特別インタビュー

民主党小金井支部幹事長 村山秀貴さん(前篇)

3・24小金井市議選を終えて――

 

 

 小金井市議選の投開票日(3月24日)の午後10時半、選挙管理委員会から2回目の開票速報が発表されるまで、民主党小金井支部幹事長の村山秀貴氏(41)は自分の当選を信じて疑っていなかった。

 

 昨年12月の衆院選で民主党が大敗北するという流れの中でも、自分の選挙では「3回やったうち、一番手ごたえがあった」からだ。

 

 村山氏が自ら「大惨敗」と認める結果をもたらしたものは何だったのか。

 

*4月2日に行ったインタビューを4月6日と7日の2回にわたって掲載します。

 

 

――今回の市議選での民主党候補者の結果をどうとらえていますか?

 

 民主党全体でみれば厳しい結果であることは間違いありません。私個人で言えば、自分自身の落選の原因は私自身に起因する部分が100%だろうと思います。

 

 4人立候補したうち2人当選しています。1人は新人で8位当選でした。もう1人の鈴木成夫さんは2期目をめざし、最下位でしたが当選しました。だから、自分自身の落選の原因を民主党のせいにするつもりはありません。

 

 ただ、一歩引いてみて、小金井の民主党の候補者4人を見渡した時にどうかと言えば、それは厳しかったなと言わざるを得ないと思っています。現職で3期目を狙おうとした小金井支部幹事長の私が落選し、同じく3期目を目指した議長経験者の宮崎晴光さんが落選しました。

 

 そして、鈴木成夫さんも当選したとは言え、ぎりぎりでした。4人のうち新人しか当選しなかったかもしれなかったのです。しかも、前回の選挙から(現職の3人は)大きく票を減らしています。厳しい結果と受け止めざるを得ません。

 

民主党候補4人と同じ会派を組んでいた社民党候補の得票数
民主党候補4人と同じ会派を組んでいた社民党候補の得票数

――個人のことは置いておいて、民主党全体としてみると、このような結果をもたらした原因は何だとお考えですか?

 
 やはり、国政選挙の影響が引き続いていると思います。昨年12月の衆院選があった時にも感じたことですが――いや、実はその前からですが――民主党政権に大きく期待したのにそれに応えることができなかったというマスコミ報道が続いていました。

 

 現場の民主党の市議会議員としては、「期待はずれの部分はあったかもしれないが、(民主党がやろうとした政策の方向性は)的外れではなかった」と思っています。

 

 実はマスコミが報道しないだけで、実現できたマニフェストもあるのです。(2009年8月の衆院選で)マニフェストを掲げて選挙をした、この方向性は正しかったと思います。

 

 しかし、結局、あれだけのマニフェストを掲げておいて、できなかったことがいくつもある。それも八ツ場(やんば)ダムの建設中止など象徴的なものが実現できなかった。子ども手当もそうです。あとで修正してしまった。

 

 結果論だけで言うと、八ツ場ダムは中止できなかったが、建設中止できたダムもあり、それで浮いたおカネを教育や福祉に回しているのです。「コンクリートから人へ」という政策は正しかったと思っているし、効果はあったはずです。しかし、マスコミは事件を追いかけますから、できていることよりも「これができなかった」をクローズアップしがちになったのではないでしょうか。

 

 私も新聞やインターネットしか見ませんので、(八ツ場ダムの建設再開には)「民主党、だらしないな」と思っていたのですが、内部の勉強会に出てみて、いくつものダムが建設中止になっているということを知ったのです。民主党小金井支部の幹事長をやっている私ですら、そういう勉強会に出ない限りは知ることができなかった。とてもではありませんが、市民が(そうした民主党政権の実績を)理解できるわけがありません。

 

(注)民主党のホームページによれば、2012年7月の衆院予算委員会で、民主党の辻元清美議員が質問の中で、国土交通副大臣として「コンクリートから人へ」の予算の組み替えのために、全国に83ある建設中あるいは計画中のダムをいったんすべて止めて再検証、現在そのうち32の再検証を終え、22のダムを継続、10のダムを中止したと説明。そのうえで「八ツ場ダムは継続となったが、前政権ではダム一つを止めることも非常に難しかった。その意味では政治の質を変えたのではないかと思っている」と述べている。

 

 小金井市の場合、少し特殊なところがあります。菅直人・元首相の選挙区(衆院18区=小金井市、武蔵野市、府中市)であり、地盤です。3・11の時の総理大臣ですから、ちょっと独特な事情があります。


 「民主党として決して何もやってこなかったわけではない」という打ち出し方と、「原発のない社会を目指す」という話を織り交ぜながら、(昨年12月の)衆院選を戦いましたが、まあ、厳しかったでしたね。これは肌で感じる厳しさでした。

 

 菅直人が街頭演説をやるとすごく人だかりができるのです。ただし、あれはあくまでミーハー的な人気だったと思います。正直言って、今回の自分の選挙が終わるまで、そこは見極めが少し難しかった。つまり、集まった人の多くは携帯電話で写真を撮ろうとするじゃないですか。有名人ですからね。

 

――携帯電話で写真を撮りたいがために、多くの人が集まった?

