上げの撤回という)結果になりました。ただ、そうした折衝は「密室政治」と受け取られてしまう恐れもあるので、市民のみなさんへの説明が難しいところですね。

 

――民主党は小金井の中でこれからどのように立て直すべきとお考えですか?

 

 私はもうそれにコメントできる立場にないと思っています。民主党小金井支部の幹事長という役職は残っていますが、市政については当選した二人に託したいと思います。二人がどう判断するかです。

 

 市政以外の都政、国政についてですが、まずは当面の都議選に向けてしっかり頑張らなければなりません。私自身、まだ落選して8日しか経っておらず、分析がまだ終わったわけではないんです。

 

 全員が痛くても(問題点を)共有しなければなりません。「年少扶養控除廃止」の問題でも市民のみなさんに分かりやすく説明すべきだったかもしれません。自分たちが予期しなかった、耳に痛いような意見も含めてちゃんと受け止めなければなりません。

 

 それに目を背けていれば、党の再建どころか、国政においては次の参院選でもぼろ負けだと思います。

 

 小金井の中でもいろんな市民の方がいる。11万人の市民にどのような訴え方をすべきか。何を、どのように、いつということをもう一度洗い出しをしないといけません。

 

 気が付いたら、悲しいことですが「民主党って、稲葉さんの与党でしょ」と思われているんでしょうし、結果、そうなっているのですが、そこに至るまでは(市長側との)せめぎあいがあるのです。(2011年12月の稲葉氏の)市長選でのごみ問題に関する公約も、私たちが(支持のための)条件を付けたから出てきたのです。ここまで来たのは、私たちの功績だと思っています。

 

――村山さんご自身は、これからどのような活動を?

 

 まだ白紙です。ただ、白紙ではありますが、政治の世界から身を引くことは考えていません。まあ、今月ぐらいは身辺整理を含めて、自分を見つめなおそう。そうしないとダメだな、と考えているんです(笑)。

 

 (敗因を自分の)「油断」「おごり」「怠慢」と言いましたが、本当にそれだけだったのか。いろんな人からいろんな意見を聞きながら、自分自身で見つめなおさないといけないなと思います。


(終わり)

 

村山秀貴(むらやま・ひでき)さんのプロフィール

 

1971年9月、田中角栄元首相の地盤である新潟県湯沢町に生まれる。

 

高校生だった1989年、「消費税導入」「中国の天安門事件」を目にして、「政治というのは、自分たちの生活を大きく変えるんだな」と強く感じ、政治への関心を高める。

 

政権交代可能な二大政党制が日本政治に必要と考え、民主党へ。民主党の衆院議員の秘書を務めた後、2005年3月から2期8年間で小金井市議。

 

小金井市議を選んだのは、学生時代の友人が小金井市に住んでいてその当時からよく来ていたのと、秘書時代に小金井市が再開発問題で揺れている状況を知って関心を持っていたためという。

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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 『コンパス』は、羅針盤を意味します。辞書によれば原義は「ともに歩くこと」です。市民が市政をより深く理解するための一助となり、よりよい小金井市政のあり方を考えるときの羅針盤でありたい。市民のみなさんと一緒に歩んでいきたい。そんな思いを込めています。

 

 

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