この人に聞く    フクシマで起きていること

原子力市民委員会委員の荒木田岳(あらきだ・たける)さん(福島大准教授)が語る 《フクシマで起きていること》 

                   ~熊本県水俣市の講演から~

 

 「3・11」は、福島大学で地方行政論などを教えていた准教授・荒木田岳(あらきだ・たける)さんの人生と取り巻く世界を大きく変えた。妻子を福島から避難させた荒木田さんは除染活動をこつこつと続け、同時に福島で何が起きているかを発信している。

 

 6月1日、荒木田さんは熊本県水俣市を訪れた。「脱原発をめざす首長会議」と「原子力市民委員会」が地元の水俣の市民と一緒になって開催した緊急集会で、原子力市民委員会委員として報告するためだ。

 

 水俣市は、今秋にも再稼働するとみられる九州電力・川内原発から50キロほどの地にあり、事故が起きた際の避難者の受け入れ自治体ともなっている。水俣病をめぐって半世紀以上に及ぶ過酷な体験を味わい、今、「環境首都」としての再生に動き出しているミナマタで、荒木田さんが語ったものとは――。

 

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◆崩れ去った夢

 

みなさん、こんにちは、荒木田です。まず、自己紹介からいたしますと、原子力市民委員会では私は「第1部会:被災地対策・被災者支援部会」に所属しています。福島大学では地方行政論という科目を教えています。家族は震災の翌日3月12日の晩に新潟市に避難させて、別居生活が3年以上続いています。家族でまた一緒に暮らすというメドも立っていません。これが原発事故というものだろうと思います。

 

福島原発から福島までは60キロぐらい離れています。みなさんが住んでいる水俣と鹿児島の川内原発よりも遠いと思います。だから、私の話は、川内原発で事故が起こった場合におけるみなさんの問題として聞いていただきたいと思います。(*1)

 

*1:九州電力・川内(せんだい)原発から熊本県水俣市の水俣駅との直線距離は約47キロメートル。

 

 

今、みなさんのお手元に配られているパンフレットの表紙に「げんぱつのじこで わたしは おかあさんといっしょに にげられるの? かえってこられるの?」とありますが、この話は、まさに私の家族そのものです。2011年3月12日に福島を出た息子、娘はその後、一回も福島に帰ってきていません。

 

水俣は(川内原発で事故が起きた際にそこからの)避難者を受け入れる場所と想定されているようですが、実はそうではなくて、ひとたび事故が起これば、ここも避難しなくてはならない場所になってしまうだろうと思います。

 

今日、どんな話をここでしようかと考えたのですが、個人的な話をした方が、リアリティがあるんじゃないかと思いますので、そうさせて頂きます。

 

福島市内で私は、自宅を建てようと思って、渡利という地区に土地を買っていました。家を建てる直前だったのです。その土地のすぐ下は河原ですが、(事故の後、土壌に含まれる放射性物質が)1キログラムあたり43万ベクレルありました。私は「43万ベクレル」と聞いたとき、(その意味が)よくわからなかったんですよ。

 

資料を取り寄せて計算してみたら、チェルノブイリ法という法律で強制避難――義務的避難という用語だったでしょうか――その基準の70倍ぐらいの値で驚きました。(*2)

 

(*2)衆議院チェルノブイリ原子力発電所事故等調査議員団報告書の資料にある「チェルノブイリ原子力発電所事故により放射性物質で汚染された地域の法制度に関するウクライナ国家法」では、1平方キロメートルあたりセシウムの場合、15キュリー(=平方メートルあたり55万5千ベクレル)を移住義務ゾーンとしている。日本の現在の基準よりもはるかに厳しい。重量・面積換算の場合、深さと土の比重に応じて係数が変化するが、原子力安全委員会の係数(×65)でも、約50倍という値になる。

 

奇しくも、福島市立図書館の生け垣も同じ43万ベクレルの汚染でした。つまり、それくらいの場所が(福島第一)原発から60キロ離れたところにできてしまうということです。

 

でもだれも、そういうことを知らずに、今でもマスクもせずに暮らしているのです。子どもたちは遊んでいるのです。福島市内ではそういうことが放置されていることも、ここで併せてお伝えしなければなりません。

 

私の息子は3月11日の時点で、なぜか小学校に入学したら1年1組のクラスになるということが決まっていて、クラスメイトまでわかっていたんですね。体操着も買って、「○○ちゃんとクラスで一緒だから、これから毎日遊ぶんだ」と話していました。そして、家はここに建ててという話をしながら――。私たちはそういう暮らしを夢見ていたのです。

 

ところが、あの日以降、そのような夢はもろくも崩れ去り、3年が経ちました。いまだに、親子で一緒に生活するメドも立っていません。

 

こうした立場に置かれているのは、私だけではありません。ものすごい数の「私」が福島原発事故で生まれてしまっているんだということをみなさんにお伝えしたいのです。

 

2歳だった娘もこの春、新潟市で小学校に入学しました。震災の日はまだ2歳だったんですよ。それがもう小学生になっている。

 