 

 そうです。女子高生とか中学生とかが多かったのです。ただ、30代から60代ぐらいまでの人がいなかったというと嘘になります。そういう人たちもちゃんと腕を組んで(菅氏の)話をきちんと聞いているのです。だから、(選挙結果は)一体どうなるだろうと考えていました、結果的には、(菅氏は)最後にすべりこみでの当選となりました。

 

 そしてこの結果を受けての今回の市議会選挙ですが、そういうものを払しょくしきれなかったなと、すごく思っています。

 

――村山さんは第2位で当選された前回の票数と比べると、40%しか今回は獲得できませんでした。村山さんは、小金井の地域では、阿波おどり大会、献血推進協議会の事務局長などを務め、様々な人とのつながりを築iいてきた。議会でも超党派の食育推進議員懇談会の事務局長として「食育推進基本条例」の取りまとめに汗をかいてきた。そうした活動実績から見ると、この選挙結果は意外に思えます。

 
 私も意外でした(笑)。情けないことですが、(投開票日の3月24日夜の)10時半の(開票速報)第二報が入るまでは、(自分が落選するとは)まったく考えていませんでした。

 

 私自身、(選挙結果で)二つショックがありました。

 

 一つは、落ちるのであれば落ちる傾向を自分なりにつかみたかったのですが、それがまったく感じられなかったことです。

 

 むしろ、正直に言うと、(市議選を)3回選挙やったうち、一番手ごたえがありました。

 

――そうですか・・・。

 

 だから自分でも(この結果が)信じられないのです。(選挙では)やれることは全部やりました。まあ、(選挙運動というのは)上限のない世界ですが、少なくとも過去2回の選挙と比べると決して遜色ありませんでした。


 支持者へのあいさつ回りの件数も過去2回と比べて劣っていたわけではありません。反応も決して悪くはありません。ただ、私自身、結果が出る前から(選挙スタッフの)みんなに言っていたのはこういうことです。 

 

「8年も市議会議員をやり、いろんな活動をやっていると、みなさんむげには扱わない。8年前の選挙では、会った人は『私はあの人を応援している』とか『民主党? だめよ』と、はっきり言ってくれた。しかし、今、『この人は自民党支持者だな』と分かっていても、阿波おどりの関係などであいさつに行くと、『ああ、村山君、がんばってね!』と言ってくださる。だから、『村山を応援する』というのと、『村山に投票する』とは別だよ」と。

 

 私もプロとして自分を戒めていたのです。ただ、街角に出て遊説していて、「民主党だからダメだ」という声が飛んできたのは、1回か2回でした。

 

 だから、(この結果に)「なぜ?」という思いがあるのです。そこが一番のショックでした。

 

 あの日の(開票速報の)第二報を聞くまでは――これを言うのは格好悪いのですが――私は他の候補者の心配ばかりしていました。自分が当選するのを前提にして「次の議会構成はどうなるのかな」などとも考えていたのです。

 

――「第二報を聞くまでは」というのは具体的には?

 

 あの夜は午後10時に1回目の開票速報が出て、ほとんどの候補者が100票獲得したことが分かり、午後10時半に2回目の速報が出ました。自分は700票で、ほかの何人もの人が1000票を超え、(トップ当選となった)斎藤康夫さんは3100票でした。自分の位置を下から数えてみて、「ああ、自分は落選したな」とその時、思いました。

 

小金井市選管の開票速報の一部。2回目の開票で900票に達していない候補者は落選した
小金井市選管の開票速報の一部。2回目の開票で900票に達していない候補者は落選した

 

 もう一つのショック、落選した以上にショックだったのは得票が1000票にすら届かなかったことです。


 1000票ぐらいとって落選というのではれば、私も「まだしも」と思いますが、今回は惨敗も惨敗、大惨敗なので、「悔しい」と思うよりも、「恥ずかしい」という感情の方が強くあります。この4年間は何だったのだろうという思いがあります。


――8年前の選挙で次点となった方の得票数は1050票でした。そこからみれば、1000票に届かなかったというのは・・・

 

 そっちの方がよほどショックなのです。落選というのは、結局、相対的なものです。1000票とっても落選するときは落選する。しかし、私の中では「1000票は行けるだろう」と、ある程度の明確な根拠があって思っていました。そこが非常につらいところでした。


――選挙では電話をかけて、自分への投票数を確認する作業も行います。そうしたうえで1000票以上を確信されていたのですか?

 

 そうですね。その前も含めてです。「電話かけ」は、あれで票が増えるのではなく、確認作業ですよね。自分の持っている名簿の人たちの反応からみても決して悪くはなかった、と思っていました。


 しかし、「悪くはなかった」と思っていたのは、結局、自分だけだったわけです。ゼロにいくら数字をかけてもゼロになるように、私のなかで「(票を)固めた」と思っていたのが、そもそも間違いだったわけです。そう、今は思っています。

 

――敗北した陣営から「上滑りをしていた」という指摘がされることがあります。村山さんの運動も「上滑り」をしていた、ということでしょうか?

 

 そうだと思います。まだ、選挙が終わって1週間少しですから自分では敗因分析が終わっていないのですが、カッコつけるわけではありませんが、自分自身にすべて原因があると思っています。大きく3つあります。「油断」、「おごり」、「怠慢」です。

(続く)

 

 *後編はこちらから

 

村山秀貴(むらやま・ひでき)氏のプロフィール

 1971年9月、田中角栄元首相の地盤である新潟県湯沢町に生まれる。

 

高校生だった1989年、「消費税導入」「中国の天安門事件」を目にして、「政治というのは、自分たちの生活を大きく変えるんだな」と強く感じ、政治への関心を高める。

 

政権交代可能な二大政党制が日本政治に必要と考え、民主党へ。民主党の衆院議員の秘書を務めた後、2005年3月から2期8年間、小金井市議。

 

小金井市議を選んだのは、学生時代の友人が小金井市に住んでいてその当時からよく来ていたのと、秘書時代に小金井市が再開発問題で揺れている状況を知って関心を持っていたためという。

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

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イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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