つまり、原発事故が起きると、そういうことが発生してしまう。そういう問題としてみなさんにぜひ考えていただきたいと思っています。

 

◆「除染ポスト」

 

福島県内には(放射能を測定する)モニタリングポストがたくさん設置され、世界に向けてその数値を発信しています。ところが、モニタリングポストというのは、その周りだけを除染しているのです。だから、地元では「除染ポスト」と呼ばれているのです。

 

(会場から笑いが起きる)

 

笑い事ではないんです。最初のころは行政も「そんなことはない」と言っていたのですが、最近は「新しく設置するのだから除染するのは当然」と、否定すらしなくなりました。結局、除染によって下げられた数値、偽装された数値が世界へ向かって発信されている。だから、「もう、フクシマは大丈夫」と。データをずっとさかのぼると、「この日に除染したな」ということがわかります。最近は、除染によって数値を下げてからモニタリングポストを稼働させていますので、そういうへまはしていないようですが。

 

◆無権利状態

 

今日、お話したいのはごく簡単な話です。

 

再稼働の問題や避難の問題を考えるときに、私たちが福島で経験したことをぜひ踏まえて考えていただきたい、ということです。

 

もっと端的にいえば、私たちが経験したことを踏まえれば、再稼働なんてことに行きつくわけがないということなのですが。

 

今、(九州電力)川内原発を再稼働しようとする際に、どういう説明が地元に対してなされるでしょうか。事故前にはこう言うのです。

 

「放射性物質は絶対に外に漏らしませんから」

 

そうでしょう。当たり前です。そういうふうに言って再稼働させようとします。しかし、福島ではどうなったか。放射性物質が外に漏れてしまったのです。その結果、私たちはどう言われているでしょうか。

 

「漏れたけれど、たいしたことはありません」

 

そう言われるのです。事故前は、公衆(普通の人々)の追加被曝線量の限度は、年間1ミリシーベルトでした。今や、その20倍です。

 

私たちは原発事故があって、放射能に対する耐性を20倍持ったのでしょうか?

 

そうじゃない。私たちが放射能に対して20倍強くなったから基準が上がったわけではありません。基準を上げないと、そこに暮らさせていてはいけないからです。

 

分かりやすく言うと、こういうことです。

 

基準値以上の放射線が検出されたときに、本来であれば避難区域を拡大しなければならなかった。ところが政府がやったのはそうではなくて、安全基準の方を変えたのです。緩和したのです、20倍。20倍ですよ。これが「住民切り捨て」ではなくて、なんなのでしょうか。

 

つまり、事故が起きると、こういうことが発生してしまった。「発生してしまった」と過去形で言ってはいけません。今もなお、避難解除の問題もみんな20ミリシーベルトで運用されていますから。

 

少なくとも、被災地では、およそ日本人として万人に認められるような権利が、認められていません。福島県民は、無権利状態なのです。

 

だから、汚染された場所に人々がとどめ置かれることになってしまった。完全にダブルスタンダード、二重基準でいろんなものが運用されていて、私たちには当然、認められる権利が認められていない。私たちは、そういう状況に置かれてもう3年以上になります。このことを他山の石にしていただきたいのです。

 

◆水俣に来て

 

 私は水俣病についてきちんと調べたことはありません。しかし、新潟に住んでいた時に、新潟水俣病の現地調査に4回ぐらい行き、新潟水俣病についてはいろいろと調べました。福島と同じだと思ったのは、住民自身が患者隠しをしたということです。

 

「被害者として認定されると、その人は村八分になり、相手にされなくなった」という話を聞きました。安全だといわなければ、阿賀野川の魚が売れないからです。

 

つまり自ら被害者でありながら、その被害隠しをしてしまう。そういう関係を今後どうやって乗り越えていけばいいのでしょうか。私はみなさんに(福島で)どういうことが起きたかをお話ししたいと同時に、そういうことをどうやって乗り越えていったのかという経験をぜひ学んで帰りたいと思っています。

 

3年以上、現地にとどめ置かれた結果――すでにこちらでは報道されているのでしょうか――確定診断で子どもに50人の甲状腺がんが発生している。疑いも含めれば89人です。

 

手術が終わらないと「確定」にならない――疑いの39人も手術することは決まっているんですよ――だから、ほぼ89人の子どもたちに甲状腺がんが発生しているといえます。

 

でも、そのこともおそらく報じられていないでしょう。そういう問題だと思うんです。私たちは福島で今何が起きているか、何が行われてきたかをぜひ知っていただいた上で、今回の(川内原発の再稼働)問題を考えていただきたいと思っています。

 

◆国・県との連携

 

 避難計画の問題については他の方が報告されていますので飛ばしたいと思いますが、一つだけお話しします。避難計画その他を考えるうえで、例えば(鹿児島県)薩摩川内市の分厚い防災計画には、こういう文言が繰り返しでてきます。

 

「市は国及び県と連携し・・・」

 

国及び県と連携できるのでしょうか。さきほど(双葉町の)井戸川前町長が言われたように、県や国はいろんなデータを隠ししました。福島県に至ってはスクリーニングレベル――本当はシャワーを浴びて放射線物質を落とさなければいけない基準――を大きく緩和してしまいました。

 

県立病院の職員には非常勤も含めて安定ヨウ素剤を配って飲ませていながら、安定ヨウ素剤を配った自治体(三春町)には回収を命じている。驚くべきことです。

 

つまり、再稼働に前のめりになっている県庁が、事故が起きたらどういう対応するかをみなさんに考えていただきたい。そういう人たちが果たして住民を守るような動きをするだろうか。

 

避難のために必要なSPEEDIのデータは3月23日、原発事故から十数日後まで公開されませんでした。原発災害から逃れるためにしか使い道のないものが、事故が起きて十数日間は放置していた。動いていたのにデータを出さなかった。

 

福島県庁は、(放射線の)実測のためにモニタリングカーを走らせ、メルトダウンの兆候をつかんでいます。3月12日ですから、地震の翌日の午前中、(福島原発の)建屋が吹き飛ぶ前です。原発から20キロ離れたところでテルル132という放射性物質を検知しているのですが、そういうことが私たちには6月になるまで知らされなかった。

 

つまりそういうことを(国や県は)やってしまう。「国及び県と連携し・・・」と書くのは結構ですが、そんなことが本当に実現可能かを考えてほしい。

 

これで最後にします。最大の問題は、やはり福島原発事故の原因が究明されていないということです。何が原因で事故を起こしたかも分かっていない。その中でなぜ原発を動かそうと言えるんですか。そこは問われてしかるべきだろうと思います。

 

みなさんには、そういう問題をふまえたうえで、今回の問題にあたっていただきたい。私もそれに対してできることは何でもやりたい。遠くにいますが、ご協力できることは何でもやりたいと思っています。私も可能な限り、みなさんにご協力したいと考えています。

 

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荒木田 岳(あらきだ たける)さんのプロフィール

1969年11月、石川県金沢市生まれ。1994年茨城大学人文学部卒業。卒業論文「占領期における地方自治体の独立運動」。1996年新潟大学大学院法学研究科修士課程修了。修士論文「明治前期地方編制と地域の自立性」。1999年3月一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了、博士(社会学)。博士論文「明治前期地方編制と町村概念の転換」。一橋大学社会学部助手を経て、2000年4月より福島大学行政社会学部助教授、2004年4月から福島大学行政政策学類助教授、2007年4月から同准教授。専門分野は、地方制度史、地方行政論。

 

 11月8日(日)

  第73号の主な内容

(随時更新されます)

《市政の焦点》

■12月小金井市長選特集

☆白井とおる市議が立候補表明(2015年11月8日更新)

 

☆白井市議の立候補記者会見に40人以上の市民が参加(2015年11月8日更新)

 

☆4陣営の対決構図に 財政健全化への具体策が焦点(2015年11月8日更新)

 

≪酒好きのたわごと≫

その15 越後の酒と謙信(2015年10月17日更新)

  うれしいニュース!

 公益社団法人「全国学校図書館協議会」が発行している「としょかん通信」(中・高校生版)2015年6月号の《今月のブックトーク》に『まちの力 ひとの力 ――変える 試みる 小金井の人たち』がとりあげられました。

 1人でも多くの中学生、高校生にこの本を読んでもらえたら、と思います。感想文も送ってもらえると、とってもうれしいですね。

 以下にその部分を貼り付けました。筆者は、ほそえさちよさんという子どもの本の編集者だそうです。タイトルは、「生きるために つながる」。

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全体はこちらから
としょかん通信「今月のブックトーク」.pdf
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こがねいコンパスのインタビューシリーズ《変える 試みる 小金井の人たち》をまとめた本『まちの力 ひとの力』が図書出版クレインから刊行されています。ウェブ版では読めない、取材秘話などを明かす4本の「エピローグ」と、やまさき薫さんの素敵なイラスト付き。定価1500円+税です。市内の各書店でお買い求めください。クレインでも注文できます。

毎月第1・第3土曜日が定期発刊日です。こがねいコンパスは市民のための羅針盤を目指し、市民とともにつくる地域メディアです。ご意見・ご感想・情報提供などを、koganeicompass@gmail.comへおねがいします。

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 この人に聞く

脱原発社会への道筋を探る

民間の英知を結集して「脱原子力政策大綱」をまとめる「原子力市民委員会」の舩橋晴俊座長。

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*船橋晴俊さんは2014年8月15日、くも膜下出血で急逝されました。ご冥福をお祈りするとともに、船橋さんの思いを少しでも多くの方に知って頂きたいと願っています。(編集長・佐藤和雄)

 

「敗北」を語る

民主党小金井支部幹事長

村山秀貴さん

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後編はこちら

 

イラクから問い続けてきたもの

映画監督・鎌仲ひとみさん

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